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【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
四章

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第41話 おにい様改造計画(2)

「お嬢様、こちらでいかがでしょうか」


「それ! それが良いわ!」


 兄がお風呂に入っている間、私はルシーヌと男物の服を吟味していた。これまでラクだからとひたすらダボっとした法衣(ローブ)数枚を着まわしていたおにい様に、新しい服を着てもらうためである。


 まあ新しいとは言っても父が若い頃に着ていた服のお下がりなんだけど、体格が似ているから少しの手直しで充分着られるだろう。


 私は服を抱えたルシーヌと共に、元両親の居室へと向かった。続きの二部屋のうち手前の居間に到着すると、ルシーヌは私を残して浴室に続く扉のある寝室へと消える。


 しばしの時間がすぎて、寝室から居間へと続く扉がガチャりと開いた。顔を出したのはルシーヌだったが、その表情は珍しく上機嫌である。


「お嬢様、どうぞお入り下さいませ」


 寝室へ入ると、兄はちょうど鏡の前の椅子から立ち上がったところだった。


「おにい様!」


「フ……ロ、ル」


 振り返った兄は慎重に私の名を呼ぶと、少し恥ずかしそうに微笑んだ。血のめぐりが良くなったのだろう。不健康そうだった顔色には血色が戻り、銀灰色の瞳には生気が宿っている。


 用意した服はシンプルな白シャツと黒ズボンという組み合わせだが、スラックス型の脚衣は丈もぴったりで、すっきりとしたシルエットを描いている。さらにアクセントとして黒い直着(ジレ)を追加すれば、スーツ風コーデの完成だ!


 これならスーツ三割増どころか、三倍増も余裕だろう。枝毛を切り落として綺麗に梳かれた髪は血赤の輝きを取り戻し、さらりとした長髪をまとめる黒いリボンが男性ながら良く似合っていた。


 ああ、あとはその自信なさげな猫背をやめてくれたら完璧なんだけど──


「お風呂、とても気持ち良かったよ、あいがとう。ずっとひどい肩凝いに悩んでたけど、ずいぶんマシになったみたいだ」


 そう言って、兄は首をコキコキ鳴らす。これは使えそうだ。


「おにい様、よろしければ肩凝り改善のストレッチを試してみませんか?」


「ストレッチかぁ……いいね。どうすえばいいの?」


「ではまず、ここをこう捻ってぐーっと……」


 私が一通りの説明を終えたあとも、おにい様は自主的に筋を伸ばしながら言った。


「こえ、すごく効くね! 良いことを教えてもやったな」


「それは良かった! 予防にもなりますから、ぜひ続けて下さいね」


 この肩凝り解消ストレッチ、実は猫背を改善して肩凝りを解消しようというコンセプトのものである。


 がんばれおにい様!


「そういえばおにい様、今晩なのですが……ご夕食はいかがなさいますか?」


「ぼくは……今日も部屋で頂くことにすゆよ」


「そうですか……おじい様は、おにい様のことをずっと待っていらっしゃいますよ」


「でも……おじい様に合わせゆ顔がないんだ。きっととても怒っていやっしゃゆと……い、いや、失望させてしまっていたやと思うと、怖いんだよ……」


「そんなことありませんわ」


「慰めてくれてあいがとう。でもぼくが不甲斐ないのは、事実だかや……」


 そう言って自虐的に微笑む兄を見て、私は伝えることにした。すれ違っている二人をなんとかできるのは、ずっと傍で見てきた私しかいないだろう。


「おにい様……おじい様は以前、私の薬代を得るために、あの銀杯を売ってしまわれたのです」


「えっ、あの、こ、国王陛下かや賜ったという銀杯を!? でっ、でもそれは、君のためだかや……」


 驚きのあまり言葉が乱れる兄を見据えながら、私は続けた。


「確かに。でも、考えてみて下さい。あのほとんど読書をしないおじい様が、高価なものもある書庫の蔵書には手をつけていらっしゃらないのです。あれらの蔵書がおにい様にとってはとても大切なものであると、ご存じだからではないでしょうか?」


 しばしの沈黙の後──おにい様は意を決したように頷いた。


「ぼぼぼく、き、今日からは晩餐に出うよ」


「大丈夫ですわ。私は何があってもおにい様の味方です」


 そう言って私が安心させるように笑いかけた、その時。兄は私の頭に手を伸ばそうとして、そしてすぐに引っ込めた。


 これは……遠慮された?


 ピンときた私は兄の胸ぐらをがっしと掴むと、ぐいっと低く引き寄せる。


「なっ、なに!?」


「かがんで!」


「はっ、はい!」


 私は爪先で立つと、下げられた頭をぐわしぐわしとムツゴロウさんばりに撫で回した。


「よーしよしよし! よーしよしよし!」


「なっ……なん……!」


 驚いて言葉が出ない兄を解放すると、私は堂々と胸を張って言った。


「なでたかったから、なでただけ!」


「な……?」


「別にいいでしょ? 兄妹だもの!」


 ふんぞり返って言い放つ私を、しばしポカンと見つめたあと。


「ふっ……」


 兄は急に噴き出したかと思うと、お腹を抱えて笑いだした。


「はははっ、そうか、そうだね」


 そうして私の頭をそっと撫でると、銀の月が弧を描く。優しく撫でる感触は遠い記憶のままで、私は思わず涙をこぼした。


「ごっ、ごめんなさいおにい様……」


「いいよ。……兄妹だからね」


 そう言って笑った兄は、とても穏やかな顔をしていた。


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