第36話 理想の婚約者とは、誰のため(1)
『おにいさまはいいなぁ……』
わたくしはおにいさまにとどいたおくりものの山を見て、そう小さく言いました。かみのこフィリウスさまのおたんじょうをおいわいする日、子どもは大人からおくりものをもらえます。ですがわたくしには、おにいさまの半分もとどきません。おにいさまは『あととりだから』だそうですが、わたくしはそれがうらやましくてたまりませんでした。
『まあフロル、ならばアルと交換してもらう?』
『え?』
わたくしが見上げると、おかあさまはいいました。
『貴女に届いたそのお人形と、アルに届いた贈り物、全部交換してはどうかしら?』
『それはダメ!』
わたくしは、あたらしいお人ぎょうをぎゅうっとだきしめました。わたくしにとどいたおくりものは、どれもとってもすきなものです。でもおにいさまにとどいたおくりものは、べつにほしくないものなのです。
『そうね。いくらたくさんの贈り物があっても、それが本当に必要かどうかは人によって違うものよ。幸せの形は人それぞれ違っているの。あの人より多いとか少ないとか、他人と比べても意味がないものよ』
わたくしがおにわで見つけたただのお花をかみにかざって、おかあさまはわらいました。
『おかあさまはいま、しあわせ?』
『ええ、とっても幸せよ!』
◇◆◇◆◇
どうやら眠りながら泣いていたのだろう。私はこめかみに伝う涙のあとをぬぐうと、身を起こした。ミヤコとフロルが同化してから、よく二人の過去のおさらいのような夢を見る。
かつて実家がやらかして追放同然でガリアに嫁いできた母は、聖女候補だった祖国ロマーニアでは……いわゆる悪役令嬢的なポジションだったらしい。
当初は第二夫人として嫁ぐ予定でガリア入りしたのだが、準備期間中に流行病で相手が急死。王都の親戚宅に居候しながら行き場を失っていたところ、いろいろあって結局うちの父と結婚したということだった。
立場に翻弄されて長らく苦労したらしい母は、ようやく自分だけの幸せを見つけた矢先──
私は沈んだ気持ちのまま朝食を終えると、のろのろと身支度を整えた。
「お嬢さま、もしやご気分が……」
リゼットが心配そうな声を上げようとした、その時。廊下から騒がしい音が聞こえてきたので、私たちはさっと居ずまいを正した。近付いてくる足音と共に、何やら言い争うような……いや、執事の諫める声に対して一方的に怒鳴り散らしている、この声は!
突如バンっ! と大きな音を立てて、私の部屋の扉が開いた。年頃の女子の部屋に断りもなく入ってきたのは、やはりジャン=ルイである。
「大叔父上から聞いたぞ! 庶民の真似事をして商売に手を出すなど何事だ! 即刻止めなさい!」
どうやらヴァランタンとの取引の件が、バレたようだ。
っていうか、なんでこいつに話しちゃったんですかおじいさまああああ!
とはいえ彼はこのエルゼスの領主代行官だ。大伯母さまがいらっしゃる時以外はあまり姿を見ないから忘れがちだが、彼は一年の半分くらいはすぐそこのピエヴェールの領主館に住んでいる。たとえおじい様が口を滑らさなくても、いずれはバレる運命だったのかもしれない。
ひとまず今日のところは、ひたすら聞き流して嵐が収まるのを待つのが得策だろう。どうせこの人物は、色々言ってストレスが発散できればそれでいいのだ。
「女子供が賢しげにも小金をあくせく稼ぐなど、はしたないにも程がある。おとなしく着飾って座っておればよいのだ!」
貴方の尊敬するおばあ様は、ただ座っているだけではないですけどね。私は内心べーっと舌を出しながらも、神妙そうな顔をして口を開いた。
「左様にございます」
「だいたいあの御用商人、侯爵令嬢たるお前に求婚してきたとかいう身の程知らずの平民だろう! 何故出入りを続けさせているのだ!」
いやほら、借金してるのはこちらなもので。すみません。私は内心ヘラヘラと頭を掻きながらも、神妙そうな顔をして口を開いた。
「左様にございます」
「だいたいお前は以前から隙が多すぎるのだ!」
そりゃまあ、隙のない子供とかいたら逆に怖いですよね。私は内心今日のお昼ご飯はなにかなーと考えながら、神妙そうな顔をして口を開いた。
「左様にございます」
「そもそも、此方は貴族なのだぞ。平民の商人風情に有り難くも領政に役立つ機会をやったのに、返済せよとは何事だ!」
「左様に」
御座いますと言いかけて、私は口をつぐんだ。
いやいや、相手が誰だろうと、借金はちゃんと返しましょうよ!
そもそもロシニョル家の私的な借金より、エルゼス領の公的な借金の方がはるかに多かったんだけどね!
それもここ数年、ジャン=ルイが領主代行官として赴任して以降の借金である。赴任してすぐにちょうど不作の年が続いているのは確かに気の毒だが、不作の対応も領主の手腕だ。
それが無為に負債を重ねていくだけなんて学術院主席卒業が聞いて呆れるが、勉強ができるからといって職業適性があるとは限らない典型なのかもしれない。
ロートリンジュ領の経験豊富な行政官たちから助言を受ければ良いのに、あの子はとにかく自尊心が高いから……と、大伯母さまがこぼしていたことを思い出した。
疲れた私が相づちを打たなくなったことにすら気付かずに、ジャン=ルイはくどくどとお説教を続けた。めんどくさくなって右から左に受け流していた、その時である。
「ロートリンジュ公の血筋ともあろう娘が、あわや平民と婚約する羽目になろうとは! そんな状況ですらアルベールは跡継ぎの自覚もなく黙りだそうだな! 父上と大叔父上には話がついている。不本意この上ないのだが、お前は私が引き受けることに決定した」
「……はい?」
話が飲み込めない私が訝しげな視線を向けると、ジャン=ルイは忌々しそうな顔をして吐き捨てた。
「今日からは私の婚約者として恥じぬよう、せいぜい精進するのだな!」
はああああああああ!?
大声を上げそうになるのをなんとか抑え込んで、私は口を引き結んだ。感情をなるだけ表に出さないのは、貴族のたしなみとされている。いや、しかし、これは聞き間違いだろうか。
「今、何として恥じないようにと、おっしゃいましたでしょうか」
「婚約者、だ。今後は夫たる私の言葉はちゃんと一言一句漏らさず聞いておくように! 国王陛下に婚姻許可をお願いするのはお前の社交界デビューの後になるだろうが、それまでに多少なりともマシになっておくのだぞ!」
「……!?」
私はさらに目玉を引ん剥くと、閉じた唇に力を込めた。口を開いたら平静を装う自信がなかったからである。
「全く、こんな状況でなければ、お前のような者と結婚など絶対にしないものを。私ほどの男の第一夫人にしてもらえることを、有難く思うのだな!」
一夫一婦制が基本の地球のヨーロッパ貴族とは違い、フィリウス教では貴族の一夫多妻制が認められている。理由は単純で、魔族との戦争で男たちが多数戦死してしまい、法力を持っている男女のバランスが大幅に狂ってしまったからだ。一人でも多くの法力持ちの子供を残すため、法術師、つまり貴族にのみ、一夫多妻が認められたのである。
とはいえ男女比の均衡を取り戻した最近では、今度は結婚できない男が余って困るということで、一夫多妻制は形骸化していた。しかし家柄も法力も最高レベルな上に美形のジャン=ルイは、第二夫人以降でも引く手数多だろう。
彼がおモテになるという情報のソースは親戚の集まりで垂れ流していた本人の自慢話が中心だが……大伯母さまが彼のつまみ食いを愚痴っているのを聞いたことがあるから、あながち法螺でもないようだ。
「もっとも、大人しくしておけば悪いようにはするまい。お前は私やおばあ様の言う通りにしておけば良いのだからな」
ジャン=ルイは顎を上げてフンっとひとつ鼻を鳴らすと、腕組みしながら言い放った。私は表情を隠すように顔を伏せると、静かに答える。
「かしこまりました」
「わかれば良いのだ。では、来る日まで準備を怠らないように」
言うだけ言って満足したらしいジャン=ルイは、ようやく部屋から出ていった。
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頭を下げたまま廊下を去っていく足音を聞き届けて、私は顔を伏せたままのそのそとベッドへ向かった。そのままドスっ! と、枕に拳を叩き込む。
「……あの、お嬢様」
私は枕から拳を引き抜くと、ゆらりと立ち上がった。あの場でケンカしないよう、よく我慢した! 私!
あそこで多少噛み付いたところで、こちらの不利に働くのは明白だ。正面きって攻め込んでも被害が拡がるだけならば、無傷のまま搦め手から攻めるのが上策である。
「リゼット」
「はい」
私は無表情のまま、部屋の隅に控えていたリゼットに呼びかけた。
「おじい様のお部屋を訪ねるわ。クレマンに在室の確認を」




