第29話 錆びた武器庫の廃材利用
大青の染料作りをリゼットに任せた私は、厨房でメレンゲ菓子作りに必要な材料を確認しながらセルジュを待った。
ついでに他に使えそうな材料まで、ちょうどメモを取り終えたころ。おにい様の昼食を下げてきた従僕の青年が、厨房の入り口をくぐった。
彼に声をかけようと私が近付いた、その時。
「お嬢さま!」
満面の笑みをたたえた青年に先に声をかけられて、私は面食らったように足を止めた。
「どっ、どうしたの!?」
「ありがとうございますです!」
彼は大きなお盆を持ったままずかずかと私に近付くと、勢いよく頭を下げた。
「なっ、何のこと!?」
「見てくだせぇ、このお皿を!」
「……空っぽね」
「はい! 完食です!」
そう言って、彼は心底嬉しそうに笑った。
「坊っちゃんは集中されるとしょっちゅうお食事を忘れておしまいなさって、全く手を付けずに返ってくることもしばしばあったんです。それがお嬢さまからの伝言を楽しみにするようなさってから、ちゃんと忘れずに三食お食べなさるようになったんで」
「そう……だったの。良かった!」
返事はたまにしか返ってこないけれど、ちゃんと読んでくれていたんだ。
私がちょっと涙ぐみながら、だがそれでも嬉しそうに笑うと、セルジュはさらに笑みを深めた。まるで大型犬がしっぽをパタパタと振っているような錯覚に陥って、私は目をこする。
「でもこれは、セルジュの功績でもあると思うわ。いくらでも中身を覗ける伝言板で返事を託すなんて、信用していなければできないもの」
「いいえ、おれ、いや、私なんて、少しでも坊っちゃんのお役に立てれば本望ですんで」
そう言って彼は、照れたように頭を掻いた。そういやセルジュがうちに来たきっかけって、おにい様が作ったんだっけ。引きこもりさえしなければ、侯爵家の嫡男として家臣を率いる素質は充分あったのに。
私は少し残念に思いながらも、気を取り直して口を開いた。
「あのね、この後お昼休みのところ申し訳ないのだけれど、演習場にある武器庫の扉を開けてほしいの」
「もちろんですとも」
彼は急いで洗い場にお盆を置くと、先導するように厨房を出た。
*****
武器庫に私だけ残すことを渋るセルジュをなんとか説き伏せて、私は一人で修理用の作業場に向かった。デコメレンゲを作るために足らない道具……絞り袋の口金を作るためである。
私は彼が完全に立ち去ったことを確認すると、作業用のかまどに火を入れた。暖かくなった部屋で私はこっそり多重フリルのパニエを脱ぎ、適当な槍の穂先にひっかける。
そうしてすっかりシルエットがしぼんだフレアスカートの裾を、左右の膝の辺りで括った。このために、そろそろ布地に寿命が来ている古着にわざわざ着替えて来たのである。あとは顔周りの長い後れ毛を後ろにまとめたら、準備は万端だ。
私は軽く膝を屈伸させて動きやすさを確認すると、呟いた。
「よし!」
端材入れの木箱に無造作に積み上げられているのは、かつて甲冑だった薄い鉄の破片たちである。私はすっかり錆びた破片の中から手頃なサイズの数枚を取り出すと、やっとこで掴んで金床に置いた。
普通であれば、かまどで熱するところなのだが。
「火炎放射」
私は呪文を唱えると、錆びに覆われた金属片へと指先を向けた。指先に小さく炎が灯る。
「実行!」
指先から吹き出した炎は彫金用ガスバーナーのように、ピンポイントで金属片をあぶった。細く細く絞る代わりに、温度を高く上げてゆく。何度も言ってアレなのだが、細かい法力操作はけっこう得意なのだ。
やがて金属片が白に近い朱に輝きを帯びた頃、私は炎を止めて小ぶりな鎚を握った。何度も何度も振りおろし、甲冑の切れ端を更に薄く延ばしてゆく。
私は来るときに用意しておいた水桶に金属片を突っ込んで冷やすと、ボロ切れで磨いた。すっかり錆びが取れて、鉄の輝きが戻っている。だが厚みにムラがありすぎて、これでは使い物にならないだろう。
私は何枚も試作を繰り返し、ようやくコツを掴んだ一枚を金切りバサミで慎重に切り出した。長方形の長辺の片方にギザギザを付けてちょいと内向くように曲げてやり、ギザギザ側が小さくなるよう円錐台形に丸めてゆく。
ちょっとギザギザは不揃いになってしまったが、生クリームとかのデコレーションに使う絞り袋の星口金が完成だ!
──あと、プレーンなのもあった方が便利よね。
そう考えた私はギザギザを付けずに円錐台形に金属を丸めると、丸口金を作った。
そこで私はもう一つ思い出して、余った長方形の金属片をごく細長いしずく形になるように折り曲げた。こちらも先に行くほど細くなるように調整し、三角錐台のような形を作る。バラ口金と呼ばれるこれは以前某動画サイトで見ただけだが、チャレンジして損はない。
残りの金属片も全部サイズ違いの口金にしてしまうと、私は作業場を片付けた。
「フフ、フフフフフ……できた」
地球で絞り出し用の口金が発明されたのは確かけっこう最近で、十九世紀とかそのへんのはずだ。少なくともこの国ではまだ見たことがないのだが、高確率で世界的に見ても新発明だろう。
私は思わず笑みをこぼしながら、苦労して出来上がった作品たちを小さな巾着袋に入れた。そして大事に、ポケットへと仕舞う。満足した私は身支度を整えると、何食わぬ顔で厨房へと戻ったのだった。




