第28話 価値観、体質、そして味覚(2)
「あ、お嬢様! 今ご昼食をお部屋にお持ちしようとしたのですが」
「今日は厨房で食べるわ。良かった! 行き違いにならなくて」
広い厨房の片隅にリゼットが席の用意をしてくれている間、私はぼんやりと棚を眺めていた。そこは染料の材料を保管しているようで、先日エメが言っていた大青や茜の束も並んでいる。
「あーこれ、使えるかも……」
ただ自由研究でやった時はホムセンで専用の染色液を買ったから簡単にできたけど、草木染めでもいけるかな? でも万一成功したらラッキーだし、ちょうど白薔薇のつぼみもある。せっかくだからオマケ程度に仕込んでおくのはアリかもしれない。
私がせっせと蝋板にアイデアをメモっていると、後ろからリゼットの声が聞こえた。
「ご昼食の準備が整いましてございます」
「ありがとう」
私はリゼットが引いてくれた椅子に腰かけると、蝋板のメモを眺めながら小さくちぎったパンを口に放り込んだ。ちょっとお行儀は悪いが、今だけ大目にみてもらおう。
結局完食してもまだ良いアイデアが浮かばなくて、私はため息をついた。よほど難しい顔をしていたのだろうか? 空になった食器を片付け終えたリゼットは、いつもの食後のお茶と共にそっとメレンゲ菓子を差し出した。
ほんのりと薄茶色でぽってりと丸く焼かれたメレンゲは、サクサクと軽い口当たりだ。だがほろほろと口の中で溶けていき、ほんのり甘いはちみつの香りが口中いっぱいに広がってゆく。
やっぱ脳が疲れたときは、甘いものが一番よねぇ。さすがリゼット。頼む前に顔色で察してくれるなんて、仕事ができすぎる。
じーんと感じ入りながら最後のメレンゲを見つめていた私は、ふと気がついた。そういやエメの作るメレンゲ、味は絶品だけど、見た目がとっても地味である。ギィが手土産で持ってくる最先端のお菓子もそうだ。味はどれも素晴らしく上等なのだが、どれも良く言えば素朴、悪く言えばやぼったいデザインのものばかりなのである。
色々と考えたけど、どうやら味で戦うのは難しそうだ。ならばいっそ、デザインで戦ってみるのはどうだろうか。
ガリア人は貴族も庶民もみな、とにかく派手好きな国民だ。髪型は平成のアゲ嬢もびっくりの盛髪が人気だし、これでもかと膨らませたスカートはパニエを重ね穿きしすぎてまともに座れないほどである。派手で見映えのよいスイーツは、店頭に並んだときに皆の目を引くに違いない。
見映えを重視するならば、このメレンゲ菓子はまさにうってつけだ。なんてったって細工がしやすいし、それにガリア人に幅広く人気のおやつであるという点が素晴らしい。差別化ができれば、きっと食べてみたいと思ってもらえるはずだ。
これはイケる……!
メレンゲをじっと凝視しながら内心燃え上がっていると。お茶を置いたあとまだ立ち去っていなかったリゼットは、お盆をもったまま私の傍らに膝立ちになって、心配そうに顔を覗き込んだ。
「お嬢様、先程から何を根をつめていらっしゃるのですか?」
「ああ、心配させてごめんね。ヴァランタンからの借金を返済する方法を考えているの。絞り染めみたいに売れる商品はないかなって」
私が正直に言うと、だがリゼットはおずおずと口を開いた。
「でもお嬢様、ヴァランタン氏はかなりのお金持ちというではありませんか。お嬢様もこんなご苦労をされなくとも、贅沢な暮らしができるようになるのですよ」
リゼットの好意を痛いほどに感じながら、だが私は皮肉気に口角を上げた。
「私は別に贅沢な生活なんてできなくてもいいわ」
「そうですね、お金があるとはいってもしょせん彼は平民ですから……」
「いいえ違うわ。彼が平民だから嫌なのではないの。私が貴族だから嫌なのよ。彼は私が貴族じゃなくても、求婚しに来てくれたかしら?」
「それは……もちろんですよ! こんなにお可愛らしいお嬢様に恋しない殿方なんておりません!」
いや待て、それって男が全員ロリコン予備軍ってことにならない?
まあそういう野暮なツッコミは置いといて。
「リゼットは本当に優しいわね、ありがとう。でも大丈夫、分かっているもの」
「お嬢様……やはりお嬢様は、あの商人のことを……」
「確かにちょっとした憧れの気持ちはあったけれど、でも大丈夫よ。貴族に生まれた以上、感情より利害を優先する覚悟くらいできているわ。ただ……このやり方はちょっと反則だと思うの。鼻を明かしてやりたいから、手伝ってくれる?」
「それはもちろんでございます! でも、どうやって……」
不安そうなリゼットを安心させようと、私は自信ありげな表情を浮かべた。
「ではまず、リゼットはエメに許可をもらって大青の煮汁を濃い目に用意してもらえる? できたら教えてね。白バラを活けるから」
「染料に花を活けるのでございますか!? なぜ……」
驚くリゼットに、私は不敵に笑いかけた。
「これから忙しくなるわよ」




