第27話 価値観、体質、そして味覚(1)
静かに闘志を燃やしながら自室に戻った私は、ありったけの蝋板を机に広げた。クレマンから聞き出した情報によると、おじい様が改めての話し合いに指定したのは、五日後である。それまでに企画から試作まで終わらせ、完成品を提示しなくてはならない。
そんな時間も予算もない状況で、何度もやり直しするのは不可能だ。一発で刺さるプレゼンを行うには、見切り発車ではなくそこそこの分析が必要だろう。
借金返済のアテになるとすれば、やはり専売権の売却だ。私の持つ現代知識を使いヴァランタンの商売にとって魅力的な品を提案できれば、高値で買ってもらえる目算が高い。
では何が魅力的に映るのか。ヴァランタン商会は元々織物商で、現在も服飾関連を多く扱っている。だがヴァランタンが豪商として成功した最大の理由は、貴族向けに全く新しい販売形態である「百貨店」を作ったことだ。
それまでの貴族の買い物といえば、欲しいものを商人に伝えて持って来させて購入する、日本で言うところの外商による販売がほとんどだった。そのため商人の手であらかじめセレクトされた商品の中から選ぶことしかできなくて、あまり自由がなかったのである。
そんな貴族は庶民のように気軽にウィンドウショッピングはできない立場だったのだが、そこに主人のモーリス・ヴァランタンは目をつけた。王都にある立地のよい貴族の邸宅を購入して改装し、ガリア初の百貨店を創業したのだ。
馬車からスムーズに乗降して店内に入れる便利な車寄せをつくり、庭園は広い駐車場に作り替えられた。廊下にたくさん並んでいた客間を改装して作られた小売店は、様々なジャンルの衣料品店が豊富に取り揃えられている。
これまでの訪問販売スタイルでは、きめ細かに好みに合わせた品が用意されるのはいいのだが、新しい発見は難しかった。だが色々な店舗を物珍しく眺めていると、買う予定のなかったものまでうっかり買ってしまうということもあるのだ。
こうして大きな収益を上げた百貨店が決め手となり、ヴァランタン商会はガリアでも指折りの豪商に名を列ねることになったのである。
その服飾メインで始まった百貨店に、新しい品揃えを用意したのがギィだった。手土産に持って帰れる「お菓子」の売り場を用意したのである。話題のお菓子を色々と試せる場所として、百貨店内に並んだ菓子舗はお土産の購入で大いに賑わった。
さらにギィは貴族相手だけでなく、貴族に憧れる庶民にも目をつけた。あの貴族たちがこぞって購入している贅沢品として、庶民の高級住宅街にも菓子舗の支店を出店したのである。
実のところ百貨店内の本店よりも支店の方が収益を上げているのが皮肉だが、本店で貴族が買っているということが最大のプロモーションなのだ。
そうしてギィは最年少でヴァランタンの後継者候補にのし上がった訳だが、最近は菓子舗にも同業他社が続々参入しているらしい。そんな中で貴族家秘伝の菓子は専売権の取り合いとなっている状況にある。そこに斬新なものを提示できたら、なかなかの金額での取引が見込めるだろう。
先日の絞り染めとネックウォーマーが有効だった理由は、百貨店で扱う服飾に関する品だったからだが、お菓子の線でもいけそうだ。というわけで服飾かお菓子になるだろうが、服飾は望み薄だろう。長らく王都から離れていたのと自分が子供だったせいで、ファッションの流行はよくわからないのである。
いくら斬新なものを提案しても、憧れのファッションリーダー的な人が社交界で格好良く着こなしてくれなければ、流行は生まれない。絞り染めは運よくギィの目に留まったが、そうピンポイントで当たるものを見付けることは難しいだろう。数撃ちゃ当たるで行くにしては、試作品を作っている時間が足りないのだ。
ならば時間もない今回、現実的なのはお菓子かな。幸いなことに、大事にとっておいた砂糖がまだけっこう残っている。ミヤコの知識を使って珍しいものをいくつか提案できれば、食いついてもらえるに違いない!
私は蝋板に大きく「お菓子」と書くと、力強く丸で囲った。
*****
「ダメだ、こんなんじゃ珍しくもない!」
私は候補のひとつに大きくバツをつけると、頭を抱えた。この国のお菓子文化は、かなり発達している。生半可な知識で中途半端な味のものを作ったところで、ヴァランタンを唸らせることなどできそうもない。
何かもっと斬新な、あっと驚くものといえば──
「そうだ、いっそ和菓子とか、アジアンスイーツとかいいかも!」
この国でお菓子として流通しているものは、洋菓子、それもバターや小麦粉を使った焼菓子がほとんどだ。あんこは豆を塩の代わりに砂糖で煮たら近いものが作れそうだし、小麦粉の代わりに米粉を使ってモチモチ食感を再現すれば、かなり斬新なものになるのでは……!
そこまで考えて、私ははたと気が付いた。そういやここは完全な異世界じゃなくて、気候も人種も地球に酷似した世界なんだっけ。そしてこの国は西ヨーロッパ、それも恐らく位置的にフランスあたりだ。
「ならアジアンスイーツは大穴狙いのギャンブルよね……」
そう呟いて、私は再び頭を抱えた。
食文化とは、珍しければ良いというものではない。珍しすぎたら体が拒否してしまう場合がある。
例えばあんこ。日本人にとってはお馴染みの存在だが、欧米人からのウケはあまりよろしくない。欧米人にとって豆とは塩味のおかずとして食べるもので、甘く煮込むなんてありえないからだ。
こういった価値観の違いだけでなく、他にも体質の違いで好みが異なることもある。それは「モチモチ」の評価だ。
日本人には、「外国のパンはパサパサしている。それに比べて日本のパンはしっとりして美味しい」という人が多い。だがそれは、アジア人と欧米人の唾液分泌量の違いが原因ではないかと言われている。
某米国生まれの大手サンドイッチチェーンでは、日本進出の際にパンのパサつきを指摘され、専用のしっとり生地に変更したという逸話がある。だが欧米人にとっては、その元のパサパサの方が美味しいのだ。
パサパサに強い欧米人にとっては、逆にモチモチを苦手とする人が多いとか。かつてアジアで爆発的な人気を誇ったタピオカミルクティーだが、欧米でイマイチ受けがよくないのは、そのせいなのかもしれない。
でもだからといって、洋菓子、特に焼菓子では現状レベルが高すぎて、戦える気がしない……。焼菓子以外の洋菓子で思いつくものといえば、ゼリー、アイス、チョコレートあたりかな。でもゼリーとアイスはすでにあるし、チョコレートは交易図にない南米原産のカカオ入手が絶望的だ。
「交易図にない……って、あれ、おかしくない?」
そこで違和感に気づいて、私は思わず呟いた。今流通しているゼリーの材料は、実はゼラチンではなく寒天だ。地球では日本産のものが出回るまで、海草を食べる文化のない欧米に寒天はなかったはずだけど……交易図に日本列島は存在しなかった。
ちなみにゼラチンはまだ流通していないので、地球のヨーロッパ史とはゼラチンと寒天の登場順序が逆転していることになる。
五分ほど考え込んだあと、私は諦めることにした。気にはなるけど、今は時間がないのだ。結論出すには情報が少なすぎるし、また今度!
私が鉄筆を置いてうーんと伸びをしていると、ちょうどお昼を知らせる教会の鐘が鳴った。
このまま自室でランチしながら考え続けようかとも思ったが、厨房にあるものを眺めたら何かいいアイデアが浮かぶかもしれない。そう考えた私は席を立つと、厨房へと向かった。




