第26話 失恋?は、求婚とともに(2)
「あのギィが……当家の借金を盾に求婚してくるなんてね」
自室に戻り一人になった私は、花瓶に生けられた白バラを眺めて忌々しそうに眉をひそめた。花びらをぶちぶちちぎってしまおうかとも考えたが、やめた。花に罪はない。
貴族が弱体化しその特権が弱まっている今、金持ちの平民が貴族から婿養子や嫁を迎えるなんて、最近ではよくある話だ。特に彼の場合、ヴァランタンの後継者争いに大きな一手となるだろう。
さらに法力持ちの子供ができれば、しめたものだ。末席とはいえ、法力さえあれば貴族に名を連ねることが可能なのである。道理で門外不出だという交易図を、私なんかにすんなりと見せてくれた訳だ。
あまり旨味の無い家にしょっちゅう出入りしていた理由は、他業者を出し抜いてヴァランタン商会のみに取引を依存させるためだったのか。他業者から発行された細かい借用書まできっちり買い集められていたというから、用意周到にも程があるだろう。
まあ、それもそうか。よくある話といっても、男爵あたりの所領の小さい下級貴族にとってのよくある話だ。新興とはいっても上級貴族に手を出すなんて、前代未聞である。用意しておいてしすぎることはない。
彼のことをすっかり信用していたおじい様は、その恐喝まがいのやり口に怒り心頭だ。もっとも、しらふで結婚を申し込んだところで貴族としてのプライドの高いおじい様のことだ──首を縦に振るとは到底思えないけれど。
だが実は、私の怒りはおじい様とは少し別なものだった。ミヤコの価値観で身分は気にならないし、経済面に至ってはヴァランタン商会は国内有数の豪商で、今より何倍も良い暮らしをさせてくれるだろう。
さらに商人特有の柔らかな物腰に、時たま見え隠れする粗野な一面は……箱入り娘のフロルには魅力的にすら映ってしまっていたのだ。
ジャン=ルイの言う通りだったのも腹立たしいが、このふつふつと湧いてくる怒りの正体は、失望だ。かつての私にとって、手土産片手に遠い王都や異国の話を聞かせてくれる青年商人の訪れは、自由のない生活で一番の楽しみだった。次はいつくるのかと、指折り数えて待っていたのである。
それがどれだけ孤独な私にとって救いとなっていたことか。そんな彼に仄かな憧れを抱いていたからこそ、今までの優しさは全て打算だったのかと、失望が押し寄せるのだ。
もっとも、あちらは二十代半ばのはずだ。十三になったばかりの私にガチ求婚されていても、それはそれでロリコンかよ! と叫びたくなるところだが……それはちょっと置いといて。
求婚されるイコールフラれたも同然なんて、皮肉もいいところよね──。
私はじわっと滲みそうになる涙を懸命に堪えると、未練を振りきるように立ち上がった。
「思い通りに行くと思ったら、大間違いなんだからね!」
私は決意を口にして気合いをいれると、借金返済のためのアイデアを振り絞り始めたのだった。




