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【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
三章

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第25話 失恋?は、求婚とともに(1)

「これは……大人びた装いのフロランス様も、なんとお美しい。僭越ながらこのヴァランタン、見違えましてございます」


「まあそんな……ありがとう」


 出迎えるなりこちらの変化に気付いて誉める商人に、私は顔を赤らめたあと……そう言う彼の出で立ちも、いつもと違うことに気が付いた。いつも身だしなみには抜かりの無い彼だが、いつにもましてきめの細かい良い布が使われた正装で、靴も恐らく新品である。

 さらに持参しているのはいつもの自社製品のお菓子ではなく、以前(フロル)が好きだと話したことのある、白バラのミニブーケなのだ。


「まあ、可愛い花束! でもこんな真冬に、バラなんてどこから……」


 私が目を丸めて驚くと、ギィ・ヴァランタンはにっこりと微笑んだ。


「実は硝子の温室を持っている知り合いに分けてもらいまして。フロランス様にぜひ差し上げたいと」


 そこで彼は言葉を切ると、古びているが掃除の行き届いた絨毯に片膝をついた。


「成人おめでとうございます。受け取って頂けますか? 我が令嬢(マ・ドモワゼル)


 いつもと違うかしこまった、むしろ少し芝居がかったような彼の仕草に、私は思わずクスクスと笑いをもらした。


「急にどうなさったの?」


 返答はないまま、彼はうっすらと笑みを浮かべる。観念した私は差し出される花束を受け取って、礼を言った。


「ふふ、ありがとう!」


 まだつぼみがほころび始めたばかりのバラたちに顔を近づけると、春が来たような華やかな芳香に鼻をくすぐられる。ギィは笑顔のままですっと立ち上がると、(ふところ)に入れた巻紙をちらりと見せた。


「そしてこちらが、お約束のお品でございます」


「世界地図!」


 うっかり大声を出してしまって、私ははっと口を押さえた。


「ありがとう。応接室で拝見するわね……」


 そう口では言いつつもソワソワしてるのが隠しきれていなかったのだろう。ようやく応接室のソファに座って身を乗り出すと、ギィは苦笑しながら懐から巻紙を取り出した。


「こちら、本来は重要な取引先と、ヴァランタンの近しい()()()()に閲覧が許された、門外不出の秘伝でございます。他言のなきようお願い申し上げます」


「神の子フィリウスと私の名誉にかけて誓うわ」


 私が神妙に頷くと、ギィはテーブルに薄茶色の羊皮紙を広げた。


 あまり大きくないサイズの紙には三つの大きな大陸が描かれ、びっしりと陸路、そして航路の線が引かれている。ぱっと見て地球の古地図と大きく違う点といえば、黒く塗りつぶされた魔族領が点在し、そこは交易路が途絶えているという点だろうか。


 三つの大陸はそれぞれ西大陸(エウロペ)東大陸(アシアー)南大陸(リュピア)と呼ばれ、地央(メディテラ)海を取り囲むように描かれていた。ここガリア王国は西大陸の西部に位置し、さらに西の果ての洋上には島国のブリタニア王国が浮かんでいる。そして東大陸の果てにある大帝国が、砂糖の輸入元であるシンア帝国だ。


 あれ、これって、大陸は三つしかないし形も全然違うけど……もしかして地球!? ユーラシア大陸が何故か二つに分かれているのが謎だけど、エウロペはヨーロッパだし、アシアーはまんまアジアだ。リュピアは聞き覚えのない単語だけど、おそらくアフリカ大陸だろう。


 日本列島はおろか南北アメリカ大陸も存在しないが、これは交易図なのだ。交易がなければ、描かれてないのも頷ける。そういえば東大陸(アシアー)の東の果てにあるシンア帝国の主な輸出品目を考えると、まんま昔の中国じゃないか。


「フロランス様」


 そもそもこの国の文字、ちょっと見覚えのないものが増えているだけで、基本はほぼローマ字なのである。そういえば魔族が攻めてくる前は、西大陸には今よりも高度な技術を持った人族の大帝国が存在していたらしい。ヨーロッパの大帝国って、まさかEUのことじゃないよね?


 ずっと異世界だと思ってたけど、実はこの世界って文明が滅びた後の未来の地球とか!?

 猿の惑星みたいな!!


「フロランス様」


 ……いや、それにしては開発の痕跡がなさすぎるか。核兵器的なもので全部灰になっていたとしても、今の文明レベルで掘れるような浅いところに鉱石なんて残ってないはずである。


 ただ言えるのは、この世界の資源は地球の地理の常識が通じる可能性が高いということだ。魔法というイレギュラーがあるから完全とは言えないけれど、この事実は今後役立ってくるかもしれない。


「フロランス様」


「はっ、はい!」


 あれ、もしかしてずっと呼ばれてた!?


「つい夢中になってしまって、ごめんなさい! 何かしら?」


「いえ……よほど興味がおありなのだな、と」


「ええ、とっても興味深いわ。今まで聞いたり読んだりして想像していただけのものが、現実でつながっていくようなんですもの」


 それだけではないんだけど、とりあえず嘘は言ってない。私はぬるくなった香草茶で口中の渇きをいやすと、ふと気がついた。


「そういえば……シンアと交易があるのに、紅茶は流通してないの?」


「シンア産の()紅茶(テ・ルージュ)とは聞き覚えなく申し訳ございませんが、緑茶(テ・ヴェール)でしたらございます。ただガリア人の口にはあまり合いませんので、取り扱いはごく僅かでございますが」


「口に合わないの!?」


 ここが地球と仮定して、緑茶があってなんで同じチャノキの葉を完全発酵させただけの紅茶がないんだろう。でもそういや半発酵茶であるウーロン茶のイメージが強い中国茶だけど、実は現地で一番飲まれてるのは発酵させずに飲む緑茶なんだっけ。

 地球でも欧米ではある理由があって緑茶が流行らないって聞いたことあるけど……それはとにかく。


 久しぶりの緑茶……ものすごく飲みたい!


「飲んでみたいけど……扱いが少ないなら高価よね。一番少量の販売単位で、おいくらからかしら……?」


 おずおずと伺うように問う私に、ヴァランタンはにこやかに答えた。


「いえ、今すぐというお話でないのなら、それほど値の張るものではございません。ただ常には在庫がございませんので、入荷しましたらご連絡差し上げます」


「よろしくお願いするわ!」


 胸の前で手を合わせて喜ぶ私にひとつ微笑みながら頷くと、ギィは地図を手に取った。


「では、こちらは失礼します」


 くるくると綺麗に巻きとると、再び懐に大事にしまう。


「実は本日、侯爵閣下にお願いしたい儀があり、このヴァランタンまかり越しました」


「おじい様に?」


「はい。それでは、御前失礼致します」


 執事と共に祖父の部屋のある方の廊下へと消えていく商人の背中を見送って、私は首をかしげた。


 その直後。

 まるで城中に響き渡るかのような祖父の怒号が聞こえてきたので、疑問はすぐに氷解した。


 執事に帰るよう促されるギィの背中を物陰から見送ってから、私は執事に声をかけた。


「ねぇクレマン、先ほどの商人の話だけど……」


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