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【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
二章

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第23話 プレゼントが高価買取された件

「うん、なかなか良い出来じゃない!」


 私は厨房の片隅で完成した布をひろげると、かまどで熱しておいた火熨斗(アイロン)をあてた。黄色い布地に大小様々な白い絞りのお花が咲いて、なかなか可愛く仕上がっている。

 男性へのプレゼントには少々ファンシーすぎたかもしれないが、包装紙代わりと考えたらこんなものだろう。それに六枚も作ったのは、別の目的もある。


「おやまあ、あのシワがこんなにキレイなお花になっちまうなんてねぇ!」


 驚きの声を上げるエメに、私は布を指し示して言った。


「好きなものを一枚あげるわ。どれが良いかしら?」


「いいんですかい?」


「もちろんよ!」


 手作りの絞り染めには、一つとして同じ柄はない。エメは大ぶりの花がぱっと開いている一枚を選ぶと、おし頂くように捧げ持った。


「なんとまあ、お嬢さまが手ずからお作りなさったものをいただけるなんて……ありがたやありがたや」


「エメ、顔をあげて! 私はこんなことしかできないけれど、本当に感謝しているの。あと……これからも厨房貸してもらうと思うけど、よろしくね」


「もちろんですよ!」


 エメはドンっと力強く利き腕で自らの胸を叩くと、大きくうなずいた。


 その後リゼットに小さな花がたくさん咲いている一枚を、ルシーヌに端を控えめに花が取りまいているものを選んでもらうと。私は残ったうちの一枚である、対角線上に花が並んでいる布でネックウォーマーを包み込んだ。紐をかけるか少し迷って、結局風呂敷のように端を結んで留めることにする。


「よし、完成!」


 そうして私は満足そうに頷くと、次に商人がやってくる日を指折り数えて待ったのだった。



 *****



 待ちに待った御用商人が城に訪れると、私は向かい合って座った彼に挨拶もそこそこで本題を切り出した。


「あのね、今日は貴方に贈り物を用意してあるの。遅くなったけれど、お誕生日おめでとう! 大したものでなくて申し訳ないけれど、これから本格的に寒い日が続くでしょう? だから軽い襟巻きにしてみたのだけれど……」


「失礼ながら、お待ち下さい! 確か前回、私は誕生日が分からないと申し上げたはずでは……」


「でも、この一年の間に必ず誕生日は来ていたはずでしょう? だから、その日から遅れてしまったけど……おめでとう存じますわ」


 私がおずおずと布で包んだネックウォーマーを差し出すと、ギィは苦笑して、だが恭しくそれを受け取った。


「ありがたく頂戴致します。……開封させて頂いても?」


「は、はい!」


 思わず敬語で答えて、私はピンと背筋をのばす。そうして細長い指先が結び目を解く様子を、どきどきしながら見守った。

 すると急に恥ずかしさが込み上げてきて、私はさっそく後悔し始めた。相手は百貨店を経営する服飾のプロである。素人のザ・手作り品なんかあげても、迷惑になるんじゃないだろうか。


 そんな私の心配は半ば的中し、半ば外れることとなった。なぜか彼は肝心のネックウォーマーを横に置いといて、驚いたように玉ねぎ染の包み布を広げたのである。


「この模様、どのように染められたのですか!?」


「えっ? ただの絞り染めだけど……それより、贈り物はいちおう襟巻きの方なのだけど……」


「あ、ああ、こちらですか? 私には少し小さいようですが、本当に嬉しく存じます。拝領したお品は一生大切に……」


 ネックウォーマーを再びテーブルに置こうとする彼を、私は慌てて押しとどめた。


「ちょっと待って!」


 私はネックウォーマーを受け取ると、輪のところに両手を入れ、びよんとわっかを拡げて見せる。貴族向けに手広く商売しているはずの彼が、再び驚いたように目を見開いた。

 水を弾いて保温力のある毛糸のセーターは、漁師たちに大人気でこの世界でもけっこう発達しているはずである。あ、でもそういえば……タートルネックのセーターや普通のマフラーは見かけるけど、その間を取った首ぴったりのネックウォーマーは見たことがない気もする。


「ちょっと頭を下げてもらえる?」


「こうですか?」


 私はぐっと手を伸ばすと、屈んだ彼の首にネックウォーマーをすぽんと嵌め込んだ。


「ほう……こんなに小さくかさ張らないのに、充分暖かいですね」


「でしょう? こんなものだけれど、首もとが寒いときにちょっと着けるのにいいかなと思って……」


「フロランス様……相談させて頂きたい儀がございます」


「なにかしら?」


 急に真剣な顔をしたギィに、私はどぎまぎしつつ返答を待った。


 だがそんな彼の言葉は、期待とは大きく異なるものだった。


「この襟巻きと絞り染めとやらの布は、どちらで手に入れられたのですか?」


「へっ!?」


 予想外の質問に、思わず貴族らしからぬ声が漏れる。私は慌てて咳払いすると、気を取り直して口を開いた。


「どちらも私が手作りしたものよ」


「これを!? 製法はどこで学ばれたのですか?」


「特に学んだわけではないけど……」


「ではフロランス様が考案なされたのですか?」


「え、ええ、まあ……」


 前世のパクりでオリジナルを主張するのはとっても気が引けるが、ならば誰に学んだのかと問われても、困るのも事実である。私は冷や汗をかきながら視線を逸らせると、曖昧に口ごもった。


「この製法、二点共にぜひとも私どもにご売却頂きたく」


「そんな、お金なんて頂かなくてもこのくらい教えますよ!」


 オリジナルでもないのにお金を取るのも気が引けて、私は貴族の顔を忘れて気まずそうに笑った。


「いいえ、お支払い致します。その代わり、私共以外に製法を伝えないで頂きたいのです」


「えっ、どういうことですか?」


「つまり、製造する権利自体をヴァランタン商会にお譲り頂きたいのです」


「ああ、別に……構いませんけど」


 私は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしたまま、こくりと頷いた。この国には特許法こそないが、なかなかに厳しい秘伝とその専売権を認める法律がある。そのためか職人や商人たちの属する同業者組合(ギルド)は棲み分けに厳しくて、赤色染物組合と青色染物組合がそれぞれ独立して存在するほどだ。


「では次回の訪問までに、契約書をご用意致します」


「契約書とかあるんですか!?」


「もちろん、契約不履行の場合には、調停機関に申し立てることが可能です。もっとも、上級貴族であるロシニョル様と争って勝てるとも思えませんが」


 冗談か本気かそうさらりと述べて、ギィは続けた。


「契約書の作成には、紋章院に登録された紋章の押印が必要です。が……フロランス様は紋章をお持ちではありませんよね」


 女である上に大人ですらない私が、一族の権威を預かる紋章を持てるはずもない。


「持ってはいませんね……」


「では侯爵閣下にあらかじめご許可頂くよう、お願い申し上げて参りましょう。では肝心の契約金につきまして、二点でこのくらいでいかがでしょうか」


 提示された金額に、私は度肝を抜かれた。社交界デビューに必要なものを最高級品フルセットで用意しても、まだまだたっぷりお釣りがもらえるほどの額である。


「そんなに!?」


 もはや子供の仮面も貴族令嬢の仮面も剥がれ落ち、すっかりアラサー庶民の顔である。だが興奮しているのはあちらも同じようで、幸いなことに違和感はスルーしてもらえたようだ。


「ええと……絞り染めって、そんなに珍しいんですか?」


「はい。これまで布地に柄を描く方法といえば、織布の際に複数の色糸を使うか、刺繍が主流でした。この布は、染色時に柄を付けていますね?」


「はい」


「実は東方からの交易品で、このように染柄で模様を描いた布地を扱ったことがあるのです。しかしその製法は再現ならず不明のままでした」


 ギィは興奮を抑えるようにいったん言葉を切ると、一呼吸置いて話を続けた。


「失礼ながら……この布は梱包材として使われておりましたね。ということは、こちらの襟巻よりも手間がかかっていないということでよろしいでしょうか?」


 私がこくりと頷くと、彼は満足そうに微笑んだ。


「では刺繍などよりも手軽にこの珍しい柄が製造できるということです。高価な交易品とは違い、これならば停滞している柄布市場に一石を投じることができるでしょう」


「そういうものなのね……」



 *****



 実感がわかないまま十日近くが過ぎたころ、ギィは再びオーヴェール城に現れた。


 相変わらずの営業職らしいコミュ力の高さを発揮した彼は、私を誉め、おじい様を誉め……なんやかんやで四半時後。最初は不審がっていたおじい様も、すっかり上機嫌で契約書に紋章の押印を同意した。

 そして受け取った代金はというと、すぐさまヴァランタン商会への未払金(ツケ)の支払いに充てられてしまった。


 これじゃあ社交界デビュー用品はまた掛け売りしてもらわなきゃかな……。いつもニコニコ現金払いができるのは、まだまだ先のようだ。


 その後ヴァランタン商会から派遣された職人に数日がかりでネックウォーマーと絞り染めの製法を伝え終わった頃。今日もギィの手土産の甘味を頂きながら苦い黒珈琲(カフェノワール)との対比を楽しんでいると、ぽつりとギィが呟いた。


「やはり、変わられましたね」


「えっ、そ、そうかしら!? 前からこんな感じだったと思うんだけど!」


「お言葉の雰囲気も少し変わる時がございます。今のように」


 探るような目つきをするギィに、私は思わず息を呑んだ。


 ──しばしの沈黙。


「その……臨死体験ってご存じ?」


「いえ、初耳ですが」


「人間、一度死んだと思ったら、人が変わることくらいあるわよ」


 私はなんとか煙に巻くと、あとはひたすら笑って誤魔化したのだった。


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