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【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
二章

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第21話 人生最後の過ごし方

 ある休日、私が実家のリビングでゴロゴロしていると、父さんが言った。


『もし今日が人生最後の日だとしたら、それでもそれがお前のやりたいことなのか?』


『は? 何なの、急に……』


 私は読み返していた漫画から目を離すと、めんどくさそうに父を見る。すると最近めっきり白髪の増えてきた父は、どこかドヤ顔で腕組みして言葉を続けた。


『スティーブ・ジョブズの名言だぞ。もうすぐ30だろう。無駄に人生を浪費してたら後悔するぞ』


『えー、私なら逆だな。もし今日が人生最後の日だとしたら──』


 私なら仕事を休み、家事を休み、美味しいお菓子を買い込んで、あとはひたすらゴロゴロしたい。お金を稼ぐのも、掃除洗濯するのも、ダイエットにはげむのも、全ては明日のためなのだ。


 明日がないならゆっくりのんびりすごしたい。

 これじゃあ私、偉人になんて絶対になれないなぁ──



 ◇◆◇◆◇



「夢か……」


 私は古びた天蓋(てんがい)を眺めながら、ぽつりと呟いた。重い身体をのっそり起こすと、ちょうど入ってきたリゼットがベッド脇に燭台を置いた。


「お早う御座います、お嬢様。昨晩はよくお眠りになられましたか?」


「うん……」


 私は曖昧に返すと、渡された湯桶で顔を洗う。


「お嬢様、本日のご予定はいかがなさいますか?」


「予定……」


 私は少し考えたあと、ようやく今日やりたいことを思い付いた。


「とりあえず朝食をとったら、書庫に行くわ」


「かしこまりました」



 *****



「それにしても、できることが少なすぎるのよね。書庫と自室の往復しかすることないなんて、おにい様のこと引きこもりとか言えないわ……」


 私は借りていた本を全て棚に戻し終えると、次の本を片手にため息をつきながら自室へと向かった。お城の中の探検も、物置と空き部屋ばかりで何もなく、早々に終了してしまっている。なお城の外に出たいと昨日おじい様に打診してみたが、すげなく却下されてしまった。


 だからと言ってこっそり抜け出すなんて、ちょっと考えただけでも無理ゲーだ。城壁の外には低山とはいえ深い森に覆われた山道が続いているし、運よく麓に着いたとしても街を囲う外壁に阻まれる。それに街の中だって、真昼でも終電後の歌舞伎町よりはるかに治安が悪いのだ。


 昔両親と王都に住んでいた頃、野良猫を追いかけうっかり街中で護衛とはぐれたことがある。すると目抜き通りをちょっと離れただけで、即誘拐されかけた。通りすがりの奇特な青年が助けてくれたのだが、もうあんな怖い思いはこりごりである。


 そう考えると常勤の護衛騎士がいない現状では、おじい様の判断は妥当なものだ。この国の貴族女性は法力持ちの子供を産むための大事な財産であるが、つまりは男性親族の所有物である。傷付かないよう真綿でくるみ、逃げ出さないよう良い餌を与えるが、危険を伴う自由を与える必要なんてないのだ。


 逆に法力のない庶民であれば、たとえ治安が悪くても生活のため嫌でも一人歩きしなければならない。十分な護衛の雇えない貧乏な貴族令嬢ほど、不自由な存在はなかった。


 しかしジャン=ルイに大見得きった手前、社交界デビューの費用を大伯母さまに融通してもらうことはできないだろう。とはいえこれ以上の借金も避けたい……そんなぐだぐだな状況だったが、実は私にはお金にできそうなモノのあてがあった。ミヤコの持っている医療知識である。


 前世で、ミヤコは看護師をしていた。看護学や衛生学の知識は言わずもがな。医師の領域の知識だって、長年病院に勤めていれば否が応でもそれなりに身に付くものである。


 でもだからと言って、それをすぐにこの世界で生かせるかというと、話は別だ。目の前に傷病者を連れてこられてハイ治療してねと言われても、なかなか出来るものではない。たとえそれが名医と呼ばれる医者であっても、結局は同じだろう。


 検査機器も医療用具も薬品もないのでは、治療どころか病名の特定すら難しい。たとえどんな天才ピアニストであっても、ピアノがなければ演奏できないのだ。この世界の医療技術のレベルが低すぎて、必要な道具が全く揃わないのである。


 この世界の一般的な医療といえば、薬草くらいだ。それもゲームに出てくる薬草のように劇的な効果を持つものではなく、熱冷ましにはこのハーブが効くよ! 程度の存在なのである。


 この世界の医学が発展しない諸悪の根元は、治療呪文(レメディウム)の存在だろう。術師のレベルによって効果の大小はあれど、自己治癒力を高めたり体力を補ったりする作用しかないそれは、万能という訳ではない。だが法術師、つまり貴族や教会の権威を守るため、治療呪文に頼らない医療技術の発展は弾圧されているのだ。


 これはその他の科学技術全般にも同様の現象が起こっていた。法術を越えるような技術など、あってはならないのである。


 ということは、もし良い感じに使えるアイデアを見つけても……上手くやらなければ異端審問で潰されてしまうかもしれないってこと!? まんま地球の中世暗黒時代みたいな状況よね……。


「あーもう、どうしろっていうのよ!」


 考えに行き詰まった私は、ボスンとベッドに倒れ込む。そしてサイドテーブルに置いてある毛糸玉に目を止めて、むくりと起き上がった。


 そういえばギィに誕生日プレゼントのお礼でも作ろうと思ってたんだっけ。どうやら今日はいくら考えても(らち)があかない感じだし、とりあえず出来ることからやるしかない。リゼットに頼んで少しだけ新しい毛糸を分けてもらったものの、この量で作れるものといえば──


 手袋!


 とかカッコよく言いたいところだが、残念ながら某サイトの作り方動画でもなしにそんな難しいものを作る技術はない。とりあえず編めそうなものといえば──単純なゴム編みぐるりのネックウォーマーくらいかな……。


 私は棒針を手に取ると、チマチマチマチマひたすら編み進めていった。


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