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【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
※番外編追加分

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【番外編追加】お嬢様は「ととのう」をご所望です

※書籍の特典用に書いて提出したものの、使いどころなくて返ってきたSSです(笑)




「あーもう、寒すぎてホントお風呂だけが癒しだなぁ……」


 大理石の浴槽に身を沈めつつ、ほうっと一つ、私はため息をついた。部屋の隅ではお風呂場なのに、暖炉の炎が赤々と燃え上がっている。浴室も全てが冷たい石造りの部屋だから、こうでもしないと寒くて身体を洗うことすらままならないのだ。


「貴族に生まれてよかったー……」


 私はそこまで考えてから、お湯の中でぐぐっと両腕を伸ばした。たっぷりのお湯を沸かして肩までゆっくりつかるなんて、この国では貴族にしかできない贅沢である。一体お鍋に何杯のお湯を沸かせば、浴槽をたっぷり満たすなんてことができるだろう。


 そもそも防水がしっかりとされた大きく丈夫な浴槽を作ること自体、けっこうお金がかかるのだ。いつかは多くの人にこの気持ちよさを味わってほしいと思うけど、公衆浴場を作ろうにも、この「巨大浴槽と湯沸かし問題」はどこまでもついてくる。


 頭を悩ませつつ水面を両手ですくったが、お湯はたちまち指の隙間からこぼれて行った。


「でもお湯につかる以上に、身体の芯からしっかり温まる方法なんて……あ、サウナだったらご家庭でもできるかな」


 サウナは北欧の人々にもう何千年と親しまれているのだと、スーパー銭湯にいた熱波師のお姉さんが解説していた気がする。ならば今ここにあるものだけでも、それっぽく再現可能なはずだ。


 私はウキウキしながらお風呂から上がると、湯冷めをしないうちにベッドへともぐりこんだ。


    * * *


 ――翌日の午後。動きやすい服を着た私はいそいそと厨房横の倉庫を漁ると、もう使われていない古い温石を大量に集めて、何回かに分けて浴室へと運び込んだ。


 床に広く転がした丸っこい石たちにザッと水をかけて埃を洗い落としていると、開いたままの浴室の入口からリゼットが顔を出した。その両腕に抱えられているのは、鉄で編まれた大きなカゴである。武器庫で埃をかぶっていたものを、リゼットに洗って来てもらったのだ。


「お嬢様、これはどちらに置けばいいでしょうか?」


「ええっと、そこ、真ん中あたりに置いてくれる?」


「かしこまりました」


 カゴを設置してもらうと、私は中に洗い終えた石を次々と詰め込んだ。その間にいったん出て行ったリゼットが再び現れると、手に持っているのはバケツ型の桶である。


「ジャンジャンブルのすりおろし、もらって参りました」


「ありがとー!」


 私は底の方にジャンジャンブルおろしが入った桶を受け取ると、水門を開けて水を注ぎこんだ。付いていた柄杓(ひしゃく)でよーく攪拌(かくはん)すると、ほのかにスパイシーな香りが漂ってくる。


 ジャンジャンブルって変な名前だけれど、味や見た目からすると、どうやらこれは生姜らしい。スチームサウナの香りづけには出来ればアロマオイルを使いたいところなんだけど、精油はとっても高価である。だから台所にあった生姜で代用しようというわけだ。


「よし、準備完了! じゃあ、リゼットも一緒に入りましょ」


「私が、でございますか⁉ そんな、めっそうもない……」


「でもちょっと、リゼットにはやって欲しいことがあるのよね。そのためには、一緒に入ってもらう必要があるの。だから、お願い!」


 固辞しようとするリゼットをなんとか説き伏せて、私たちは隣室で一緒に服を脱ぎ始めた。やがて支度を終えたリゼットは、大きな胸を隠しきるには少し幅が足りないタオルを懸命にかき寄せながら、恐々といった様子で浴室へと足を踏み入れる。だが一方で私はといえば、肩にタオル一枚かけている以外、遠慮なくすっぽんぽんである。


 これは日本人の感覚のせい……とは逆で、貴族令嬢の職業病(?)が理由だろうか。着替えどころか身体を拭くのすら全部やってもらうのが普通だから、今さら使用人に裸を見られることに恥ずかしいという感覚がないのだ。


 私はマッパのままスタスタと浴室を横切ると、おヘソぐらいまでの高さの円筒形のカゴの前へと仁王立つ。そしてカゴの中に詰まった石へと真っすぐに指を向け、気合を入れつつ声を上げた。


点火(イグニオ)っ!」


 カゴに詰まった石の間を熱で満たすように移動させながら、私は法術の炎を燃やし続けた。石が熱を帯びるにつれて、室内の温度が急激に上がってゆく。


 さて、ここからが蒸気浴の本領発揮である。私は先ほど用意した生姜水を柄杓ですくい上げると、熱々の石の上に思いっきりかけた。


 とたんにジュワワーッと大きな音を立て、辺りに蒸気が立ち込める。胸いっぱいに吸い込むと、爽やかな生姜の香りがすうっと鼻梁を通り抜けた。もうこれだけで身体の芯からポカポカしてくるようだけど、まだまだ、本番はこれからである。


 私は充分に部屋が暖かくなるまで蒸気を発生させると、身体を洗う時に使う木のイスの上に立ち上がった。肩に掛けていたバスタオルを利き手につかみ、身構える。なお便宜上タオルと呼んではいるが、これはあの糸がループ状でフカフカのタオルではない。だがシンプルな平織(ひらおり)の布を三枚重ねて縫い合わせた、三重(トリプル)ガーゼになっている。布と布の間にできた空気の層のおかげか、一枚のものとはフカフカ感と吸水力が段違いだ。


「では、始めまーす!」


 私は記憶の中にある熱波師のお姉さんになりきって、そのままタオルをブンブンと頭上で振り回し始めた。


「ふぁっ!」


 突然の熱風を浴びて驚いたらしいリゼットが、慌てたようにぎゅっと目をつむる。それに構わずどんどん熱波を送り続けていると、やがて彼女は恐る恐る目を開けて、私の様子をしっかり観察し始めた。私がやることを覚えて真似してくれと頼んだことを、ちゃんと覚えていてくれたらしい。


「よーし、じゃあ次、交代ね!」


「かしこまりました」


 すらりと背の高いリゼットは、踏み台を使うことなく私と同じ高さでタオルを振り始めた。初めは少し恥ずかしそうにぎこちなく、だが徐々に慣れてきたようで、豪快に熱風を送ってくれる。


「ひゃああー、きもちいい!」


 (あぶ)るような熱に肌を晒しているうちに、全身にじわじわと汗が浮かび始めた。それはやがて雫になって、つるりと流れ落ちてゆく。


 さて体がしっかり温まったら、お次は水風呂だ。山の湧き水で満たした浴槽に足先をつけると、すぐにジンジンとかじかむような感覚が広がってゆく。あまりの冷たさに一瞬気後れしてしまったけれど、ここはガマンのしどころである。意を決してトプンと肩まで入ると、ひんやりとした清水がすかさず火照りを鎮めていった。


 その温度差にも間もなく慣れて、むしろ心地よく感じ始めたら、最後は外気浴である。とはいえさすがに屋上で寝るわけにはいかないから、あらかじめ隣の部屋の窓を全部、開け放しておいたのだ。


 私は窓辺に並べておいた、カウチソファに寝そべると。お気に入りの香草茶(ティザーヌ)でつかの間の水分補給タイムを楽しんだ。


   * * *


 ――そんな流れを、そろそろ三回くらい繰り返した頃だろうか。カウチに横になるなり何だかフワフワとして、雲の上に寝そべっているいるみたいな感覚に襲われた。身体はすごくリラックスしているようなのに、思考はどこまでもクリアーである。


 ああ、なんて幸せな――。


「明日から、またがんばろ……」


 こうしてすっかり癒された私は、窓から吹き込む風を感じつつ――「ととのう」感覚に、しばし身を委ねたのだった。






 終


書籍版第一巻は、おかげさまで「なかなかの滑り出しですと発表してOK!」とのことです。本当にありがとうございます!

このままどうにか三巻まで続刊して、完結マークを打って終われたらと思います。第二部は出せたら大幅加筆OKとのことですので、引き続き何とぞよろしくお願いいたします。


別件で恐縮ですが、カクヨムコン8のライト文芸部門で「千夜一夜ナゾガタリ」が特別賞をいただきました。内容は後宮ミステリーを目指したはずが、なんか腐女子が女子寮でわちゃわちゃしてる感じの話になっています。

よろしければ、この機会に読んでみてください。

https://book1.adouzi.eu.org/n3903hw/

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