【発売開始御礼】兄の手作り?ホワイトデー
※おかげさまで、発売を迎えることができました。ありがとうございます!
※「ハートに込めたメッセージ」の後日談です。申し訳ないのですが、タイトルの季節感は無視してください。
王都パリシオルムにある、エルゼス侯爵邸。暦の上では春を迎えたところだが、まだまだ肌寒い日が続いている。
「先月のチョコレートと、あとこの間の誕生日プレゼントにさ、わざわざシンアから醤油を取り寄せてくれたでしょ。だからお礼がしたいと思って」
そう言って私を厨房に呼び出した兄は、一抱えもある大きな麻袋を床に下ろした。着地するなり重そうな音を立てたそれは、どうやら穀物袋のようである。
「これは……?」
首をかしげる私に向かい、兄はニヤリと口の端を上げると。袋の口を縛っていた紐を解き、中に手を差し入れた。そして抜き出された手のひらに乗っていたのは、何やら黒っぽい穀物である。
「ブリタージェ産の黒い麦……つまり、ソバの実だよ!」
「それって、もしや……麺にしようということですか!?」
私がゴクリと唾を呑み込みながら言うと、兄は満面の笑みで頷いた。
「蕎麦打ちにハマってた友達から一度習ったことあるんだけどさ、今からやってみない?」
* * *
「ぜんっぜん、つながりませんね……」
「だねぇ……」
――数時間後。私たちは自重でボロボロと千切れ落ちる麺(?)を台からつまみ上げながら、ため息をついた。
「この国で流通してるソバの実は、やっぱり過乾燥かなぁ」
「そうですね、乾燥状態はガレット用に最適化されてるでしょうし……。しかも王都の水源は超硬水っぽいですから、やっぱり十割そばは無理ですよ」
ガレット、つまりソバ粉のクレープをふわっと美味しく作るには、粉をサラッサラに乾燥させておく必要があるらしい。だがつるりとした麺を作るには少々水分が足りないのだろうか。
「やっぱり、そう思う? うーん、とりあえず二八蕎麦にしてみようか」
「小麦を入れるなら、いっそ強力粉を使ってみてはいかがでしょう? 確かパン用の小麦が硬質小麦だったと思います」
私はサポートを頼んでいた厨房女中の少女に声を掛けると、小麦粉の袋を手に入れた。早速そば粉をコネ鉢代わりの大きな木のボウルに移している兄の横に移動すると、小麦粉を同じくコネ鉢へとふるい入れてゆく。
そんな工程を何度か繰り返し――ようやく得られた結論は、三七くらいが丁度いいというものだった。切り方は太いし、食感もソバにしてはどことなくモチっとしている。だが喉ごしは意外なほどにツルツルで、茹でたてをすすればソバの風味も健在である。
「なかなか良い麺が出来たんじゃない?」
「でも麺つゆがないと、醤油だけではちょっと味気ないですね……」
そう残念そうな声を出すと、兄はニヤリと笑って見せる。
「そう言うと思ってさ、鴨南蛮作ろうかと思うんだけど、どう?」
「それは大歓迎ですけど……おにい様って、料理できるんですか!?」
思わず声を上げる私に、兄は腕を捲り直しながら事も無げに言った。
「一人暮らしが長かったから、少しくらいはね」
「へぇ……ひとり暮らし」
って、いつの話!? まあ、向こうでの話なんだろうけど。
兄は下ごしらえが済んだ家鴨肉を女中の少女から受け取ると、油をよくなじませた熱々のフライパンに並べた。皮目を下に置かれた瞬間、ジュワジュワという小気味の良い音と共に、余分な脂が溶け出してくる。
ちょっぴり焦げ目がつくまでしっかりと火を通し終えたら、次に兄は、親指くらいの長さにカットされた緑色のネギっぽいものを受け取った。フライパンに残った脂の中に落とすと、それも自作の菜箸で転がすように焼き始める。
「あれ、長ネギってこの辺にありましたっけ?」
本日何度目かの驚きの声を上げると、帰ってきたのは耳慣れた名前だった。
「いや、これは玉ネギの緑の葉っぱの部分だよ」
「これが玉ネギ!? 葉っぱも食べられるんですね」
「うん、普通にうまいよ」
感心したように応える私に頷きで返すと、兄は焼き上がった肉とネギを鍋へと移した。ついでに麺棒で軽く叩き砕いた生姜も入れて、取っておいてもらった魚のアラ汁を注ぎ込む。
全部合わせてひと煮立ちさせると、最後に白ワインと砂糖、中国醤油で味を整えた。
これは以前どうにか醤油を作れないかと考えあぐねていたときに、ふと発祥は中国だと思い出して手に入れたシンア産の物である。製法は少し違うらしいけど、正直言って醤油の作り方なんて全然分からない。なら自分たちが食べるためだけにイチから作り出すより遥かに現実的だと、商人に出来るだけクセが少ないものを探してもらったのだ。
「そもそも鴨南蛮の南蛮って、一体どういう意味だったんでしょう……」
「確かに。南蛮要素って特にないよね……」
今となっては、正解を確認することはできないけれど。
何でも気になったらすぐにググることができた、あの頃が懐かしい。
味見したい気持ちをぐっと抑えて、食堂で二人並んで席に着く。食前の祈りもそこそこに、私たちは早速、お箸で温かいソバをすすった。まだどことなく肌寒い室内で、お腹からほんのり温まる。が――。
「正直言うと、ちょっと何かが違う感はあるね……」
首を傾げつつ言う兄に、私はフォローするように声を上げた。
「でもこれはこれで、とっても美味しいですよ!」
「ありがとう。でもネギは甘みがありすぎるし、出汁も醤油も、やっぱりコレジャナイ感があるんだよね。そういやフォン・ド・ポワソンは白身魚だからなぁ……これ次は赤身で作ってみたらどうだろ。赤身で手に入りそうなのって何かある?」
「赤身なら、王都でサバとかイワシなら見たような……。鮭は白身ですよね?」
「だね。特に干物になってるやつなら良いダシが取れそうなんだけど。アゴだしみたいな感じで」
「それっぽいものが何か手に入らないか、今度商人に聞いてみます。醤油も種類を変えてみましょうか」
「うん、よろしく。また色々と試してみようか。あのダシの味を求めて!」
「ふふふ、はい!」
レシピをさっとググることは、もう二度とできないけれど――。
こうやってアイデアを出し合いながら手探りで味を再現していくことは、それから私たちの密かな楽しみになったのだった。
了
いよいよ明日一巻発売です――と書こうとしたところ、もう販売開始しているお店もあるようです。挿絵もとても可愛いく描いていただきましたので、書店にお立ち寄りの際にはぜひチラ見して行ってください。
一部書店様では、特典SS小冊子が配布されています。
ご興味のある方は、よければ活動報告もご覧ください。




