【発売日決定御礼】誰が為に剣を取る
特典SS用に書いたものの、女性向けに寄りすぎたかなとボツにした番外編です。
一応恋愛要素はない時点の話ですが、王弟視点なので苦手な方はご注意ください。
第一次エルゼス防衛戦で初陣の殿下(13)とフロル父の回想がメインです。
「何か、良いことでもあったのか?」
その夜、野営地で開いた作戦会議に現れた男――エドゥアールは、八日前に会った時とは打って変わって、にこにこと満面の笑みを浮かべていた。
「実は一昨日に無事娘が生まれたと、伝令を受けましてね。こんな戦などさっさと終わらせて、早く家族のもとへ帰りたいものです」
――未だ激しい戦闘の続いている中で、当事者の一族が何をのんきなことを。周囲にはそう軽く咎めるような表情を浮かべる者もいたが、だが私は思わず、笑いながら言った。
「ははっ、ならば今すぐにでも、この私が終わらせてやろう」
「さすがは殿下、頼もしいですな!」
そのままエドゥアールも声を上げて笑ったが、それは不快なものでは全くなかった。子供らしい大言壮語だと軽く受け流すものではなく、その言葉の裏に本物の敬意が込められていたからである。
口では慇懃なことを言いつつも、内心では率先して切り込んでゆく私を陰で「功に焦る困ったお坊ちゃん」扱いしてくる者達が多い中――彼だけは混戦の中でのたった一度の助太刀で「殿下に命を救われた」などと言い、私を一人前の騎士として扱ってくれていた。
事実、今回の防衛戦で大将を務める公爵は、我々のやりとりを少々呆れた顔で眺めている。初陣の血気盛んな子供のお守を押し付けられて、まるでいい迷惑だと言わんばかりのいつもの顔だ。もっとも私が視線を向けると、その顔へ慌てたように笑みを貼り付けたのだが。
扱いに困る……そんな対応には、もう生まれた時から慣れている。すでに立派な跡継ぎのいる王の弟として遅れて生まれた私は、代替品としての用途にすら遠く、取るに足らない存在だった。
だが私は、その日陰の立場に甘んじることを良しとはしなかった。生まれ持った地位になど、最早期待はしていない。自らの実力を以て、誰もが無視できない立場を奪りにゆくのだ。
決意を新たにした私は、その数日後――宣言通り敵将の首級を上げると、紛争を早期終結へと導いたのだった。
◇ ◇ ◇
民衆の歓声と共にエルゼスの領都へと凱旋した私は、戦後の処理を軽く終え、オーヴェール城へと向かった。なんでも祝勝会が開かれるとのことで、身に纏うのは重たい甲冑ではなく、久々の身軽な装いである。
城に到着して門をくぐると、エドゥアールとその奥方らしき女性が、出迎えに立っていた。近づいてよく見ると、例の生まれたばかりの赤子だろうか……奥方の腕の中には、小さな白い布包みのようなものが抱かれている。さらに下の方で動くものに気付いて目をやると、彼女の背後に半ば隠れるようにして、赤い髪の男児がこちらを窺っているのが見えた。きっとこっちが、エドゥアールの話していた長男だろう。
夫婦は型通りの挨拶を済ませると、待っていたかのように口を開いた。
「殿下、どうぞ我が娘に、祝福をお与えください!」
王である兄が赤子への祝福を求められている姿は何度も目にしていたが、若造である自分に祝福を求められる日が来ようとは。悪い気はしない、むしろ面映ゆくすら感じたが……だが私は、首を横に振った。
「いや、やめておく」
湯と石鹸で綺麗に洗い流したはずの両手に、未だ魔物の屍臭がこびりついている気がして――無垢なものに触れることを、ためらってしまったのである。
「そうおっしゃらず、どうぞ祝福を与えてやってくださいませ」
だがそんな私の反応にもめげず、少し押しの強い雰囲気のご夫人が、満面の笑みでずいっと一歩前に出た。その笑顔の圧にそれ以上断ることもできなくて、恐々と手を伸ばす。片手で首を支えるよう手ほどきを受けつつそっと受け取ると、両手のひらに納まってしまいそうなほど小さなそれは、驚くほどに軽く、頼りない存在だった。
油断するとぐにゃぐにゃになりそうなそれは、不意にパチリと目を開く。かと思うと、ほの青く透き通った瞳をまっすぐこちらへと向けた。
生まれたばかりの赤子は普通、目が見えないものじゃなかったか。かつて聞いた話との違いに戸惑いを覚えつつ、それでも泣き出さないことに安堵する。私はひとつ深呼吸すると、ごく短い、だが一番気に入っている祝福の聖句を唱えた。
私は自らの名誉のため、ただ功名のためだけに、この戦場で刃を振るった。自分は、ただの控えの存在などではない。与えられたものではなく、自らの力でこの国一番の武人であると証明するという目標のためだけに、戦ったのだ。
齢十三となり、ようやく戦場に立つことを認められたばかりの私は、気が逸っているのだという自覚はあった。だがその結果が、この赤子の安らかな眠りを守るためだったというのなら……悪くない。
――今思えば、この頃が私の人生の絶頂だったのだろう。
あるとき戦場となった村で見つけた迷い子を、私は思わず、親を探してやろうと抱き上げた。だが不運なことに、どうやらその子供からあの疫病を貰ってしまったらしい。
以来私は離宮へと隔離される生活を強いられて、いずれ出られる日だけを待ち望んでいた。だがいざ切望した『外』に出て見ると、私を取り巻く世界は一変していたのだ。
こうして私が戦う意味は、立身のためでも、守るためのものでもなく……ただ死地を求めるだけのものと、なり果てたのである。
◇ ◇ ◇
兄王からたまには顔を出せと言われた私は、仕方なく大きな夜会に出席していた。兄は私が居場所を作れるようにと未だ色々なお節介を焼いてくれるが、正直言って気乗りはしなかった。それも新成人を祝う舞踏会などと、誰が好き好んで居心地の悪い場所に身を置きたいと思うだろうか。
いつものように一人になれる場所を探して過ごし、そろそろ義理は果たしただろうかと帰ろうとした――その時だった。そこに一人の娘が、現れたのは。
彼女は何のためらいもなく戸惑う私の素顔に触れると、月明かりの中で穏やかに微笑んだ。
「少し乾燥ぎみのようですね。差し支えなければ、後ほど保湿とかゆみ止めの作用のある軟膏を贈らせて下さいませ」
「君は……」
「ああ、申し遅れました。わたくしはエルゼス侯爵が第一女、フロランス・ド・ロシニョルと申します」
「ロシニョル……そうか、エドゥアールの娘か」
「はい、セレスタン殿下」
「私のことを知っているのか? その、この仮面のことも……」
「もちろんでございます。前の防衛戦で、父は殿下に命をお救い頂いたと伺っております。戦中に生まれたわたくしが生きた父と会えたのは、殿下のおかげでございます」
彼女はそこで言葉を切ると、顔を伏せ、深々と腰を落とした。
「心より御礼申し上げます」
「いや、私は王族としての責務を全うしただけだ。それより……エドゥアールには戦場で多くのことを教えてもらったよ。惜しい人を亡くしたものだ」
思わず目を細めて、エルゼスでの日々に思いを馳せる。あの生まれたばかりだった赤子が、もうあの時の自分と同じ、成人の歳を迎えたというのか。
「殿下に悼んで頂いて、天上の父も喜んでいることでしょう。実はわたくし、幼い頃に亡くした父のことはあまり覚えていないのです。よろしければまたいつか、父の話をお聞かせ下さいませ」
あの透き通った瞳が再びこちらを向いて、あの頃は見られたなかった鮮やかな笑みを形作った。
「そうだな。いずれ機会があれば、また」
そうか、まだ私にも……守ってもよいものが、守りたいと思わせられるものが、残っていたというのか。
「自分のためではなく、誰かのために剣を取る……か」
私は、もうずっと遠くに置き忘れてきたとばかり思っていた笑みを、口の端に浮かべると。久々の小さな希望を胸にして、未だざわめく夜の宮殿を後にした――。
終
書籍版第一巻の発売日が5月15日に決定しました。ありがとうございます!
サーガフォレスト様公式でめっちゃ可愛い表紙画像が公開されていますので、覗いてみてください。
https://www.hifumi.co.jp/lineup/9784891999391/
また発売日あたりにも、番外編を追加予定です。
それと新作の短編も投稿しています。よければ読んでみてください。
■未亡令嬢の契約婚(https://book1.adouzi.eu.org/n7925ie/)




