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【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
※番外編追加分

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【いいね御礼SS】気づいてしまった(王弟ルート)

「いいね」をいただいた数が最終話を除いて一番多かったのは「王弟ルート恋愛エンド」でした。他の話も含め、いいねを下さった皆様、本当にありがとうございました!

(なお次点は「昼行灯よ夜を照らせ」でした。司教…?)


※時系列は九~十章の間です。女性向け恋愛要素が強いためご注意ください。



「おはよう。今朝も良い天気だな」


 今日もお出かけ前に厩舎で準備をしていると――そこにアポなしで訪ねて来たのは、いつもの王弟殿下である。相手は王族だというのにすっかりその急な訪れに慣れきってしまった私は、片手を小さく振って挨拶を返した。


「あ、おはようございます。いいお天気ですね!」


「フロランス嬢の今日の予定を、聞いても構わないだろうか」


「今日はちょっと実験的に作った葡萄酒の様子を見に行こうと思っています」


「葡萄酒か……いいな。視察に同行させてもらってもよいか?」


「はい、どうぞ!」


 殿下の斜め後ろにいつも付き従っている護衛騎士のお兄さんが、ちょっぴり苦笑しながら私に小さく頭を下げた。私もそれに応えるように、笑顔で小さく頭を下げる。


 魔族との戦争がすぐそこまで迫っている事態だというのに、騎士団長とはよほどヒマな職業なのか、よほど私のやっていることが珍しいのか、ここひと月近く、すっかりお馴染みの面子である。


 最初は他所の人だしそもそも王族だしで、警戒と緊張から視察についてこられるのは正直ちょっと迷惑だったけど……どうやら悪い人ではないし、今ではまあ居てもいいかな~という感じになっていた。


 なにより細かいことまで素直に感心していちいち褒めてくれるから……正直言って悪い気がしなくて、ついつい「こんなこともやってます!」と、自慢したくなってしまうのである。やっぱり、「すごいね」って言われて、嬉しくならないわけがない。人間だもの。


 これがもしスパイとかだったら私情報引き出すのチョロすぎでは? とか思うけど、まあ、王族がこんな片田舎で小娘相手にわざわざスパイ活動なんてする必要はないだろうから、むしろ辺境の村の実情を知ってもらう良い機会だということにしておこう。




 秋風の中、馬を駈歩(かけあし)で進めること、しばし。領内で葡萄酒造りを行っている村の一つに到着すると、私は馬を下りた。すぐに出てきた村人たちに案内されて到着したのは、醸造所である。


 すでに酒樽から水差しへと移されていたそれを、持参した銀の杯へ注いでもらうと。まず護衛騎士に毒見をしてもらってから、私も少しだけ口をつけた。


 とろりとした甘さを持つ明るい金色の蜜酒には、だがハチミツや砂糖などの甘味料は一切入っていない。普通の白葡萄酒と全く同じ材料で、ただちょっとだけ、特殊な工程が加わっただけである。


「うん、とっても美味しいわ!」


 実はきっと今日もいらっしゃるだろうと予想して人数分持参していた銀の杯すべてに、私はたっぷりの葡萄酒をつぎ分けた。本当は私自身は試飲にとどめておくつもりだったけど、あまりにも美味しかったから……この国では法律違反じゃないし、一杯くらいいいかなと思ったのである。


 私はうち一つを両手で持って、腕組みしつつも物珍しそうに醸造所の様子を眺めていた王弟殿下に差し出した。


「よければ、どうぞ。甘い物は大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だ。いただこう」


 皆で軽く乾杯をしてから口をつけると、すぐに殿下が驚いたような顔をして言った。


「……これは、ソルテーヌ領の貴腐酒に似ているようだが、癖が少なく飲みやすく感じる。いや、とても旨い。どう作られたものなのだ?」


「これは去年の大寒波の際に、収穫前に凍ってしまった葡萄から作られた葡萄酒です。泣く泣く廃棄されようとしていたのですが、どうしてもとお願いして、凍ったまま絞ってもらいました。後の製法は同じです」


「凍って……だと? ではその土地でなければ作ることのできない貴腐酒とは違い、凍らせることさえできれば、どこでも作れるということか!?」


「試していないので断言はできませんが……可能性は高いかと」


「それは……素晴らしいことだ。名は、なんという酒だ?」


「名は……そういえば、なんというの?」


 私が近くにいた醸造所のおかみさんに話を振ると、彼女はにこやかに言った。


「まだございません。どうぞ姫様、名付けてもらえますでしょうか」


「じゃあ……この金色のお酒は、氷の葡萄酒(ヴァン・ド・グラス)と名付けましょう!」


 私が言うと、村人からおおーっと野太い歓声が上がり、やがて拍手がわき起こった。ヴァン・ド・グラスとは、この国の言葉で要は「アイスワイン」という意味だ。そのまんまの安直すぎる名付けなのに、歓声があがると正直ちょっと申し訳ない気分になってしまう。


「葡萄が寒さに文字通り凍えると、これほどまでに甘くなるとは……想像もつかなかったな。最高級の貴腐酒にも全く見劣りがしない味だ、素晴らしい」


「ありがとうございます! 普通の葡萄酒に比べると、できる量はかなり少なくなっちゃいますけどね」


「だがこれほどの品ならば、かなりの高値が付くだろう」


「ふふふ、この作り方、他の人にはぜったいに内密でお願いしますね!」


「ああ、了解した」


 私は上機嫌で残っているお酒を飲み干すと、おかみさんに向かって杯を上げた。


「おかわりくださーい!」


 すると杯を受け取ったおかみさんが、心配そうな顔をする。


「本当に、大丈夫ですか?」


「だいじょーぶ。あと一杯だけだから!」


 それを聞いたおかみさんは心配そうな顔をしつつ、水差しに残ったお酒を杯へと注ぎこんだ。




 ――十分後、くらい。


「大丈夫か!?」


 イスから立ち上がろうとして思わずちょっとだけよろめくと、殿下が心配そうな声を上げた。


「らいじょーぶれす! ほんと!」


 なぜかちょっと舌がまわってないから酔っ払っているように見えるけど、別に頭の方はすごくハッキリしているのだ。だってたったグラス二杯ぶん飲んだだけだし。こんくらいでのまれるわけないし。ですし。


「迎えの馬車を呼ぼう」


 ため息をつく殿下に、私は抗議の声を上げた。


「酔ってるっぽくみえるのおにい様にバレたら絶対に怒られるからラメれす!」


「だがその様子では、一人で馬に乗せることはできん」


「じゃあ乗せてってくらさい」


「ああ、だから馬車を」


「別に馬車なんかよばなくれ、殿下の馬にちょっと乗せれくれればよくないです?」


「……駄目だ」


「ええー、ケチ……」


「!?」


 まあ王族を代行運転がわりに使うなんて、さすがにムリかー。


「じゃあガエタンに頼みますー」


 仕方ないのでいつもの護衛騎士の名をあげたら、なぜか殿下はあわてたように声を上げた。


「ま、待て! 私が乗せて行ってやる!」


「わ、助かりますー」


 なぜかよくわからないけど、ラッキーだからまあいっか。殿下はなんか深いため息をつくと、肩からマントを外して私の全身をぐるぐる巻きにした。


 なんかお荷物は梱包されたっぽい。

 あっはっは。


 お荷物はそのまま馬上に抱え上げられて、運ばれ始めた。酔いがまわらないよう配慮してくれているのか、ゆっくりと進む馬の揺れが心地よい。


 涼しい秋風と背を包むほのかな温もりが相まって、だんだん眠くなってくる。枕を求めてコテンと頭を預けると、トクトクと安定した拍動が聞こえた。


 人の鼓動って、なんでこんなに安心するんだろう。

 薄れゆく意識の中で、低く囁くような声が響く。


「君は……初めて会った時からこの二年間、想像していたご令嬢とは全然違っていたな。だが私は、そんな君が……」


 そこで、記憶は途切れた。




 ──気が付いたら、翌朝でした!


「最悪だーッ!!」


 私は自室のベッドで飛び起きると、頭を抱えた。


 ミヤコがあのくらいじゃ全然酔わないタイプだったからって、すっかり油断してた。そもそも体質は個人差が大きいし、アルコールは飲めば飲むほど耐性が上がるものだ。私自身はまだ舐めるくらいの量しか飲んだことなかったの、忘れてた!


 しかもよりにもよって、絡み酒だなんて!!


 あああ、あんな恥ずかしい記憶、なんでしっかり覚えてしまっているんだろう。いっそ記憶が飛んでてくれてたらよかったのに!!


 私は昨日枕にしてしまった人(すごく偉い)を思い出すと、赤面して布団に突っ伏した。




 その後。朝の着替えを終えて、リゼットが部屋を出てゆくと……それを待っていたかのように、入れ替わりで部屋に入ってきたのは兄だった。


「おはようフロル、昨日(きのう)はよく眠れたみたいだね……?」


「さ、昨日(さくじつ)の失態につきましては、申し開きもございません……」


「外出先で飲みすぎて昼間から酔っ払っただけでなく、しかも馬車を呼ぼうという大公殿下に、ご無理を申し上げたそうだね……。ぼくにバレないとでも、思ったの?」


 兄はそう言って盛大にため息をつくと、呆れたように首を振った。


「そもそも、君はちょっと他人を信用しすぎだよ。……ここは()()()とは違うんだからさ」


「そ、それは……いえほら、護衛とか他の人もいましたし、立場のあるお方ですし、それになんか悪い人じゃない感じですし……」


「あのねぇ……いくら殿下が寛大だからって、調子に乗って臣下の立場を忘れないようにね。無礼討ちされても文句言えないよ? それに、おと……いや、まあいい。とにかく、二度とこんなことのないように!」


「も、申し訳ありませんでしたー!!」


「もうお酒は二度と禁止! ……と、言いたいところだけど。社交界でいつ変な輩に騙されて飲ませられるか分からないからなぁ……」


 兄は再び深くため息をつくと、困ったようにガシガシと自らの頭を掻いてから、言った。


「仕方ない。来年くらいからほんの少しずつ、ぼくの監督下でお酒を飲む練習をすること! わかった!?」


「はいッ!!」


「あとゲルマニアの動向が落ち着くまで、城に謹慎ね」


「ええーっ」


「謹慎期間、一年にしとく?」


「すみませんっ! 承知いたしましたっ!」


 でも謹慎中もほぼ毎日茶飲み友達が訪ねて来てくれたので、引きこもり生活も意外と楽しく過ごせたのだった。



 ◇◆◇◆◇



 エルゼスへの赴任が決まった時。私は楽しみに思うと共に、少しだけ恐れを抱いていた。この二年のうちに、もしも彼女が変わってしまっていたら。いや、そもそもの記憶を美化しすぎていたのだとしたら……。私はようやくできた心の支えを、すっかり失ってしまうのではないだろうか。


 だがその心配は、本人に会うなりすぐに霧散した。むしろその実態は、ただ心優しいだけの少女ではなく……これまでの常識をことごとく覆し、人々の価値観すら変えようとしていたのだ。


 私はそんな彼女の姿に、救われたのだ。それはまさに、私にとっての『希望』そのものだったのである。


 ――そんなことを考えているうちに。間もなく腕の中の彼女は、小さく寝息を立て始めた。


 だがその警戒心の全く無い寝顔を見た途端、落胆を覚えている自分に気が付いて……私は愕然とした。どうやら私は歳の割に大人びた目をする彼女のことを、いつの間にか『女』として見てしまっていたらしい。だが未だ十五の彼女にとって、二十八である自分は警戒すべき『男』などではなく、信頼すべき『大人』なのだと……気付いてしまったのだ。


 その信頼は、けして裏切ってはならないものだ。もし裏切ってしまったら、その信頼はたちまち嫌悪へと変わってしまうだろう。


 ――ただ、この少女に嫌われるのが怖い。どんなに危険な戦場に立とうとも、かつてこれ程までに恐怖を覚えたことがあっただろうか。


 僅か七つで両親を亡くした彼女が、あの大人びた瞳を手に入れるに至るまで……一体如何ほどの苦労があっただろう。だがその瞳が閉じられた今、未だあどけなさが残る寝顔を守る権利すら、私にはないのだ。


 自嘲しつつ馬を歩かせているうちに、あっという間に時間は過ぎて……オーヴェール城に到着すると先触れの知らせを受けた彼女の兄が、城門前で心配そうな顔で待ち構えていた。


「殿下! この度は我が愚妹が無礼を申し上げまして、誠に申し訳ございません! 何とぞ、平に御容赦くださいますよう、お願い申し上げます!」


「いや、問題はない」


 言いつつ腕に抱えたままだった彼女を、その兄の手に委ねると……彼は口では身内の非礼を詫びつつも、その顔には妹の無事の帰宅を喜ぶ深い安堵の色が現れている。


 一片の遠慮もなく、彼女へと慈しみの眼差しを向ける『兄』の姿に……私は羨望を覚えた。家族にのみ許された、なんの見返りも求めぬ無償の愛。彼女の望みなら何でも叶えてやりたいと思うのに、だが私には、それすら許されてはいないのだ。


 城からの帰路につきながら、私は考えを巡らせる。一体どうすれば、彼女を庇護する()()を得られるのだろうか。王族の持つ力を駆使してしまえば、それは容易く実現できるだろう。だがそんなことをすれば、この今得られている僅かな信頼すら、失ってしまうのではないか。ああ、この想いに気付かれないままで、彼女の兄のような存在になり得る方法があるならば――。


 そこまで考えて、私はふと気が付いた。赤の他人である男女が家族になる方法は、養子とするか、さもなくば結婚するしかない。そして貴族の婚姻は、往々にして利害のみで成立するのだ。


 たとえ便宜的なものだろうと婚姻さえ結んでしまえば、保護者として堂々と彼女を守る権利ができる。それに、本当は分かっているのだ。何より私は、彼女が他の男のものになる姿など……見たくない。


 この戦争が終わったら、彼女に提案してみよう。

 彼女は「はい」と、言ってくれるだろうか――。






 ...


王弟殿下人気ないと思っていたので、エンディングにいいねを多くいただいたのは良い意味で驚きでした。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 本編だと殿下ルートで進んでると思ったので暗殺未遂からそのまま終わってあれ?となるくらいには殿下押し
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