◆兄ルート家族エンド
「これは……随分と立派に仕上がったな。ウォルター、君と自由石工組合の持つ技術力のおかげだよ。礼を言う」
まだ新しい土が盛られたばかりの堤防の上を、上流へと向かって歩きつつ――。何度隣を許可しても律儀に後ろに付き従い歩くことを譲らぬ技師へと振り向いて、僕は声を掛けた。
「いえ、滅相もございません。侯爵閣下のご威光あっての成果です」
ルウィン川の治水工事が本格化して、早半年ほど。蛇行を繰り返す川の流れを整え、湿地帯を埋め立てる工事は想像以上の困難を極めたが、ようやく一部が形になり始めていた。
川の流れを変えるほどの大工事は、対岸であるバルデン辺境伯領の協力が不可欠である。それをこの速さで実現させたのは、ひとえに妹の努力の賜物だった。ぼくが自分で実現しようとしていたら、もう少し時間がかかっていただろう。
――もっとも、堂々と領地を切り取りにゆく口実を無くしてしまったのは少々残念なんだけど……僕がそう思っていることは、妹には内緒だ。
「この様子であれば工程は前倒しで、来月には次の区画の整備へ移れそうかな」
護岸工事の仕上げを行っている大勢の工兵達を眺めつつ、僕は斜め一歩後ろに控えるウォルターへと問いかける。だがその答えは、珍しく否定的なものだった。
「いえ、堤防は盛り土しただけでは不完全で、少しの大雨で簡単に流されてしまうでしょう。これから兵を総動員して上を歩かせ、踏み固める作業を重ねてゆかねばなりません。放っておいてもある程度は時間と共に土が締まってはゆきますが、洪水は明日起こらぬとも限らないものですから」
「ああ、言われてみればその通りだ」
ぼくが頷いて見せると、ウォルターはさらに提案を重ねた。
「……ただ、人数を使って踏み固めるにしても、短期的には限界がございます。この堤防沿いを継続的に踏み固められるよう、人の往来を呼ぶことをお勧めいたします」
「往来、か。他所の事例ではどうしてる?」
「例えば、街道として利用を推奨する方法などでしょうか」
「まあそれが妥当とは思うけど、川に沿っての移動は基本的に船を使ってるからなぁ……そんなに人通りを確保出来る用途なんてあるかな」
眼下できらきらと水面に光を映している川は、そこそこの船舶の運行にも充分な幅を持っている。バルデン領との講和が成立してからは、水運が盛んになり始めたところなのだ。
さてどう需要を捻出しようかとぼくが思案していると、ウォルターが口を開いた。
「人流の確保が難しいようでしたら、植樹を行う方法はいかがでしょう」
「ああ、根を張らせて地盤を強化するのか」
「ご賢察の通りにございます」
そこでふとあちらの記憶を思い出して、ぼくは思わず声を上げる。
「あれ、堤防強化のために植樹したっていえば……隅田川じゃないか!」
「スミダ、とは、初耳で恐縮ながら……一体どちらの」
「ああ、材料揃えてからまた提案するよ。それじゃ今日はこれで城に戻るから」
驚いたような様子のウォルターを残して、急ぎ馬に跨ると。傾き始めた夕日の道を、ぼくは城へと向かって駆け出した。
*****
「――では隅田川のお花見文化って……人を集めて堤防を踏み固めさせるための、上様の陰謀だったのですね!」
かの八代将軍が、決壊を繰り返す川に悩んだ挙げ句にとった施策を、一通り説明すると。妹はそう、目を丸めながら言った。
「君の世代で上様って呼び方、よく知ってたね」
「例のサンバはわたくしの周りでもすごく流行りましたもの。……って、おにい様だってほぼ同世代ではありませんの?」
「あはは、まあ、あれは流行ったねぇ」
呆れたように言う妹に、ぼくは思わず、声を上げて笑った。
あれからも当然のようにお互いの記憶の向こうの話をしているけれど、家族と同じ価値観を共有できる事実は存外心地のよいものだ。妹の方もどうやら同じ感想であるようで、相変わらず忙しくも楽しい日々を送っている。
「まあそういうわけでさ、ルウィン川でも花見をしたいから桜っぽい良い木ないかな? 桜みたいな見た目や散り方だけじゃなく、根をしっかりと張り巡らせる所が似てるとなお有難いんだけど……花は綺麗だけど建物のすぐ横に植えると根が張ってよくないとか言われてる木、なんか聞いたことない?」
「根は分かりませんが……桜っぽいというか、まんま桜の木なら普通にありますよ?」
「桜、あるの!?」
あちらの欧州で鑑賞されていた桜も日本から贈ったソメイヨシノの印象が強いけど、現地にも桜があったとは。
「もちろん、おにい様も知っているはずですわ。昨日食べたお菓子に入っていたサクランボ……何の木になると思ってます?」
「……桜だね」
ぼくが愕然としつつ答えると、妹は満足そうに頷いた。
「その桜……実桜は、ルウィン川周辺の森林地帯には、ちょっとした特産品並に自生してますわ。花びらの色は白ですし葉も花とほぼ同時に出始めますから、森の中では目立ちにくいですけれど……集めて桜並木にしたら、きっと綺麗でしょうね!」
ウキウキとして楽しげに言う妹を、思わず目を細めて眺めていると……彼女は一転、力強くガッツポーズをしながら言った。
「そうしたら、夏にはサクランボ狩りで食べ放題ですわ!」
「結局、そっち!?」
「べ、別に食欲ばかりで提案してるわけではありません! 誰でも自由に収穫してよいとしたら、春だけでなく夏にも人が集まるのではないかと思ったからです!」
「うん、とってもいい案だ!」
ぼくが笑って頷くと。顔を赤らめながら怒っていた妹は、コロリと再び笑顔になった。
「では早速、植樹に適した株をたくさん集めましょう!」
*****
――数年後。
あれからルウィン川の堤防上に植え替えられた桜並木は、順調に新たな土地に根を張って、成長を続けていた。頃合いで花を見ながら配布したパンをかじってもらうイベントから始め、やがて領主の名の下に無礼講で酒が振る舞われるようになると――領民達の間では、すっかり人気の行事となった。
ひらひらと降り注ぐ、真っ白な桜吹雪の下を――妹は気心知れた侍女とお喋りしつつ、ゆったりと堤防上の道を歩いてゆく。時折、降る花びらをその手に受けながら……その楽しげな背中を数歩後ろで見守っていたぼくは、思わず口を開いた。
「ねぇフロル」
「なんでしょう?」
「……あと十年くらいは、お嫁に行かなくてもいいんじゃない?」
すると妹は振り返り、不満そうに口を尖らせる。
「おにい様……無責任なことをおっしゃらないでください。十年後だなんて、この国のアラサー独女に対する風当たりの厳しさは、あちらの比ではないのですよ!?」
「大丈夫、責任取ってちゃんと一生養ってあげるからさ」
「だから、それが無責任だと言っているんです!」
ぼくが笑うと妹はふくれっ面をしてみせて、それでもぼくが笑顔でいると、すぐに彼女も困ったような笑顔になった。
あとどれくらい、こうして皆で笑っていられるのだろう?
ずっと続いてほしいと願っているのは、ぼくだけなのだろうか――。
-終-




