最終話 小夜啼鳥は夜明けを歌う
新たなる聖人や聖女が現れたとき、フィリウス教では認定式の前日にその力を示す儀式を行う伝統がある。その方法は個人に任せられていて、水術師であれば広範囲に癒しの雨を降らせたり、地術師であれば大樹を急成長させたり、みな様々な方法で『聖女の力』をアピールするらしい。
かつて私が聖女を『フィリウス教が宣伝のために認定する偶像』と皮肉ったのは、この儀式という名のデモンストレーションが、明らかに教会の宣伝目的で行われるためである。だがいざ自分が当事者になってみると、世界が注目する宣伝の機会をもらえるのはすごく有難いことだった。儀式に参列している各国の代表者たちは、新しい聖女の力を遠く自国の民にも伝えてくれることだろう。
かつてエヴァンドロ司教が言った、魔族をも心酔させたと民衆に納得させる『誰もが黙る奇跡』。それさえ示すことができたなら、きっとこれ以上ない宣伝になるはずだ。
そして今の私には、勝算がある。この世界の歴史上、空を飛んだ人は……まだいないのだ。
殿下の創傷の治療など、慌ただしく休息時間を終えて。おにい様やリゼットと合流した私はこの日のために用意した衣装への着替えを終えると、デモンストレーションの会場に指定した大聖堂の屋上へと向かっていた。
今日私が着ている白を基調とした衣装に縫い付けられているのは、天然の宝石ではない。裏面を鏡面加工したアントワーヌ領謹製クリスタルガラスのラインストーンを、無数に散りばめたようなデザインである。広場に集まった群衆からは、どうせ本物の宝石かどうかなんて、見えないのだ。なのでとにかく舞台映えがするように、キラッキラに仕上げたのである。
そんなミラーボールみたいなドレスに身を包んで屋上へと到着すると、広い屋上いっぱいに広げられた巨大な布袋につながる籠の横で、いつもの商人が恭しく頭を下げた。
「フロランス様、お待ちしておりました。準備は万端に整ってございます」
「ありがとう!」
「彼は、祭司ではないようだが……知り合いか?」
不思議そうに首を傾げる殿下に、私は得意気に答えた。
「彼は当家の御用商人で、今回の儀式で使う仕掛けの協力者ですわ!」
「協力者だと? 今回の一行には含まれていなかったと思うが」
「はい。彼には商人として、別経路で入国してもらいました。聖女一行として資材を搬入しましたら、妨害工作の対象になってしまうかもしれないと思いまして」
私が紹介するように手を差し伸べると、ギィは自らの胸に手を当てて、深く頭を下げた。
「ヴァランタン商会のギィと申す者でございます。フロランス様には平素より格別のお引き立てを賜っております」
「ヴァランタンの名は聞き覚えがあるが……聖女候補の一行に加えず、一体どうやって聖都まで入山させたのだ?」
今度は驚いたように目を丸める王弟殿下に、商人はニッコリ笑って答えた。
「手前ども商人は、取るに足らない只人です。なればこそ、法術師の方々と同じ扱いではございませんゆえ。商人には商人の、貴人の方々とは異なる道筋があるのです」
「なるほどな……フロランス嬢も、さぞや心強いことだろう」
「御言葉、恐悦至極に存じます」
感心したように頷く殿下に、ギィは恭しく頭を下げてから、顔を上げていつもの営業用スマイルを浮かべた。ちょっと胡散臭いタイプの笑みにも見えるけど……王族との面識ゲットとでも考えているのかしら?
私はそんな益体もないことを考えながら、それに向かって一歩を踏み出した。
「では、行って参ります!」
「本当に……こんな布袋と籠だけで、空を飛ぶことなどできるのか?」
心配そうな目をこちらに向ける殿下に、私は振り向き自信たっぷりに笑って見せる。
「ええ、もちろんです。試験飛行だって何度も繰り返しておりますから、万全ですわ!」
私はそのまま兄と二人で連れ立って歩くと、大きな籠のもとへと辿り着いた。
「おにい様、点火をお願いします!」
「ああ」
籠を横に寝かせた状態のまま、風術師であるビアンカ姐さんの力を借りて、大きな袋の中へと最初の空気を送り込む。それに合わせて中の空気を兄の点火で熱していくと、やがて袋は大きな風船となって、ぶわりと空へと立ち上がった。そして私の胸下くらいの高さまである籠の壁を、まず兄が乗り越える。その手に引っ張り上げられるように、ドレス姿の私も中へと乗り込んだ。
更に兄が小さく呪文を唱えると……黄昏時を迎えた空へ、ライトアップ用の光球たちが現れる。無数の小さな光球たちを引き連れて、いよいよ気球は屋上から空へと浮かび上がった。
少しずつ離れていく屋上を見下ろして、私は協力してくれた皆に手を振った。亜麻布の気球に燃えるような赤で染め抜かれた小夜啼鳥の紋章は、そのまま薄暗い大空を照らすようにして、高く高く舞い上がってゆく。
やがて眼下の広場から、どっと地響きのような大歓声が沸き起こったことに気が付いて……私は大きく手を振ると、群衆の期待に応えた。光球たちのライトアップを受けて、手を振るたびにミラーボールドレスがキラキラと輝いている。私が地上に向けて力いっぱい手を振り続けていると、傍らで兄が言った。
「プロモーション、今回も大成功だね」
「はい。おにい様のおかげですわ!」
熱気球を作って、空を飛びたい。そのためにはおにい様の繊細な法力操作が必要だ――そう頼んだ時も、おにい様は何も問わずに、むしろ率先してアイデアを出しながら気球の製造を手伝ってくれた。
明らかに熱気球の仕組みを知っていたおにい様は、当然私の中にある『記憶』の存在には気付いているはずなのに……だがそのことについて探ってくる様子は、未だ一度もない。このどこか心地よい距離感に、結局お互いズルズルと詳しく確認しないまま……もう何年もの時が過ぎていた。
もしも確認して、予想の答えと違っていたら。
気まずくなってしまったら。
今と関係性が変わってしまうのが、怖かったのだ。
でも今なら、どんな答えが返ってきても、変わらない自信がある。たとえ前世(?)が何であろうとも、今の私たち家族の絆は、何ら変わりはしないはずだ。
「ねぇ、おにい様。わたくし、おにい様にお話したいことが、まだまだたくさんありますの。だからエルゼスに帰ったら、ゆっくり聞いて下さいね!」
「そうだね。ぼくもフロルに聞いて欲しい話がたくさんあるんだ。じゃあさっさと片付けて帰ろうか、ぼく達の故郷へ」
「――はい!」
*****
「我、法王エヴァンドロ一世の名の下に、汝、フロランス・ド・ロシニョルを聖女に認定するものとする。新たに生まれし預言の聖女よ、今後もすべからく人類に尽くすよう」
「謹んで、お受け致します」
そう言って私は顔を上げると……かつてエルゼス教区担当司教と呼ばれていたエヴァンドロ一世法王聖下と、ニヤリと不敵に笑い合った。
──デビュタントのとき、次に真白いドレスを着るのはいつかと考えたものだけど……まさか聖人認定されることで着る日がくるなんてね。
いよいよ『預言の聖女フロランス』の名が、教会の記録へと正式に加わった日。白いドレスに銀の儀杖を持った私が、アルドラ大聖堂のバルコニーへとその姿を現すと……新しい聖女の姿を一目見ようと広場に集まった人々から、大きな歓声が沸き起こる。私は努めて優雅に微笑むと、ゆるく右手を挙げてその期待に応えた。
もうここまできてしまったら、とことんまでやるしかない。真の防疫は、一国の努力では成立しないのだ。科学の暗夜を終わらせて、人族の国同士の協力、そして魔族の国との共存など、まだまだ課題は山積みである。
でもきっと、皆が、おにい様がそばに居てくれるから、私はどこまでも戦える。
夜明けは、始まったばかりだ──。
ナイチンゲールは夜明けを歌う ―完―
最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました!
最後に、よければ評価やいいね等いただけましたら嬉しいです。
番外編集の方について、ブクマ2つはうざいかなと思いまして、本編と統合を予定しています。
旧番外編集は統合後に検索除外予定です。
そちらにブクマやコメント下さっていた皆様、本当にありがとうございました!
統合作業は明日の早朝に行い、統合完了後、こちらへ後日談恋愛エンド投稿予定です。
後日談はマルチエンド方式復活し、王弟と商人の2ルートになりました。
また近日中に、ほんのり兄エンド風味なお花見番外編の投稿を予定しています。
その後もネタが出来次第、番外編を追加予定です。
オマケ程度のものかと思いますが、よければまた読みに来てください。
それでは、またどこかでお会いできることを祈って。
ありがとうございました!
干野ワニ




