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【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
十五章

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139話 妻が夫の背を撃つ理由

 あれからロマーニアへと渡った私は、母と旧知の仲である国王夫妻とも内々に連携していく約束を取り付けることに成功し、いよいよ予防薬は国外での流通を視野に入れ始めていた。だがそんな状況下でも、ガリア国内に一か所だけ、予防薬の受け入れを頑なに拒否している地域があった。

 ――それは、ル=マンディエ公爵領である。


 むろん、斑点病はかの広大な土地を持つ公爵領でも、全く変わらず猛威を振るっている。領民どころか家臣達からも多くの罹患者を出し、明らかな不満が噴出し始める中で……とうとう、まだ幼い公子が斑点病に倒れたという噂を聞いた。だが公子は母ベランジェーヌ夫人が懸命に治療呪文をかけ続け、なんとか回復することが出来たとのことだった。


 平民どころか、家族にまで危険が及ぶ。そんな状況でも――ル=マンディエ公爵グレゴワールは、頑なに予防薬の受け入れを拒否し続けていたのである。



 *****



 すっかり頻度は下がってしまったが、私は予防薬の普及状況の報告も兼ねて、今でも定期的に宮殿を訪れていた。


 しかしその日、シャルル殿下も含めて開かれたお茶会の場に、近衛兵が踏み込んだ。密告があったとのことで、特別に追加の毒見が行われた結果……シャルル殿下へと配られた菓子に、毒が仕込まれていたことが確認されたのである。そして捕縛された給仕が口にした指示者の名は――私の名前だったのだ。


 こうして私は重要参考人として、裁きの場へと呼び出されることになってしまったのである。



 *****



 この五十名程度が収容可能な会議場には、何度か入った事がある。だが裁きの場として、それも重要参考人として呼ばれることになるなんて……。何も悪いことなんてしていないのにシクシクと痛む胃の辺りをさすりながら、私は重要参考人に用意された席に座った。


 この国の貴族のお裁きは、一応捜査が完了してから行われる。だが犯人を特定した後にその刑の是非を決める場所ではなく『集められた証拠や証言を元に、みんなで話し合って犯人を決める会』と言った方が、正しいだろうか。


 だからリアル法廷というよりは、某『弁護士が裁判中に真犯人へ証拠を突き付けまくって逆転するゲーム』に近い感じである。ただリアル法廷や某ゲームと違うところは、専門の弁護士がいないという点だ。自分の無実は自分で証明しないといけないんだけど、あまり時間がなかったし……用意した反証だけで大丈夫だろうか。


 会議場に続々と人が集まる中で、どんどん不安が募って来た私はチラリと後方の傍聴席に座る兄に視線を送る。するとこちらに気付いた兄は、笑って小さく手を振った。


 ――え、なにその余裕!?


 兄は昨日の夜も『本当にやってないんだから大丈夫だよ~』なんて言いつつのんびりしていたのだが、もしかして何か『異議あり!』とか言える切り札でも持っているのだろうか? 実はすでに真犯人も確保されてるんだって信じたいんだけど……この世界の司法は割と簡単に冤罪が作れる仕組みだから、やってないからって安心できないのよね。


 何より上座にどっかり座ってニヤニヤとこちらを見ているル=マンディエ公爵の姿が、ものすごく気にかかる。それにあのいつもは終始夫の横で顔色をうかがっている感じの夫人が、今日に限って無表情で前を向き、微動だにしない姿も……何だかすごく嫌な予感がするんだけど。


 悶々と考えているうちにどうやら時間が来たようで、王族の皆さまが会議場に現れた。でもアウロラ妃殿下は硬い表情のままこっちを全然見てくれないし、仮面もこちらを向いて小さくうなずいただけで、全く表情が読めなくてお手上げである。


 そして議場に集う全員が王族に礼をとると――いよいよ裁判が始まった。


 ……と、思ったら。


 一人目の証言者としてル=マンディエ公爵夫人ベランジェーヌの名が呼ばれたことで、その場は一気に最終局面を迎えた。


 証言台に上ったベランジェーヌ夫人は一枚の書状を高く掲げると、初めて聞く張りのある声で言った。


「シャルル殿下を害し、その罪をエルゼス侯爵令嬢に被せるよう企てていた者は、我が夫であるル=マンディエ公爵グレゴワールでございます! この当主の紋章が押印された指示書が、その証拠となりましょう! ここにある名は、先日取り押さえられた給仕係の名と一致するはずです!」


 なぜ我が妻が呼ばれたのかと首を傾げていた様子の公爵は、一転して顔色を変えると、泡を食ったように立ち上がった。


「バカな! もし仮に私がそれを指示していたとしても、そんな迂闊な証拠をわざわざ紋章付きの書面で残すわけがないだろう!? お前っ、私を陥れるつもりかベランジェェエヌッ!!」


 対する夫人からは、あのいつもどこか周囲の顔色を窺っていた雰囲気は消え失せて、夫を悲壮な顔で睨みつけながらハッキリとした声音で言った。


()()()などおりませんわ。指示があったのは事実なのですから。そしてこの印章も、グレゴワールの署名も、本物に間違いないことは鑑定すれば分かることです」


「ほう、では早速、筆跡の鑑定と印章の照合を行わせよう」


「んなっ……お待ち下さい陛下! 妻ならば私の紋章印を使える状況にあったのです! 署名もどさくさ紛れに書かせることが出来たでしょう! その指示書とやらは、捏造だッ!!」


 妻の方から視線を外し、公爵は国王陛下へと向かって殆ど叫ぶように訴えかける。だがそんな夫の声に負けじとするように、ベランジェーヌ夫人は低く、だが強く声を張って言った。


「……わたくしは、これまでの人生を何一つ自ら決められずに、ここまで参りました。しかし今こそ、自らの意思で夫を告発いたします。大逆は、けっして看過できない事実にございます!!」


「お待ちください! これは陰謀だっ! 私を陥れんとする者共に、妻は買収されたに違いないッ!!」


 公爵はそう叫びつつ通路に出ると、証言台の方へと駆け寄ろうとする。するとその場にいた数名の近衛が反応し、すかさず彼は取り押さえられた。


「……妻が夫を虚偽にて告発する利点はないと判ずる。ル=マンディエ公爵グレゴワール・ド・モンヴォワザンを、拘束せよ」



 *****



「おにい様、もしかして最初から全部知っていましたの!?」


 混乱の中、皆ひとまず自邸へと帰ることになって……馬車が走り出すなり、私は向かいに座る兄に詰め寄った。


「うん」


 事も無げに頷く兄へと、私は不満を込めた視線を送る。


「では何があったのか、わたくしにも教えてください!」


「ええとね、事前に王家とル=マンディエ公爵夫人の間に、いわゆる司法取引があったんだよ。弱みを握られた給仕係によって毒物が混入されようとしているのも予め分かっていた上で、あえて現場を押さえることにしたんだって」


「そんなことが……」


「告発の見返りは、確か息子が問題なく跡を継げるようにすること、だったかな。いやあ、この国の裁判は状況証拠が認められちゃうし、もし事前取引なしで計画を実行されてたら大変だったね」


 それでものんびり答える兄に向かって、私は思わず声を上げた。


「そこまで詳しく知っていたのなら、なんで教えてくれなかったのです!」


「ごめんごめん、グレゴワールの動向が気になってセレスタン殿下に相談してみたらさ、水面下で捜査を進めてるって教えてくれたんだよね。フロルには余計な心配させたくないから黙っておいてくれって」


「余計って……なぜ!?」


 私が怒りをあらわに問うと、兄はようやく、少しだけ慌てた様子で言った。


「そ、それは本人から聞いてよ!」


「……分かりました」


 大人しく引き下がった私を見て、兄はほっとしたような表情を浮かべる。だが再び私がジロリとその顔を見ると、兄は機嫌を取るかのような笑みを浮かべて小さく右手を振った。

 もう、私が一番嫌なのは仲間はずれなんだって、何度言っても全然分かってくれないんだから!


 結局、夫人の協力を条件として――グレゴワールの罪状は『謀反の実行』ではなく『謀反の計画』ということで、内々に処理されたらしい。最終的にグレゴワールはル=マンディエ公爵位から強制的に引退させられて、永蟄居(えいちっきょ)という刑が下された。


 永蟄居(えいちっきょ)とは、自邸の一室に鉄の格子を嵌められ、一生涯監禁されるという刑罰である。それは爵位を持つ者にとって、死刑である斬首、爵位を失う改易(かいえき)に次ぐ重罰であり――事実上の終身刑だった。


 だがもしその罪状が謀反の実行であれば、改易はおろか、一族郎党の斬首も免れなかっただろう。それを考えると永蟄居という刑はごく軽いと言えるものだった。現在八歳のル=マンディエ公子には他の公爵家から後見人が立てられ、成人の後には家督の継承も許されるらしい。


 刑の実行は驚くほど速やかに行われ、広大なル=マンディエ領に予防薬の供給が始まると――国全体における新規の罹患者数が激減し、ようやく長かった大流行も、収束へと向かい始めたのだった。



 *****



 事情を説明して謝りたいというアウロラ様から招待を受けて、兄から聞いたものとほぼ同じ話を聞いた帰り道。宮殿の大回廊を歩いていると、前方に見知った黒髪の後ろ姿を見つけて、私は声を掛けた。


「殿下!」


「フロランス嬢か、どうし――」


 笑みと共に振り向く殿下に私はマナー違反ギリギリの小走りで追いつくと、無礼を忘れて少し食い気味に声を上げる。


「なぜ教えてくださらなかったのですか!?」


「な、何の話だ!?」


 途端に慌てる殿下に向かい、私はさらにずいっと一歩、詰め寄った。


「例の『謀反の計画』の件です。なぜこうなったのか、経緯を教えてください!」


「い、いやあれは、グレゴワールがそなたを見る目がどうにも危険な物に思えてだな……。逆恨みをしているのではないかと気にかかり、調査させていたのだ」


 調査を続けるうちに計画の存在が掴めたものの、公爵もそう簡単には尻尾を出してくれなかったらしい。三大公爵家当主を罪に問えるだけの証拠が揃わないという状況で、最後の手段として夫人に取引を持ち掛けたということだった。


 だが初めは夫人も、そんなことは一切ないと夫の企みを否定していたらしい。だが公爵が予防薬を頑なに拒否したことで、息子の命が危険に(さら)されたことが切っ掛けとなり……ようやく決断してくれたとのことだった。


「――そういう事だから今回の計画を事前に阻止できたのも、そなたの手柄のようなものだな。礼を言う」


「ならばなぜ、教えてくださらなかったのです。それほど私は信用がないのでしょうか……」


 私が思わず肩を落としてうつむくと、殿下は困ったような声音で言った。


「それは……忙しい身のそなたに要らぬ心配をさせずともよいと思ったのだ」


「要らぬ心配って、こちらは重要参考人なんかになって、生きた心地がしなかったんですよ? それなのに黙っているなんて……もしや、夫人と何か……」


 顎に手を当てる思案スタイルで、訝しげな視線を向ける。すると殿下は慌てたように声を上げた。


「ち、違う! グレゴワールに気取(けど)られぬよう、内密に事を進める必要があったのだ! それに、あの夫人は……どちらかと言えばわざわざ会いたいような相手ではない。だが他に、事が起こる前に確実に阻止する手立てがなかったのだ……」


 仮面ごしにも分かるその辛そうな様子に……すぐに私は、不躾な発言を後悔した。


「……下衆の勘繰りでした。王孫殿下の暗殺計画などという重大機密を、あの局面で誰にでも漏らすわけにはいかないという点を、失念しておりました。……大変申し訳ございません」


「いや。そういえばそなたは以前、知らされないのが一番不安だと言っていたのにな……。すまなかった。もう二度と、そなたに隠し事はしないと誓おう」


「そんな、また大げさな……」


「いや、それが私からの、信頼の証としたい」


 相変わらずの極端すぎる提案に、私は一瞬戸惑いつつも、困ったような笑みで応えて見せる。


「ではその信頼を失わないように、わたくしも聞いてはいけないことをうっかり聞いてしまわないよう、判断には重々気を付けますわ」


「いや、そういう話ではないのだが……参ったな、そなたは本当に」


 するとこちらも困った様子の殿下が、それでも微かに口の端に笑みを浮かべた。

 その時――。


「ベルガエ大公殿下、エルゼス侯爵令嬢フロランス様」


 女性の声に振り向くと、廊下の向こうから近付いてきたのはベランジェーヌ夫人である。彼女は数歩先くらいまで歩み寄ったかと思うと、そのまま廊下に膝を立てるようにして跪き……そして、言った。


「恩情の機会をお与えくださったベルガエ大公殿下に、感謝を申し上げます。そして……かつての自らの行いを、懺悔いたします」


『かつての』って、何だろう?

 そう私が考える間もなく……夫人は(こうべ)を垂れたまま、言葉を続けた。


「……貴方が療養より戻られた後、ご機嫌が悪そうに見えてしまって、それが呪いのせいのように思えてしまって、怯えるような態度で接してしまいました。本当は、婚約者であったわたくしが笑顔を取り戻して差し上げなければならなかったのに」


 これは……きっと、十五年前の話だ。私なんかがそんな込み入っていそうな話を聞いてしまって、いいのだろうか? ていうかここ、廊下のど真ん中なんだけど……大丈夫?


 思わず殿下と夫人へ交互に目を遣ったが、あまり慌てて離れても話の腰を折ってしまうかもしれない。消えるタイミングを窺いながら出来るだけ気配を殺しているうちに――夫人はさらに続けた。


「いつも失敗を恐れて上手くお喋りもできないわたくしに、明るく話しかけて下さる王子様のことを……わたくし、本当にお慕い申しておりました。なので……会えば会うほど嫌われてしまうのが、怖くて、怖くて……ずっと避けるようにしてしまって、本当にごめんなさい……」


「……」


 夫人の懺悔は続いたが、殿下は相変わらず無言である。いやこれ本当に、私が居てもいい話なのだろうか。どんどん居たたまれなくなってきた私は、さらに気配を殺して小さくなった。


「……でも、先ほどの御姿を拝見して驚きました。とうとう貴方を笑顔にできる方を、見つけられたのですね」


「……ああ」


 ようやくそれだけ低く答えた殿下から視線を外すと、次に彼女は私の方へと向き直る。――あれ、この話、私も参加してたんだ!


 ようやく自分も会話の頭数に入っていたらしいことに気が付いて、私は慌てて背筋を伸ばした。


「フロランス様、わたくしは病に苦しむ息子の姿を目の当たりにして……ようやく流されてばかりで何もしていなかった自分に気付き、立ち上がることができました。万民を救わんと戦う貴女こそが、まこと聖女の名を名乗るに相応しいお方です。どうぞ、貴女の征く道の先に、父神パテルの祝福のあらんことを」


 その顔つきは、決意に満ちたものである。かつてのおどおどと夫の顔色を窺う姿からは考えられないような彼女の変貌に驚きつつ、私は口を開いた。


「未知なるものに恐れを抱くのは、生きとし生けるものの本能です。それは、誰にも責められるものではありません。ル=マンディエ公爵夫人、未知なる予防薬の受け入れを決断した貴女の勇気に、感謝を」


 だがそんな私の言葉を聞いて、夫人は自嘲的に笑う。


「勇気、ですか……。多くの領民を守るためと言いながら、わたくしはただ、息子を守るためだけに……害となりうる夫を売ったのです。軽蔑、なさいます?」


「……いいえ。もし夫人の告発のないまま陰謀が暴かれていたならば、公爵は今ごろ首が落ちていたことでしょう。むしろ貴女は、夫の命を守ったのではないでしょうか?」


 慎重に答える私に向かい、夫人は皮肉気な笑みを浮かべた。


「……さあ、どうかしら。もう自分でも、よく分からないのです。でも、初めは……いい思い出ばかり、だったのですよ。たとえその目的がこの瞳の色だったとしても、あの人は確かに、不出来なわたくしに優しくしてくれたのだから。ああでも、そうね。これでようやく、あの人が帰らぬ夜に涙することも……なくなったのだわ」


 いつも銀眼の夫人をアクセサリーのようにして社交界に連れまわしていた公爵だったが、『そのくせ、あの方、他に何人もの愛人を囲っているのですよ!?』と、以前オレリア嬢が憤慨しながら教えてくれたことがある。


 だが永蟄居の身となった者が唯一会うことができるのは、頼ることができるのは、『部屋に食事を運ぶ()()()()』と定められている。つまりグレゴワールという人間は、これからずっと、彼女のためだけに()く籠の鳥――。


 夫人は今にも泣き出しそうな顔で笑うと、深く一礼してから静かに立ち去って行く。しかし我が子や領地の明日を背負うかのように……その背中は、決意に伸ばされていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 夫人しかお食事運べないなら、息子が独り立ちするまで夫人が表舞台に立つことはないかなぁ 本人もそれを望んでいるだろうし 才能があっても使わないなら無いのと同じという謗りは、公爵よりも夫人に深…
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