135話 会議は踊る…かも?
その後、体液病が地方に飛び火することはなく――早期鎮圧の成功によって『神の声を聞いた』エルゼス侯爵令嬢の評判は、王都中の民だけでなく、吟遊詩人たちの手により地方にまで瞬く間に広がった。
実は前々から複数の吟遊詩人たちに芸術活動の後援を持ちかけて、その才能を誉め、資金を援助し、自ずとエルゼス侯爵家に好意を持つよう働きかけを行っていたのだが……今回の件については普通に創作意欲が掻き立てられる系のネタだったらしく、それとなくお願いする前に我先にと新作の歌が披露されるようになっていた。
こうして『エルゼス侯爵令嬢』のネームバリューに広く国民が一目置いてくれるようになった頃。これを好機とみた私は、とうとう国王陛下に斑点病の予防薬の存在について、報告することにしたのである。
「斑点病から生還した人々は、二度と斑点病に罹らない……そのことは、皆さま薄々お気づきのことかと存じます。軽症者の持つ『弱い病毒』にわざと感染することこそが、『強い病毒』に侵されないための鍵となるのです」
北東五領で実施した接種の進捗とその結果、そして始まったばかりである南部沿岸三領のデータを示しながら――私は国王陛下、そして王太子殿下に対してプレゼンを行った。内々で開かれた会であるため、場所は国王陛下の執務室である。今回、兄と王弟殿下のほかに同席してくれているのは、ロートリンジュ公爵代行であるジャン=ポール卿だ。
「ロートリンジュ公爵代行……この数字は真か?」
早速陛下から質問を受けて、ポール卿は落ち着いた声音で口を開いた。
「は。他領につきましても、ボルゴーニュ侯爵、およびシャンパール伯爵とは直接会話をいたしまして、その実施状況を確認いたしましたが……真なるかと存じます」
「ふむ……。斑点病の、予防……か」
陛下はしばしの沈黙の後、仮面で覆われた弟の顔へと目を向けた。
「セレスタンよ、そなたはこれをどうと見る? 教典の教えに背く異端の研究か、それとも……神より遣わされし福音か」
「陛下、いえ、兄上。フロランス嬢の存在は……私にとって『希望』そのものです」
「希望、か……」
陛下は眉間に皺を寄せ、深く長いため息をつくと――しばしの間、無言で目を閉じる。そうして額に手を当てて、目を閉じたまま、言った。
「後日、再び検討の場を設けよう。しばしの時間をくれ」
*****
後日届いた召集命令を確認して、私は大きな疑問符を浮かべた。その議題が『斑点病の予防薬の是非について』ではなく、『エルゼス侯爵令嬢の聖女推薦の是非について』となっていたからである。
混乱しながら兄と共に指定された小さめの会議場につくと、そこにはすでにジャン=ポール卿と、その父、つまりおじい様の甥にあたる方であり、ロートリンジュ公爵家現当主であるジャン=バティスト・ド・フランセル閣下の姿があった。
兄と私が挨拶に向かうと、ジャン=バティスト閣下は豪快に笑って言った。
「いや、やりおったなフロランス! 先日は王孫殿下の婚約者の地位を大胆にも断ったかと思えば、今度は聖女に推薦を受けるなど! なんと、大変名誉なことではないか! 思わず痛みも吹っ飛んで、こうして参殿することになるとはなぁ!」
バティストおじ様は急性腰痛症、つまりぎっくり腰がこのところ頻発していて、息子に代行を任せて表舞台に出ることは控えていたはずだ。そんな方が出てくるなんて、聖女推薦ってそれほど重要な議題なんだろうか。
「そんな……まだ決まったわけではございませんわ」
「おっと、すまぬな。だが議題に上がった時点で、ほぼ陛下の御心は決まっておるも同然だろう!」
私は扇子を口元に寄せながら、困ったような笑みを浮かべて見せた。もっとも、本当に困ってるんだけどね……予防薬の件はどこ行った。
そのまま雑談を続けていると。次に議場に現れたのは、アクティーヌ公爵家現当主であるドナティアン閣下だった。彼は齢五十手前にして、バティストおじ様から宰相職を引き継いだばかりの方である。ドナティアン閣下は当代の社交界の華と名高いアクティーヌ公爵令嬢の父親なだけあって、整った顔立ちにお洒落用らしき片眼鏡のよく似合うオジサマだ。
そんなドナティアン閣下を加え、さらに雑談を続けていると。次に姿を現したのは、ル=マンディエ公爵グレゴワール閣下である。なぜかグレゴワール閣下は今日もベランジェーヌ夫人を連れているが、もしや彼女も推薦候補なのだろうか?
三大公爵家の当主全員が揃ったところで、国王陛下と王太子殿下、そして王弟殿下が議場に現れる。どうやら本日の会議は、このメンバーだけで行われるらしい。
「さて、本日集まってもらったのは、エルゼス侯爵令嬢の聖女推薦の是非について問うためだったのだが……なぜル=マンディエ公爵夫人が、ここに?」
開幕の口上もそこそこに話題を切り出した陛下は、ル=マンディエ公爵夫妻の方に視線を送り、訝しげに眉を顰めた。
「それは、エルゼス侯爵令嬢を聖女へと推薦するというのならば……我が妻こそが、より相応しいと進言するためです!」
「より相応しい……とな?」
「は。ベランジェーヌは銀眼の持ち主です。前例からしても、銀眼を持つ者のうち多くが、列聖の対象となっております。さらには、パリシオルム大司教フェデリコ猊下にも、推薦を受けた場合の認定の後押しをお約束いただいております!」
「かく言うそなたらは、これまで一体何を成したのだ? 施療院を作ったかと思えば肝心なときに放棄し、数名の貴族を治療しただけで、すぐに王都から遁走したそうではないか。対するエルゼス侯爵令嬢は王都十万の民を救う指針を示し、さらには現地にて実践してのけたのだが」
そう静かに疑問を呈したのは、王太子であるベルトラン殿下である。だがそれに反論するかのように、ル=マンディエ公爵は早口で捲し立てた。
「それは勿論ベランジェーヌならば、救おうと思えばはるかに簡単に出来ましたとも。しかし庶民共など次々と増えて困っておるくらいなのですから、少々減ったくらいで丁度良いではありませんか! それもエルゼス侯爵令嬢の『経口補水療法』とやらは、全員を助けられたわけではなかったとのこと。それなのに民からの評価が高いのは、全ては作為に満ちたものなのでしょう。それに対して我が妻の力は、助けるべき貴重な法術師の命を、確実に助けたのです!」
だがそれに横から言葉を返したのは、王太子殿下ではなくバティスト閣下である。
「ル=マンディエ公爵、夫人の銀眼をかさにきたその態度、王太子殿下に対して不敬であろう! それに先ほどから聞いておれば、我が子同然の娘をたいそう侮辱してくれおるな。フロランスはその身を賭して、現実に万の民を救ったのだ!」
バティスト閣下は手にした杖でドンッと強く床を突くと、鋭く声を上げた。
「民を軽んじて、何が『国』か! やらない事は、できない事と同意だろう。実績のみを口にせよ!!」
まだ若いル=マンディエ公爵は、うちのおじい様によく似た迫力を持つロートリンジュ公爵家現当主を前にして、すっかりたじろいでしまったようである。
「もっ……申し訳ない、ジャン=バティスト卿。ベランジェーヌ、王の御前だ、ひかえなさい!」
「えっ、わ、わたくし!?」
突然俎上に載せられたベランジェーヌ夫人が、肩を竦め怯えたような声を上げた。だが王族、そして諸侯たちの視線は全て、グレゴワール閣下自身に注がれたままである。
しばし味方を探してキョロキョロとしていたグレゴワール閣下だったが、誰も味方してくれそうになかったからなのか……妻を理由に適当な言い訳を並べ立てると、悔しそうな顔をしたまま夫人の腕をひっぱるようにして、議場の外へと出て行った。
「さて、静かになったところで……自身としてはどう思う? エルゼス侯爵令嬢、答えよ」
陛下に話を振られて、今度は私の方へと諸侯の視線が注がれる。私は隣のおにい様に助けを求めたいのを何とか我慢して、緊張しつつ口を開いた。
「偉大なる国王陛下にお答えいたします。満場一致とならぬことを考えましても、まだまだわたくしは力量不足でございます。推薦頂きまこと光栄に存じますが、若輩者ゆえ辞退させていただきたく……」
「私も現時点での推薦は反対です。まだ、時期尚早でしょう。一度却下されたら二度目の推薦は難しい」
私が深く頭を下げたタイミングで付け加えたのは、アクティーヌ公爵ドナティアン宰相閣下である。彼はずれた片眼鏡の位置を直しながら、冷静に言葉を続けた。
「認定を確実なものとするためにも、教会に地盤を築いてからとするべきです。しかしパリシオルム大司教が現時点でル=マンディエ公爵夫人を推しているということは、本当のことでしょう」
「畏れながら、発言をお許しください」
そこで私が小さく手を挙げると、議長である王太子殿下がこちらを向いた。
「エルゼス侯爵令嬢の発言を許す」
「はい。今回、なぜわたくしを聖女にというお話をいただきましたのか、経緯を伺いたく存じます」
するとベルトラン殿下は深くうなずきながら、口を開いた。
「理由は二つある。一つ目は、国民から列聖された者の数が、我が国は他国に遅れを取っている現状にあるため。二つ目は、そなたの扱う予防薬を『異端』とさせないためだ」
「ならば……わたくしはエルゼス教区担当司教であるエヴァンドロ・ダ・シルヴァ猊下より、実績を出すことが出来ればわたくしを支持頂けると、お約束いただいております。斑点病の予防薬にて、わたくしがガリア国内で充分な実績を積むことができれば……本山へと戻り、次代の法王選挙への出馬をご検討くださるとのことです。しかしそこに至るには、私自身、まだ機は熟していないと考えております」
私が発言を終えると共に再び声を上げたのは、ドナティアン閣下である。
「そういえば、現エルゼス司教猊下はかのシルヴァ家のご出身でしたな。でしたらパリシオルム大司教のフェデリコ猊下より、かの国での家格は上にございましょう。カタロニアは現在、混乱の渦中にあると申します。なればこの機会に、少々国益を損ねる存在であられる大司教猊下も……」
「ドナティアン卿、その話はそこまでに致せ」
苦虫を噛み潰したような顔で窘めたのは、バティストおじ様である。だが。
「バティスト卿……ご忠告痛み入る。が、アクティーヌ領はカタロニア法国とも国境を接しておりますゆえ。エヴァンドロ猊下がカタロニアに戻られることあらば、支援を惜しまぬとお約束しましょう」
就任したばかりのこの国の宰相閣下は、薄く笑みを浮かべつつ、国王陛下の方を見た。
「なるほど、そなたらの言い分は理解した。エルゼス侯爵令嬢の聖女推薦は、しばし時勢を読むこととしよう。では次の議題へ移る前に……エルゼス侯爵令嬢、そなたはここで退出せよ」
「はい」
もう一つ議題があったのか……なんだろう? ……そう軽く疑問に思いつつも、私は速やかに議場から退出したのだった。




