120話 クリーム×バニラ最強説
カリ岩塩発見の翌日。不在期間中の収支報告書を持って現れたギィの顔を見るなり、私は待ってましたと言わんばかりに問いかけた。
「ヴァランタン商会は王都に貸倉庫って持っていない!?」
「倉庫業は港のある街だけで、王都では行っていませんね」
「そうなの……王都で大量に備蓄したい物があるのだけれど」
「備蓄? いつまででしょうか?」
首を傾げる商人に、私は誤魔化さずに本当の目的を答えることにした。
「……王都で体液病が流行するまでよ。もちろん、賃料は相応に支払うわ」
「フロランス様……それも、父なる神からの預言でございますか?」
笑みを消して問う商人に、私も真剣な顔でうなずいた。
「……そうかもね。何年後かは分からないけれど、今のままの都市計画では近いうちに、必ず」
「かしこまりました。貸倉庫、必要とされるだけご用意いたします」
一転するように、商人は再びいつもの笑顔を作る。その様子を見て、私はほっと胸を撫で下ろした。
「頼んだわ。絶対に役に立つものだから」
「かしこまりました。まずは王都内の土地を、急ぎ確保いたしましょう。ところで……そろそろ座ってお話しませんか?」
「あ」
指摘されてようやく、私はここが玄関ホールであることを思い出したのだった。
*****
応接室でソファに座ると、さっそくリゼットがギィからの本日の手土産を用意してきてくれていた。
「……袋?」
白い平皿の上にドンと載せられていたのは、コーヒー豆でも入っていそうな目の荒い麻袋である。
「お皿に載っているということは……食べ物?」
私が首を傾げていると、商人はニコニコとしながら言った。
「はい。フロランス様がご不在の間、私めはロマーニアの方へ参っておりまして。こちらは現地で見かけたお品ですが、フロランス様にご興味を持っていただけるのではないかと持ち帰ってみた次第です。どうぞ、中をご覧ください」
言われた通りに袋の口を開けると。中からゴロゴロと転がり出てきたのは、真っ黒でゴツゴツとした石である。この炭のように黒くて軽い石は――石炭!?
「えっ、何コレ、石炭食べるの!?」
思わず驚きの声を上げると、商人はしたり顔で笑って首を縦に振る。
「はい。現地では甘い石炭と呼ばれているそうです。どうぞ、まずはおひとつ」
ギィに皿へと手を差し伸べられて、私は恐る恐る小さな欠片を摘んで口に入れた。ゴツゴツとした見た目に反して、レモンの様な爽やかな香りと共に、力強い甘みが口中に広がってゆく。
「これ……砂糖菓子だ!」
「左様でございます。これまで様々な美しいお菓子を作って参りましたが、たまにはこのような趣向も面白いかと」
私は石炭をもう一つ取ると、手のひらでコロコロと転がした。どう見ても食べるモノには見えないのが、逆にいい感じである。
「うん、面白いわ! そうね、例えば……卵を模した薄焼きの殻で隠して、宝石が出るか石炭が出るか、割ってみるまでのお楽しみ……みたいな、運試し要素に使っても面白いんじゃないかしら」
「なるほど。くじ付きの菓子は人気ですから、早速製造権を買い取って参りましょう」
ギィはニッコリと満足そうに笑ってうなずくと、次に話題をこちらに向けた。
「ところで、そちらの方は……魔王国の旅は、いかがでしたか?」
実はギィには、すでに交易を実現するためにゲルマニアへ向かうと伝えてあった。どうせ黙っていたところで、魔王国の産品をヴァランタン商会経由で売ろうとした瞬間にバレるだろうと思ったからである。
「そうそう! こっちもすごいものが手に入ったのよ!」
私は後ろに控えていたリゼットに頼んで、テーブル上に本日のサンプルを並べた。
「これは……シュ・ア・ラ・クレームでございますね」
すごいという割に、見た目が普通すぎると思ったのだろう。僅かに首を傾げる商人に、私は自信満々に微笑みかけた。
「ええそうよ。いいからまずは食べてみて?」
「では失礼しまして」
商人は小さめに焼かれたふわふわのシュー生地を手に取ると、一口かじる。そして咀嚼をし終えると、驚いたように言った。
「これは……香りが!」
「そう。この香料が、まず一つ目の戦利品よ!」
これはこの国でも既に不動の人気を築いている『シュ・ア・ラ・クレーム』、つまりシュークリームだ。ただこれまでのカスタードクリームはといえば、ほんのり優しい砂糖と卵の香りがするものだった。それでも充分お腹のすく、いい香りだったのだが。
今回追加されたバニラの香りが、これほどまでにカスタードの風味を引き立てるものだったとは、自分でも驚きの結果である。むしろ味まで前より良くなっているのでは? と、錯覚させられるくらいだ。
「この香料、卵や牛乳を使ったお菓子にならほぼ何にでも合うと思うから、他にも色々と試してみて。特にクレーム・キャラメルとか、クレーム・グラスあたりに最適だと思うわ」
『クレーム・キャラメル』はカラメルカスタードプリン、『クレーム・グラス』はアイスクリームのことだ。どちらもバニラエッセンスを一滴追加することで、お皿の上でひときわ輝いてくれることだろう。
「これは……このお品だけではなく、今後の発展が楽しみな素材ですね。なにより、これまでにない香りを持つ香料であるという点が素晴らしい。この香りであれば、食品以外にも活用できるのではないかと」
「よく気付いたわね。身につける香油としても使われていたわ」
「やはり……。調香師は常に新しい香りを求めておりますから、そちらへ仕掛けても面白いかもしれません」
「そのあたりは、貴方に任せるわ。今日この『バニラ』の香料を渡すから、これもパティシエに試作を頼んでちょうだい。ほんの少しでかなり強く香り立つから、慎重に扱うよう伝えてね」
「かしこまりました」
私はその言葉にうなずきを返すと、リゼットに次の品の用意を頼んだ。テーブルに並べられたのは、デザイン違いの二つの酒坏である。
「次はこれ、ショコラトルという飲み物よ。こちらが現地で飲まれていたもので、こっちは私が改良というか、雰囲気を変えて作ってみたものなんだけど」
私が飲むように促すと、商人は慎重に二つの酒坏を交互に口に運んだ。
「これはまた、珍しいお味で……前者の方が目新しい楽しさがあり私個人としては好みでございますが、後者の方がクセが抑えられ断然飲みやすく仕上がっておりますね。前者は男性に、後者は女性により人気を博しそうかと思われます。どのみち、新しい味としてしばらくは話題を独占できるでしょう」
改変後のショコラトルは、焙煎したカカオをすり潰したペーストに、砂糖と牛乳を加えてよく練り込み、そして香辛料はバニラのみで香り付けしたものである。元のスパイシーで甘くないショコラトルとは大きく違い、バニラの香る美味しいミルクココアに仕上がっていた。どうやら砂糖を入れることで、カカオ特有のクセが和らぐようである。
「こっちの素材もね、まだまだ応用の余地があるの。開発が成功したらまた提案するわ」
「楽しみにお待ちしております」
砂糖でクセを抑えるバリエーションは、どうやらまだ砂糖の流通がない中南米でも新発見になるかも知れない。つまりあちらに砂糖を持って行けば、喜んで買ってもらえる可能性が高いのだ。
一方通行ではなく向こうからもこちらを必要としてもらう――それが理想の交易なのだが、そこで問題になるのはパルシア商人だ。砂糖が売れると気づかれたなら、競合相手になってしまうだろう。そうすると単純にやれば価格競争になってしまうから、原産地のシンアにより近いパルシアの方が、輸送コストの面で有利になってしまう。なんとか上手く出し抜けたらいいのだけれど。
でもそんなこと、私にはきっと無理だから――
「ところで、変なことを聞くようだけど……ギィ、貴方は大きな成功をつかむためなら、どこまでの代償を払うことができる?」
突然の質問に彼は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの柔和な笑みを浮かべて言った。
「そうですね。私の目指す頂に立つためならば……それがどの様な対価であれ、必ずや支払ってみせましょう」
「では……以前、パルシア商人が魔王国と密かに交易を行っていると聞かせてくれたことあるわよね。貴方はそれを、どう思う?」
「フロランス様、私めに駆け引きなど不要にございます。魔王国との交易にヴァランタン商会、もしくは私個人として一枚噛ませて頂けるというご提案でしょうか? でしたら答えは私個人として、『是が非でも』です」
切れ長の目をすっと細めると、ギィは自らの胸に右手を当てる。そのままニヤリと口角を上げる姿を見て、私は苦笑した。
「話が早くて助かるわ。今回私が交易の許可を得られた魔族の国はゲルマニアに加えて二つあるのだけれど、パルシア商人はすでにそれらの国とも交易を行っているそうなのよ。そこで彼等に負けないように貴方たち『商人』の持つ交渉技術を借りたいのだけど……」
だがそこで、私は自信を持てず僅かに項垂れた。利に敏いということは、自らの不利にも敏感だということだ。わざわざ異端審問から処刑に至る危険を冒してまで、魅力のある提案かどうか。
「でも、国を挙げて行っているパルシアと違って、この国の商人が魔王国とつながりがあるとバレたりしたら……ただでは済まないでしょうね……」
「そうですね。しかしそれは、もとより承知の上です。私めは只人が登れる最も高い場所を目指すためならば、何でもいたしましょう」
「それは……助かるわ。もしバレても一人では死なせないから、安心してね。教会に逆らわせるからには、私達は一蓮托生よ」
「これはこれは……しかしご安心ください。私めは、そのようなヘマはいたしませんので」
「あはは、その点は信用してるわ。もしもこっちがヘマしたときは、知らぬ存ぜぬ自分も騙された被害者ですってことで、白を切り通してくれていいからね!」
「ご安心ください。私めが必ずやお救い申し上げましょう……我々は、一蓮托生なのでしょう?」
応接室の窓から差し込む柔らかな光を受けながら、商人はニッコリ笑って見せる。彼の持つ不思議な榛色の瞳も、今日は爽やかな緑みを帯びてはいるが……どこか食えない印象が拭えなくて、私は再び苦笑した。
「……貴方も、なかなかの悪徳商人よね」
「フロランス様には敵いません」
私達はひとしきり声を上げて笑うと、ようやく本題である報告書の確認を始めたのだった。




