115話 星を渡る民
やがて夜が更け、国賓待遇の快適な寝台に寝転んでみたものの……どうにも目が冴えて仕方のない自分が居た。なんといっても、キナノキ、ゴムノキ、カカオに、一応トマト……期待を大幅に上回る大収穫だ。
そんなわけで、テンションが上がりすぎてしまったのだろう。私は眠ることを諦めて寝台から降りると、二階にある部屋から窓の外を見た。青白い月明かりに照らされて、アンデスの連なる尾根の上に広がっているのは……神秘的な天空の都市である。
しばらくその絶景に見入った後で、私は視線を下の庭園へと向けた。すると開けた一角に、オネエ様の姿が見える。どうやら長槍の訓練に使うような棒で、素振りの型を繰り返しているようだ。
お邪魔をするのも悪いかもしれないが、魔王国の重鎮とゆっくりお話できるチャンスなんて、今後なかなか無いことだろう。私は与えられた部屋を抜け出すと、庭園へと向かった。
*****
「お疲れさまです。こんな遅くに鍛錬ですか?」
「そりゃあ一日でも怠けたら、身体が鈍っちゃうもの」
諸肌脱ぎで鍛錬していたオネエ様は、かなり発達した筋肉の持ち主だ。そしてその外見的な配置から窺える筋肉の構造は、私たち人類と全く同じものである。でも全く同じだなんて……確率的に、ありえるのだろうか。だが私は浮かびかけた難問をいったん置いといて、答えが簡単そうな方から聞いてみることにした。
「話に聞く氷の女帝って、確か戦闘様式は術師型……つまり後衛ですよね?」
「もちろんよォ、だってお肌に傷が残るなんてゴメンだし、前線で武器を振り回すのなんて優雅じゃないもの!」
確かに、治療呪文は治る時間は早まるけれど、結局は自己治癒力の強化だから……いくら術師が強力でも、傷は結構残るんだったっけ。いくらすぐ治ると言われても、それは私も嫌かもしれない。
「そういえば、今まで私がいるところまで斬り込んできた人間なんて……ヴィルジールぐらいなものねェ」
「ならばなぜ、そこまで鍛えていらっしゃるのですか?」
「だってェ……筋肉って、美しいじゃない?」
そう言ってオネエ様は頭の後ろで手を組むと、ポーズを作る。
「……確かに、素晴らしい筋肉です。筋肉は裏切りません!」
人間の騎士たちの間でも、筋トレは世代を問わず大人気のコンテンツだ。……いつかサラダチキンでも布教してみようかしら。
私が顎に手を当てながら深くうなずいて見せると、彼女は大きな手を伸ばし、私の頭をものすごい勢いでぐりぐりし始めた。
「やだもう、カワイイこと言ってくれるんだからーッ!」
「だから、髪ぐしゃぐしゃになるって言ったじゃないですか!」
「あら、もう今日は髪下ろしてるんだからいいでしょ?」
「それは、そうですけど!」
私はなんとか彼女の手の下から逃げ出すと、手ぐしで髪を整える。そして姿勢を正すと、改めて今回の旅の礼を言っておく事にした。
「まさかこれほどの成果を得た上で、たった四泊五日の滞在で帰ることができるなんて……驚きです。本当に、ありがとうございました」
「いいえ、アタシも久しぶりにタワンティナに来られて良かったわ。ここは夜空がとっても近いから好きなのよネ!」
笑顔で空を振り仰ぐオネエ様につられて見上げると、そこには満天の星々がきらめいている。私は思わず息をのんでから、しみじみと言った。
「この世界は、本当に星が綺麗に見えますね」
「あら、まるで別のセカイから来たみたいなことを言うじゃない?」
「あはは、私は確かに、この世界の人間です。ただ、そこにあるはずの星が見えない世界があることも……知っているので」
「それも、神託ってヤツ?」
「本当は、私にも原因はよく分からないのです。ただ、知っているんです。でもせっかく知っていることを使わないのは、損でしょう? ただ、それだけの話です」
それを聞いたオネエ様は、急にシリアスな雰囲気を纏うと……低く口を開いた。
「ねえ、アナタは……法術って、どんな仕組みで発動しているか、知ってる?」
「……知りません。恐らくほぼ全ての法術師が知らないし、疑問すら持たないよう、教育されているように思います」
「……あそこに見える星々はね、その一つ一つが太陽みたいなものなのよ。その別の太陽の周りには、ここみたいな小さな惑星が無数に周っているの。アタシたちの祖先はそのうちの一つで暮らしていたんだけど、魔法を使うための資源である『魔素』を、使いつくしてしまったのね。そこでまだ『魔素』が豊富にあるこの惑星を見つけて、移民してきたってわけ」
ああ、そうか。かつて魔族を指す言葉だった『異界の民』のつづりは、『Alienus』。無理やり英語読みしてみると……異邦人たちだ。
「つまり魔族とは、異惑星から転移してきた開拓移民……だったのですね……」
そう、小さく言うと。不意に鮮やかな血赤の瞳に間近で覗き込まれて……私は瞬間、息を飲んだ。
「ヒトと私達が、本当に共存なんてできると思う? 昨日まで戦争で命の取り合いをしておいて、ハイ今日から手を取り合いましょうなんて、そう簡単にできるかしら? アナタたちにとって、アタシたち魔人は『悪魔』なんでしょう?」
「そうですね、簡単ではないでしょう。貴方たちは私達の祖先から土地を奪った、侵略者の子孫たちです。でももう来ちゃったものは仕方ないですし、それなりにやって行くしかないのかな、って」
正義が大好きな某ステイツだって、元はといえば外からやってきた武力に勝る侵略者が先住民を追いやって建てた国だ。それが大陸の単位か、惑星の単位かの違いでしかないのかも。
「それでも、人間が皆、アナタのような考え方ができるとは思えないわ。生き物は全て、自分本位なものだもの」
「別に、無理に分かり合う必要なんてありませんわ。意見が違う人が隣に居てもいいじゃないですか。共存と同化は違いますから。ただ……親が憎しみを教えなければ、子どもたちは違う関係になるかもしれません」
「子どもたち?」
「魔人と、小鬼族や大鬼族など他の魔族たちとは……混血は可能ですか?」
「……そういえば、できないわね。同じセカイから共に渡って来たし、遥か祖先は同じだったと言われているのだけど」
「ヒトの祖先は猿と同じだと言われていますが、ヒトと猿は混血できません。それが貴女たちのような異世界人と混血可能だなんて、不思議に思いませんか?」
「そうね……全く異なるセカイで進化を遂げた二つの種族の間に子どもが生まれるなんて、それこそ奇跡だとしても信じられないような確率だわ」
「その奇跡のような二つの種族がこの広い宇宙で出会ったなんて……ちょっと運命みたいではありませんか!」
思わず両手を広げて、笑顔で言うと。こちらをじっと見ていたオネエ様が、唐突に言った。
「……アナタ、アタシの子を産んでみない?」
「はいいいい!? ちょっとそういう発言はセクハラだと思います!!」
「せくはら? 何よ、それ。アタシわかんなーい」
「というか貴女は、男性がお好きなのでは!?」
「なに勝手に決めつけてるのよ。雌雄なんて取るにも足らないことだって言ったでしょ? どっちもイケるに決まってるじゃない!」
「だからって、急になんでそんな話になるんですか!」
「アナタとの子孫にだったら、アタシも自分の魂を分け与えてもいいと思えるかもしれないって、思ったのよ。ちょっと試してみてもいいかなって」
「他人の人生をちょっとした実験に巻き込まないで下さい!」
「ヤダ、照れちゃっても~、かーわーいーいー」
オネエ様は笑いながら、再び私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「アタシたち魔人はね、なまじ記憶を保持して転生なんてしちゃうから、来世でもまた同じ相手を求めることが多いのよ。いつかまた会えると思うから、死はひと時の別れなの。でも恋した相手が人間だったら、来世は分からないじゃない? だから少しでも二人の思い出が残る子孫たちと、輪廻の輪から外れてでも……ずっと共にいることを、選んじゃうのかも知れないわねェ……」
いつの間にか手を止めていたオネエ様は、たが思い出したかのように、再び雑に私の頭を撫で始めた。
「わわっ! だからやめてくださいってば!」
「アタシたちの愛は、執念深いわよォ。子々孫々の代まで、永遠に憑いてやるんだから!」
私はなんとか彼の手の下から逃げ出すと、すかさず充分な距離をとる。
「あら? ヤダ、警戒されちゃったわねぇ……」
おにい様! オネエ様ぜんぜん大丈夫じゃなかったです!
……もーやだ。成功の証とか活動の後援とかあまつさえ実験台とか、私に来る提案ってなんかそんな残念な案件ばっかり!
私が頭を抱えて落ち込んでいると、オネエ様はニヤリと笑って言った。
「ウフフ、まあ考えてみるのも一興よ? ヒトの貴族と魔族の婚姻が公式に成立すれば、時代が変わるかもしれないでしょう?」
「それは……でも、私は……」
「なによー、他に好きなヒトでもいるのォ?」
「べっ、別にそんなのじゃないですけど」
「いない、じゃなくて、そんなのじゃない……アナタ、今誰か思い浮かべたでしょ! 誰よ、アタシよりイイ男!?」
「だから、そんなのじゃないんですってば!」
「もう、もったいぶらずに教えなさい!」
「ちょ、だから髪の毛わしゃわしゃにしないで! って、あれ……そういやこの甘い香りは」
いつの間にか再び距離を詰めていたオネエ様から、ふわりと漂ってきたのは……どこか遠く覚えのある、優しく甘い香りである。思わず状況を忘れて呟くと、頭上から返事があった。
「甘い香り? ああ、今つけてる香油のこと? お昼に飲んだショコラトルにも入ってた、バイナのものよ」
「バイナって……バニラだあああー!!」
ショコラトルでは他の香辛料と混ざって何か甘いとしか分からなかったけど、単体になるとよく分かる。このどこか懐かしさのある甘い香りは……明らかにバニラのものだ。
「フフ、フフフフフ……これは、勝てる!!」
どんなに美味しいお菓子を食べていても、まだ何かが足りない感じがあった。それは、バニラエッセンスが足りなかったのだ。
「ありがとう中南米っ! ありがとうございますッ!!」
両手で拳を握りしめ、星空へと叫ぶ私を見て。ついさっきまで余裕しゃくしゃくで私をからかっていたオネエ様が、ドン引きしたような顔をして後ずさる。
「なによまた、大丈夫!?」
こうして、南米ツアー最終日の夜は更けていったのだった――。
フロルが「そんなのじゃない」と言いつつ思い浮かべた人物は、お好みでどうぞ。




