109話 魔王陛下と会議in温泉
橋を渡った先で待っていたヘルフリート卿と合流すると、一行はルウィン川沿いに広がる黒の森の中へと進んだ。しばらくして深い森林地帯を抜けると、低山の上に立つ頑強そうな造りの城が見えてくる。
ようやく到着したホーエンバルデン城の中では、すでにこの魔王国の女王陛下にお待ちいただいているということらしい。
一国の国王陛下、それも力ある魔王の一人とも呼ばれる存在に、人間代表状態でいきなり謁見することになるなんて――。私は緊張しつつヴュルテン公の後について謁見の間の入り口をくぐり……そして、絶句した。
ヘルフリート卿を傍らに従え、城主の椅子に足を組みつつ座っているのが、この国の魔女王陛下なのだろう。だが絶句を続ける私を横に、オネエ閣下が気楽な声を上げた。
「はぁいメルちゃん、久しぶり! ご機嫌いかが?」
「わらわにそんなふざけた物言いができるのは、この世に叔父上だけじゃ」
女王陛下はそう言ってため息をつくと、困ったようにその小さな額に手を当てた。
「ちょっとォ! オジ呼びはやめてって言ってるでしょ!? フロルちゃんなんて初対面から『お姉さま(はぁと)』って呼んでくれたんだからねッ! メルちゃんも見習いなさい!」
「客人の前では陛下と呼べ! 不敬罪で処罰するぞ!」
すみません……『お姉さま』ではなく、『オネエさま』です……。
想像していたのと大きく違っているやりとりにリアクションに困りつつ、ようやく硬直のとけた私は、ひとまず西大陸のしきたりに沿った挨拶をしておくことにした。
「お初にお目もじつかまつります。ガリア王国エルゼス侯が第一女、フロランス・ド・ロシニョルでございます。このたびは拝謁の機会を賜り、幸甚の至りに存じます」
「わらわはこの国の王である、メルツェーデスじゃ。フロランスよ、これは公的な面会ではない。そうかしこまらずともよいぞ」
白髪の魔女王はそう言うと、可愛らしい巻毛のツインテールを揺らして、鷹揚にうなずいた。
黒くふりふりのミニスカート姿で玉座におわす少女は、見た目の年頃は人族の十一、二歳くらいといったところだろうか。魔族は記憶を保持したまま性別ランダムで転生を繰り返す種族であるせいなのか、他の理由か、諸々の感覚が人の貴族よりカジュアルな感じらしい。
陛下の右後ろで王紋の旗を構えながら控えているのは、深いスリットから綺麗な足をのぞかせているお姉さんだ。ここまで会った魔人の皆さん達も、国家元首の前で勤務中だというのに、服装はわりとフリーダムである。
そのわりに陛下の横に立つヘルフリート卿の服装はガリア貴族の感覚でも普通に、むしろ貴族然として格好良く見えるものだけど――それがよく似合っているからあえて着ているのかもしれない。もしくは、人族である彼女さんの好みだったとかなのだろうか。
「叔父上、そなたの言う通りじゃったな。この者、わらわの姿を見ても全く動じる様子がない。この服を着ておると、たいていの人間は脚を凝視するか目をそらすかの、二択であるが」
そう言うと、女王は笑いながら細くスラリとした足を組み替えた。
いえあの普通に驚いてはいるんですが、どちらかというとあまりのドテンプレっぷりに驚いて固まっているだけです……。
「こんな子どもが国王で、さぞ驚いたであろう? じゃがわらわはこう見えて、八十四年を生きておる」
「つかぬ事を伺いますが、魔人の皆さまは何歳まで生きられるのですか?」
気安い雰囲気につい許しも請わずに質問してしまったが、それを咎められることはなく、気軽に答えが返された。
「そうねぇ……長生きして三百歳くらいかしら? 幼少期や青年期の長さは魔力の量に大きく依存するんだけど、陛下は魔力がかなり多いから、まだまだちっちゃいの」
「ちっちゃいは、余計じゃ!! そちも魔力量のおかげで未だ青年期じゃが、実年齢は二百を超えておるジジイのくせに!!」
「ちょっとォ、ひっどーい!」
魔公爵閣下はそう抗議の声を上げると、拳を握ってプンスカしてみせる。そのやりとりにすっかり緊張がほぐれた私は、思わず笑いながら言った。
「そんなに、違うのですね。私たち人族の法術師の寿命や老化の速度は、人間そのものです。紫眼や銀眼も特に長命ではなくて、寿命は長く生きて八十歳くらいでしょうか。……不思議ですね」
日本の感覚だと人生百年だが、こちらでの体感だと、老衰まで頑張っても八十年がやっとといったところだろうか。根本的な栄養状態の違いなど環境に要因があるのかもしれないが、いずれちゃんとした統計をとってみたいものだ。
「なるほど……特性を引き継ぐものと引き継がないものとに分類して、違いを研究してみたいわぁ」
興味深そうに言うヴュルテン公に同意するようにうなずいてから、女王陛下が言った。
「まあせっかくバルデンに来たのじゃ、続きは温泉にでもつかりながら話そう」
「温泉、ですか!?」
あちらでは身近な存在だったが、この世界では初めて聞く単語である。思わず目を丸めると、女王陛下は申し訳なさそうな顔をした。
「ああ、そういやヒトは風呂が苦手じゃったか?」
「いいえ、私は大好きです! むしろ、温泉があるということに驚いてしまいまして」
てっきりゲルマニアは地球で言うドイツあたりだと思ってたんだけど、まさか温泉地があるとは思わなかった。
「ああ。バルデンという地名の由来は、我らの古き言葉で『入浴』という意味だからな。まあ、嫌ではないならまずは入ってみるといい」
「はい!」
驚きながらも陛下の御前を退出し、魔人の侍女さんたちの誘導に従って更衣室へ移動すると……ここで湯浴着に着替えるとのことだった。
この国の湯浴着は、少し厚手の生地でゆったりと作られた、チュニックとショートパンツである。温泉地ではこの湯浴着を着た上で、混浴が主流であるらしい。
だがオネエ閣下が温泉には同席しないと言っていたのは、人族である私が外見は男性である閣下に生足を見せるのは恥ずかしく思うかもしれないと、気遣ってくれてのことだろうか。
浴場へ入ると、そこは洋風露天風呂といった風情の造りになっていた。秋の夕暮れ時にこの薄着で露天を歩くのはなかなかの寒さだが、いったんお湯に浸かってしまえば丁度良い爽やかさかもしれない。
洗い場は浴場とは完全に別になっているところが、日本の温泉との違いだろうか。例えるなら箱根あたりにありそうな、温泉プールといった感じかな。次来ることがあれば、おにい様も誘ってみよう。
そんなことを考えながら奥へと進んで行くと、湯けむりの向こうで湯につかる女王陛下の姿が見えた。
「そっちの小さい方は源泉でな。人族が浸かれば茹で上がってしまう温度ゆえ、間違えないように」
私は源泉を避けて陛下のつかる石造りの湯船に近づくと、ことわりを述べてから湯へと身を沈めた。かかり湯が服の上からなのがちょっと落ち着かないけれど、プールだと思えばまあ、こんなものだろうか。
「しかし、驚きました……女王陛下と温泉で会談することになるなんて」
じんわりとした温もりに、思わずほうっと吐息を漏らす。すると陛下はその赤眼を、どこか嬉しそうに細めて言った。
「実はこの浴場にはな、魔法の行使を禁ずる術式を刻んでおるのじゃ。湯浴着に着替えてしまえば武器も持ち込めぬし、非力な者同士、安心して腹を割って話そうぞ」
「魔法を禁止することができるなんて……驚きました。ご配慮賜りありがとう存じます」
「そう固くなるな! どうせ公式の謁見ではないのじゃからな。……で、本題に入ろうか」
私は、今回持参した斑点病の予防薬接種を実演して見せること。そして予防薬を受け入れてもらうことになったら、報酬として南米へキナノキを探しに行きたいことを、改めて女王陛下に告げた。
「それでは実演は、予定の通り明日行います」
「あいわかった。楽しみにしていようぞ」




