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【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
十二章

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108話 会見はKIMONOガウンで

 ヴュルテン公によって破壊されたピエヴェール街壁の修復は、元からある円形の壁の外側に、わずかに星形状に引っ込んだ五角形の壁を増設する形で行われた。


 二重の壁は間にコンクリートを流し込むことで、恐ろしく頑強なものと化している。隙間には迎撃用の通路や小部屋も作られており、ちょっとやそっとで破られることはないだろう。


 今年の社交シーズンを無事終えてエルゼスに戻っていた私は、ルウィン川沿いの砦のひとつで兄とお茶を飲んでいた。北東ガリアに位置するエルゼスは、初秋を迎えて少し肌寒い日々が続いている。


「この辺は地震がないから石垣は見た目重視の四方積みが主流なんだけどさ、今回は素材が足りないぶん廃材使って割石乱積み風にしてみたんだよね!」


 何やらすっかり自由石工組合(フラン・メソン)のウォルターさんと意気投合したらしいおにい様は、この頃とっても楽しそうだ。


「――それで稜堡といえばさ、死角を無くすだけなら、四角でも六角でも、要は多角形でさえあればいいんだよね。でもあえて五角形(ペンタゴン)を採用した理由はね、角が三十六度になるというところにポイントがあって……」


「……」


「……フロル、聞いてる?」


 ――ハッ!


「すみません先生、ぼんやりしてました! ……もう一回話してもらっていいですか!?」


「いいよ、もう。どうせ興味ないんでしょ」


 そう言うと、兄は黙って珈琲を手にして窓の外に目をやった。どうやら拗ねてしまったらしい。


 本当に申し訳ない……でも、最近ちょっと話が長いこと多いのよね。なんか早口だし。無口なタイプかと思ってたんだけど、そういや子どもの頃はこんな感じだった気もするから……本調子を取り戻しただけなのかもしれない。


 さて実は、今日この砦で待っているのは、あの『氷の女帝(アイスカイゼリン)』ヴュルテン公ウルリヒ閣下の来訪である。


 まだ代替法の段階ではあるが、とうとう斑点病(ヴァリオラ)予防薬(ワクチン)が完成した。私たちはそれを材料に、国境にてヴュルテン公と最初の会談の機会を得たのである。それが、つい先月のことだ。


 ところが魔族のフットワークは、人族の常識からすると異常なほどに軽かった。予防薬の有効性に価値を見出したヴュルテン公は、すぐに魔王国女王陛下との会談をセッティングしてくれたのである。


 それも会談場所に指定されたのは、魔王国の王都ではなくバルデン辺境伯領だった。しかも女王陛下がわざわざこちらまで来てくれるという、破格の待遇だ。


 ただし一つだけあちらから出された謁見の条件は、軍勢どころか護衛騎士も連れず、私一人で行くことだった。唯一連れて行くことが許されるのは、身の回りの世話をする侍女ただ一名だけということである。


 その代わりとしてヴュルテン公が単独で私を迎えに来て、オーヴェール城で一夜のもてなしを受けるということらしい。


「でもフロルとヴュルテン公じゃ護衛なしの意味が全く違うからね、一つ条件を加えておいたよ」


 その兄の言葉が示していた通り、ルウィン川に巨大な氷の橋が架かり始めた。窓からその様子を見ていた私たちは、急いで砦の階段を駆け下りる。


 陽光を反射してキラキラ輝く氷の橋を単騎で渡るヴュルテン公は、着流し風の白い小袖(こそで)の上に、ド派手な柄の法衣(ローブ)を羽織り……波打つ銀糸の長髪を、風になびかせながら現れた。なるほど、あらかじめごっそり魔力を消費しておいてもらっておけば、私とあまり条件が違わない……かなぁ?


 ゆったりとした前合わせから覗く胸筋が相変わらずマッチョなオネエ様の姿を見て、私は思わず自分のヒョロい二の腕をつかんだ。いくら魔力を空っぽにしてもらっても、物理攻撃力が大違いな気がする。


 やがて橋を渡り終えたヴュルテン公と型どおりの挨拶を終わらせると、私はさっそく()()の着ているローブの柄に目を移した。


 ……やはり。そのエキゾチックなデザインは、艷やかな絹地に御所車と手鞠、そして菊花が鮮やかに描かれている――いわゆるKIMONOガウンである。


「え……着物!?」


「あら、フロルちゃんってばお目が高いわねぇ。美しい柄でしょう? これは極東からの交易品なんだけど、とっても稀少な品なのよォ!」


 上機嫌で答えるヴュルテン公に、私は思わず一歩詰め寄った。


「何という国なのですか!? 人族の交易図で心当たりがないのですが、魔族の国なのでしょうか!?」


「ヤポニア皇国という国だけど……あそこは変わってるのよねェ。あの島に降り立った一族の女王が、その地の人族の大王(オオキミ)とやらとさくっと恋に落ちちゃったのよ」


「恋に!?」


「ええ。確かヒトの王の名はスイニンで、同胞の名はカグラ……いや、カグヤだったかしら? そんなワケで戦乱が起こる前に、とっとと融和しちゃってねェ。なんか今は鎖国とか言って、ちっちゃな島国に閉じこもってるわ」


 カグヤって……まさか、かぐや姫のこと!?


 私のようにあちらの記憶を参照できる人間がいるのなら、向こうにもこっちの情報を観測できる人間がいても……おかしい話ではないのかもしれない。


「そんな国が、あったなんて……!」


「あそこは他国の戦乱を嫌って長らく引きこもってるでしょ。だからね、面白いくらい独自の文化が発達してるのよォ」


 日本はこっちでもガラパゴス化してるんだ。でも、どんな国になっているんだろう……もっと知りたい!


「よかったら、もっとお話しを聞かせてくださいませんか!? 異なる文化の話を聞くのが、わたくし、とっても好きなのです!」


 この世界はミヤコのいた世界に比べて、とにかく情報が伝わりにくい。だから遠い地方や外国の話を聞くのが、私は大好きなのだ。


「あらあら、可愛いこと言うわねェ。じゃあ道中ちょっと話してあげましょうか。アタシも異国の文化に触れるのが、とっても好きなのよ。もっと気軽に行き来できたらいいのにと、いつも思うわ」


「それは楽しそう……ですが、あまり行き来が簡単だと文化の均質化が進んでしまいますから、ほどほどの方がより違いを楽しめるかもしれませんよ?」


 ミヤコの住む世界では、皆が同じような服を着て、皆が同じようなものを食べていた。とある部族は観光客のために伝統的な民族衣装を着ているけれど、休みの日に着るのはTシャツだ。


「均質化、ね……アナタ、まるで多くを見てきたようなことを言うのねェ。やっぱり面白いワ。でも、たまには文化が交流しちゃってもいいんじゃない? いつか一緒に行ってみましょうか、ヤポニアへ」


「ぜひ、ぜひ行ってみたいです!」


「あら~、イイお返事! アタシ行動力ある方だから、ホントに計画しちゃうわよ?」


「ヤポニアへ……それはぜひ私も、同行させてもらえませんか!?」


 これまで黙って話を聞いていた兄が、堪え切れなくなった様子で口を開いた。そちらに目を向けたヴュルテン公は、笑顔でうなずき返す。


「ええアルベール卿もね、いいわよ!」


 そんな、つい数ヶ月前まで戦争をしていたとは思えない和やかさの中で……私たちはオーヴェール城へと移動を始めた。



 *****



「あの、ヴュルテン公閣下は……」


 馬を歩かせながら私が口を開くと、閣下から不満げな声があがる。


「やだー、そんな堅苦しい呼び方やめてちょうだい。前みたいにお姉さま(はぁと)って呼んでくれてもいいのよ?」


「わ、分かりました。では……オネエ様」


「うん、よろしい!」


 オネエ様はそう言うと、ニッコリと満足そうにうなずいた。


 ……ちょっとニュアンスが違っていそうだけど、喜んでくれるのならいいか。


 そんな会話を続けながらしばらく街道を進んでゆくと、やがて星形要塞と化した領都ピエヴェールが見えてくる。


「あら~、ピエヴェールったら、すっかりトゲトゲしくなっちゃって! また新しい戦術考えなくっちゃ、ねぇ?」


 隣で馬を歩かせているヴュルテン公から横目で視線を送られて、兄は苦笑いを返した。


「それは……実用されないことを、願うばかりです」


「ああ~ら、冗談よ、冗談!」


 そうしてピエヴェールの横を通り抜け、続く山道を上がり……オーヴェール城に到着するなり、オネエ様は言った。


「ちょっとお化粧を直したいから、部屋を借りられるかしら?」


「もちろんです」


 ヴュルテン公が化粧直しに行っている間、兄と私、そしておじい様は、広間で()()が現れるのを待った。


 やがて現れた魔人の公爵閣下は、まっすぐにおじい様に近づくと、その目の前に立ち止まった。改めて見る魔公爵閣下は長身である祖父よりさらに大きくて、なんか二メートルくらいありそうだ。


 魔人は皆背が高いけれど、その中でも特に大きい方だろう。それでいて派手な装いが似合っているから、ものすごい存在感だ。そんな公爵は急に両手を胸の前に持ってくると、パッと笑顔を浮かべて言った。


「あら~ヴィルジール公子! やだ違うわ、もう閣下だったわね。相変わらずイイ男じゃな~い! 大事に飾ってあげるから、その首おみやげにもらって帰っても良いかしら?」


「……御免被(ごめんこうむ)る」


 急に瓦解した緊張感に、おじい様は心底げんなりとした顔で言った。


「貴殿は……変わらぬな。諸々と」


「やだ、嬉しいこと言ってくれるじゃない! そりゃあお肌には毎日気をつかってるもの~」


「派手な格好で来たと油断させておいて、直前でちゃんとした服装に着替える『尾張のうつけ』戦法かと思ったんだけど……本当に化粧直しただけだったね」


「ですね……」


 きちんとした格好をして緊張しながら待っていた私たちは、疲れたため息をついたのだった。



 *****



 ――翌朝、国境の川に再び氷の橋が架けられた。

 ここから先に行ける人間はリゼットと私の二人だけで、魔王国からの迎えの馬車に乗り換えてゆく。持っていく大量の荷物の通関チェックを待っていると、国境まで見送りに来ていた兄が、まだ心配そうな顔をしたまま言った。


「まあ橋の向こうからはヘルフリート卿も同行してくれるらしいし、それとヴュルテン公閣下という面子なら……大丈夫かな。オネエの人だし……」


 ミアのおじいちゃんであるヘルフリート卿はともかく……兄のオネエの人に対する、この謎の信頼感はなんなんだろう。おかげで魔王国単独訪問なんて無謀にゴーサインが出たのは有り難いんだけど……。

 まあ私もこんなにごっつい魔公爵閣下に対して、びっくりするほど緊張感が持てないのは、おにい様と同じ理由な気がしないでもない。

 ――もしやオネエは世界を救うんだろうか。


「リゼット、フロルがまた無茶なことしないように見張っててね。ちゃんと毎日定時に、石板(タブレット)で連絡してよ?」


 石板(タブレット)とは、戦時に遠隔でお互いの座標を共有するために使っていたアレのことである。「点の有無が送れるのならデジタルで文字が送れるのでは?」と気が付いて、遠隔での連絡手段として使っているのだ。

 とはいえ着信のお知らせはできないから時間を決めてお互い同時に起動する必要があるけれど、リアルタイムな連絡手段が有ると無いとでは、大違いである。


「では、いってらっしゃい。……気を付けて」


「はい、行ってまいります!」


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