105話 不公平な才能(1)
「リゼット、もっと遠慮なく引っ張っちゃって!」
「よ、よろしいのですか?」
「だいじょーぶ!」
背中の編み上げをキリキリと極限まで締め上げてもらってから、私はリボンの端を結ぶようリゼットに頼んだ。しっかりと寄せて上げた胸元にいい感じの谷間が発生しているのを確認し、満足して口角を上げる。
貴族の慣例である成人記念の肖像画を頼んだとき、提出された下絵がやたらボン・キュッ・ボンに誇張されていて大笑いしたのだが……どうやらそのメリハリボディが、昨今の流行らしい。
だがこの国の下着といえば膝丈のロングキャミっぽいシュミーズだけで、補正力なんて皆無なのである。必然として、体型に自信がない人は布面積で誤魔化すデザインに頼るしかない状況だった。
じゃあコルセット作ればウケるんじゃない? と考えたのだが、よく考えたら医療用ではないコルセットなんて、絵でしか見たことがない。
技術担当のリゼットとさんざん検討したあげくに完成したのは、最終的に革と布地を組み合わせて作ったビスチェっぽいものだった。現代日本でもよく見かけるタイプの補正下着で、コルセットほどの補正力は無さそうだが……何も着けていないときとの差は歴然だろう。
次にリゼットは底のない提灯を縦半分にカットしたような折り畳みもできるバッスルを、他の侍女と二人がかりで私の腰に取り付けた。当初は全方位提灯型のクリノリンに挑戦しようとしたのだが、どう頑張っても馬車に座れなくて後半分で落ち着いたのである。
だが背面だけを強調するスタイルは、結果として従来型の多重パニエとシルエットの差別化に成功していた。最後にバッスルを引き立てるデザインに仕立てられたドレスを、上から被って整える。
「お嬢様、大変お似合いでございます!」
珍しくテンションの上がった様子で、リゼットが声をあげた。
「完璧だわ……。リゼットのおかげね。ありがとう!」
「恐れ入ります」
「普通の多重パニエより身軽だし、形も本当に素敵ねぇ。ふふふ、なんだか若返ったみたいだわ!」
隣で同じセットの着付をしていた大伯母さまが、ご機嫌そうに笑って言った。
細身である彼女はこのところボリューム不足に悩んでいたそうで、シルエットにメリハリがつくこのスタイルは気に入っていただけたようである。
「ありがとう、フロランス。こんなに気分が上がるのは久しぶりよ」
大伯母さまはそう言うと、頬に手をあて、まるで少女の様な笑みを浮かべた。
これは……イケる!
来期の社交界は、きっとこのスタイルの女子で溢れかえるだろう。新しい流行の幕開けだ!
私は勝利を確信しつつ、本日の夜会の会場である、王宮へと向かった。
*****
――つ、つかれた……。
遠巻きにヒソヒソされるのもつらいけど、寄って集ってチヤホヤされすぎるのも、意外に気力やら体力やらが消耗するものだったらしい。
今日の夜会は、私たち兄妹が今シーズンで初めて参加する、王宮開催の正式な夜会である。特に今夜は別室で防衛戦争によりエルゼス領が受けた被害の最終報告が行われていて、エルゼス侯爵は注目の的……であるところに、先日の溺水事件が重なった。
正直言って、かなり注目を集めるだろうなぁとは予想していた。だから今夜、あえて新スタイルの宣伝をぶつけてみたのだが……まさかこれほどの人だかりができてしまうとは。
だが迂闊に疲れた顔を見せたら、なんか感じ悪いと思われてしまうかもしれない。……そう心配してずっと表情筋に頑張ってもらっていたが、もう限界である。
私は内心へろへろになりながら、ようやく人々の間を抜け出すと。舞踏室を出て、人気の少ない飲食の置かれた方の部屋へと向かった。後を引き受け逃してくれた大伯母さまは、まだお喋りを続けてくれているようなのだが……リア充は社交筋の鍛え方が違うとかなのだろうか。
なんとか辿り着いた立食形式のテーブルから、ひと口で血糖値を爆上げできそうな砂糖菓子を摘み上げ、口に含む。
ああ、生き返る……!
そういやこのお菓子コーナー、なんか見覚えのあるものがチラホラあるけれど……ヴァランタン商会はケータリング事業でも始めたのだろうか。
まあそれはともかく、次はどれにしようかな……と再びテーブルに手を伸ばしたところで、聞き覚えのある、だがあまり歓迎したくない声がした。
「これは……エルゼス侯爵令嬢ではないか。本日は兄上と一緒ではないのか?」
ええーと、確かこの人は……。
「これはべロム侯爵令息イヴォン様、ごきげんよろしゅう。兄はただ今、別室にて陛下に戦果のご報告を行っておりますわ」
この人は何でわざわざ今、私に声を掛けてきたのだろう。私は内心警戒しつつ、慎重に口を開いた。
「戦果とはまた……えらく勇ましいことだ」
するとべロム侯爵令息は、自嘲気味に笑って自らの髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。そうして皮肉気に口元を歪め、話を続けた。
「銀眼という天賦の才を持つ上に、若くして爵位を継承し、そして今、国境の防衛で武名をとどろかせるとは……紅蓮の若獅子どのは、なんという幸運の持ち主なのだろうな。僕のように運の悪い者がいくら足掻いても敵わない。全く、羨ましい強運だ!」
クックッとそのまま腹を抱えるように笑い始めた彼は、すでにかなり酔いが回っているのだろう。紅潮した顔、定まらない視線、そしておぼつかない足取りは、全てがその事実を指し示している。――そう、ただの酔っ払いだ。まともに相手をするのもバカらしい。そのくらい、よく理解している。でも……
「強運ですか? 兄が?」
冷めた視線を送りつつ、私は静かに問いかけた。
「そうだ! この僕にも銀眼さえあれば! 若くして爵位を継承していれば! その銀眼の力を存分にふるえる戦場さえあれば! ならば、同じ年齢で同じ侯爵家嫡男で同じ火術師の僕にだって、アイツと同じことができたはずなんだ! なのに全てが、アイツにばかり。運が良すぎてズルいじゃないか!!」
「運が良すぎる? 早くに父を亡くして爵位を継いだことが? 領地に魔族が攻め入ってきたことが? 運が良いと、貴方は仰るのですか?」
「その通りだろう!? それだけ手柄を立てるためのお膳立てがなされていれば、僕にだってそのくらいできたはずだ! なのに皆、アイツばっかり褒めたたえて……まるでアイツがすごいみたいに見えるのは、ただ単に生まれつき、銀眼だったからだ。銀眼ならばこれくらい出来て当然なのに!!」
そう言ってイヴォンは、馬鹿にしたように声を上げて笑い続けた。その姿は、必死で抑え込んでいた私の怒りを爆発させるには――充分なものだった。
「ズルい、ですって? ご両親が健在で、紛争にも不作にも無縁な、南部の平和で豊かな領地を持つ家に生まれた貴方の方が、よほど強運で、よほどズルいではありませんか!」
「な……なんだと!?」
「兄は、運が良かったわけではありません! ずっと命がけで頑張って、必死に努力して領地を守ってきたのです! それを『銀眼ならばこれくらい出来て当然』ですって!? そりゃあ、努力もせずに与えられた現状に甘んじているだけの貴方なんかとは、うちの兄はそもそもの出来が違いますから。当然ですわ!」
まさかこんな反撃が来るとは、思わなかったのだろうか。イヴォンは赤い顔をさらに真っ赤に染め上げると、わめくように口を開いた。
「僕が……努力していないだと!? 家を背負う者に架せられたこの重圧がっ! 一族の期待がっ! 何も背負う物のない女なんかに、一体何が分かるというんだっ!!」
激昂と共に、イヴォンの纏う火精がチリチリと騒ぎ始めた。バカが、私が同じ火精の見える火術師だと知っていて、威嚇しているつもりだろうか。宮殿内での攻撃呪文の行使は、いかなる理由があれども厳罰の対象だ。流石にそろそろ周囲がこちらを気にし始めたし、いくらイヴォンが高位貴族の嫡子でも現行犯では確実に罰をくらうだろう。どうせ、そんな度胸もないくせに。
私は握り締めていた扇子をぱらりと開くと……口許を優雅に隠しつつ、含むような笑みを見せつけた。
「ここは陛下もおわす場所、殿中にございます。べロム侯爵令息は、まさかお忘れなのかしら?」
思わず、嘲る声音でそう口にした――その時。
「ハッハッハ、なんと痛快なことか! いいぞ、もっとやれ!」
そこにさらに別の知り合いの声がして、ハッと私は我に返った。




