102話 ランチタイムにバーガーを(1)
「で、王孫殿下から求婚されていらっしゃった件は、結局どうなりましたの!?」
後日、少し遅めのランチタイム。両手で食べかけのハンバーガーをつかんだまま、オレリア嬢が珍しく前のめりで言った。
ここは最近出店した喫茶室の二号店である。場所は一号店と同じ百貨店の中だが、この店は少しだけ商品ラインナップを変えていた。お茶菓子メインの一号店と違う点は、ランチプレートがメニューの中心という点である。
この店一番人気のメニューは、まさかのハンバーガープレートだ。この国の手食文化と意外にも相性抜群だったのは、嬉しい誤算だろうか。試作時に唯一挙がった『大口を開けているところを向かいの人に見られるのが恥ずかしい』という意見は、バーガー袋代わりの蜜蝋ラップを大きめフリル付きにすることで解決した。
食中毒予防に肉はよく焼く文化と、単純に品種や飼育方法が未発達なせいで、この国の牛肉は最高級のものでもかなり硬い。だがそれをしっかりと叩いてミンチにし、脂の部位と程よく混ぜてオーブンで肉厚に焼き上げる。
あふれる肉汁がバンズに染み込みとてもジューシーに仕上がっているそれは、登場してすぐに人気ナンバーワンメニューとなっていた。昼会服とはいえ余所行きのドレスを着たご令嬢たちが次々とハンバーガーにかぶりついている様は、なかなかの壮観である。
私は急いで口の中のポテトを飲み込むと、オレリア嬢にうなずいてみせた。
「ああ、おかげさまであの件は内々のうち無事白紙に戻りましたわ。王弟殿下にとりなして頂きまして」
「王弟殿下って、ベルガエ大公殿下のことでしょう? 園遊会ではあのようにお声を上げていらっしゃるのを拝見して、本当に驚きましたわ」
ハンバーガーを握りしめたまま言うオレリア嬢の横で共に丸テーブルを囲みながら、オディール嬢がうなずいた。
「わたくしも驚いたわ。ごくまれに社交界でお見かけしても、寡黙なお方という印象だったもの」
こちらも手にしているのは、新商品である『元祖麦わらストロー』付きのソフトドリンクである。口紅を着けていても上品に果汁を飲みやすいと、評判の一品だ。
「そうだったのですね。基本的に穏やかな方ですけれど、各地方の文化の違いなどをお話し下さるときなどは、結構饒舌でもいらっしゃるのですよ」
「まあっ! あの大公殿下と、フロランス様はそれほど親しくしていらっしゃるの?」
「あの、は、余計ですわ。オディール様」
私が少しばかりむっとして答えると、オディール嬢は慌てて言った。
「あら、ごめんなさい! 他意はなかったの。斑点病に罹った子どもは呪いを振りまく醜小鬼と化すという伝承だけれど、なってないわよねぇと思っていたものだから」
オディール嬢にならうように、すかさずオレリア嬢も肯首する。
「わたしくもこの頃そう思っておりました。恐れながら大公殿下は小鬼とは程遠い背格好でいらっしゃいますし……。やはり伝承など、あてにはならないということでしょうか」
「そ……そうなのです! 斑点病の呪いなんて、本当は存在しないのですわ!」
やはり、みな疫病の原因を呪いとする話の矛盾点に、薄々気付いているのかも知れない。この様子なら正しい知識を広めることも、固定観念のない若年層から始めていけば、想定より容易なことなのかも……!
思わず明るい表情を浮かべる私を見て、オディール嬢が訝しげな表情を浮かべた。
「えらくご熱心ですのね……フロランス様、もしや大公殿下と何か……」
「えっ、そんなんじゃないです! 王族に対し、不敬ではありませんか!」
「別に不敬ではないと思うけれど……まあ、ちょっと年齢が離れすぎているものね。やはりうちの弟などがオススメよ!」
「あら、歳の差モノは恋愛小説の基本でしてよ」
「オレリア様……貴女、どちらの味方なのかしら?」
「わたくしは、恋する乙女の味方ですわ! ねえ、フロランス様?」
「だから、そういうのではないと申しているではありませんか! そういうお二方こそ、そろそろ縁談が持ち上がる頃合いではなくて!?」
話題そらしと純粋な興味を込めて話題を振ると、オディール嬢があっさりとうなずいた。
「ああ、わたくし、許嫁がおりますのよ」
「え、そうでしたの!?」
「ええ、幼馴染なのですけどね。婚約してもう長いから、そろそろお嫁に行きたいというのに……あの弟がしっかりしないから、待ってもらっているの」
「どんな方なのですか!?」
再び前のめりで言ったのは、オレリア嬢である。恋バナっぽい話題になると、彼女はいつもよりなんだか積極的だ。
「あら、すごく平凡な男よ。まあ……そこが無難でいいのだけれど」
そういうオディール嬢は無表情を装っているようで、ほんのり頬が染まっている。私は思わずオレリア嬢と顔を見合わせてから、二人揃ってテーブルに乗り出すようにして、言った。
「「結婚式には絶対に呼んで下さいね!」」
「ええ、もちろんよ! で、早く式を挙げるためにも、フロランス様にうちの弟を引き取って頂きたいのだけれど」
「いえあの、その件につきましては、うちも兄が先に片付かないことには……あ、そうだわ、オレリア様の方はどうですか!?」
「わ、わたくしですか!? 特にまだ決まったお話は、ありませんけれど……」
「ではどういう方が理想だとか、そういうのはありませんの?」
「わたくしは……その……家のためではなく、わたくし自身を想って下さる方がいればいいなって、ずっと、その……」
そう言うとオレリア嬢は真っ赤になって、包みのフリルで顔を隠すかのようにハンバーガーに顔をうずめた。彼女をいつも意思強そうに見せている眉尻が、眼鏡の向こうで困ったように下がっている。
……うん、可愛いすぎる。バーガー袋にフリルつけといて正解だった!
いつのまにか昼下がりへと突入した喫茶室は、女子の楽しそうなおしゃべり声で大いに賑わっていた。周囲の目を気にしないで良い雰囲気作りが効いているようで、二号店は座席数を倍に増やしたにも関わらず、ずっと満席状態である。
最近では買い物の合間の休憩だけではなく、喫茶室目当てでの来店も急増しているらしい。辺りを見回して私が思わずニヤけていると、入店したばかりらしい人物と目が合った。
その人物は給仕の案内を断ると、こちらへと真っ直ぐに近付いてくる。そしてテーブルの脇に仁王立ちすると、口を開いた。
「楽しそうね。わたくしも混ぜて下さらない?」
「あらブランディーヌ様ではありませんか、ごきげんよう」
私はとりあえず、にこやかに挨拶を述べた。だがそれに返事もしないまま、ブランディーヌ嬢は不機嫌そうに眉根を寄せる。
「貴女たち……なんだか仲が良いようね」
「ええ、先日は当家の領地にも遊びに来て頂きましたのよ」
ニッコリと良い笑顔で答えるオディール嬢を見て、ブランディーヌ嬢はわずかに顔を歪めた。
「領地に……わたくし、聞いていないわ……」
「そりゃあ、言っておりませんから。そんなブランディーヌ様は、いつもの取りま……あら失礼、今日はお友達といらしてないの?」
ちょっとばかり意地の悪い雰囲気をチラつかせながら、オディール嬢が言う。
「……いつも一緒にいるわけじゃないわ。家臣だから仕方なく付いてきているだけらしいもの……」
いつもは強気なブランディーヌ嬢だが、そう小声で言うとじんわりと涙を浮かべた。
――何かあったんだろうか?
私達は顔を見合わせると、小さくうなずき合う。
「よろしかったら……まだひとつ席が空いてましてよ?」
私の言葉に一転してパッと嬉しそうな顔をすると、ブランディーヌ嬢は言った。
「し、仕方ないわね。お呼ばれして差し上げるわ!」




