100話 もうひとりの再従兄
第二次エルゼス防衛戦争と名付けられたあの紛争から、四ヶ月ほどが経ち――春を迎えて徐々に通常運転に戻りつつあるエルゼスを後にして、私と兄は王都にいた。その目的は、このたびの詳細を国王陛下に正式報告するため……だったはずなのだが。
「おにいさまー……どどどどうしましょう」
王都到着のご挨拶程度に参加した園遊会がきっかけで、こんな事態になってしまうなんて……一体誰が想像できただろうか。
「そんなに嫌? シャルル殿下と結婚すれば、いずれは泣く子も黙る王妃様だよ?」
居間でソファにもたれてお茶を飲みながら、向かいに座る兄がのんきな声を出した。今回の王都での滞在先は、ようやく再整備が終わったエルゼス侯爵邸である。
「嫌に決まっているじゃないですか。王妃とか絶対にめんどくさいですし!」
「こらこら、さすがに不敬でしょ。まだまだ先の話なんだから、そう焦らなくても」
私が頭を抱えたまま力説すると、兄は呆れたようにため息をついた。まったく、他人事だと思って気楽なんだから!
「先の話なんかではありません! 第一王子殿下の婚約者なんかになってしまったら、勉強勉強でもうめったにエルゼスには戻れなくなってしまうではありませんか!」
「え、そうなの!?」
「はい。国王妃は外交が重要ですから、諸外国の歴史や作法に関する教育をしっかりと受ける必要があるようですわ」
「そういや、そうか……」
兄は急にまとう雰囲気を変えると、そう短く言ってソファに座り直した。ようやく事態の深刻さに気付いてくれたようである。
「ただ、ぼくはこの件で陛下に反対できる立場じゃないからなぁ……」
眉間にしわを寄せてしばし考えてから、おにい様はようやく口を開いた。
「……おじい様経由ならどうかな? 陛下はおじい様にとっては従弟にあたるし、何より戦友だからね。けっこう個人的な話もできるみたいだよ」
「実はもう言ってみましたけど、陛下大好きおじい様はアテになりませんわ……。『想う相手でもいるのか?』と問われて『いいえ』と答えたら、『なら良いではないか!』で終了です。自分は望み合っての結婚だったとか、さんざん自慢してたくせに!」
「ああ、確かに言いそうだ……」
苦笑する兄に私が恨めしげな視線を送ると、兄は慌てたように言った。
「じゃあさ、ジャン=ポール卿を訪ねてみるといいよ。ちょうど今、王都にいるはずだから」
*****
王都にあるロートリンジュ公爵邸の一室で。私が挨拶と共に淑女の礼をとると、ジャン=ポール公子はにっこり笑ってうなずいた。
「久しぶりだね、フロランス。元気そうで何よりだ。さて、今日訪ねてきたのは、シャルル殿下との婚約が内定しそうな件のことかな?」
「はい、おっしゃる通りでございます」
「いや、めでたいじゃないか! 先日の君の行動には正直言って度肝を抜かれたが、こんな結果となろうとは、いや、夢にも思わなかったぞ。この先君が王妃ともなれば、ガリア北東二領はいよいよ栄えることだろう。必要な支度や関係各所への口添えなど、必要ならばなんでもこの再従兄を頼ってくれよ」
そう言いながら私に着席をすすめると、彼は人好きのしそうな笑みを浮かべた。
ジャン=ポール公子は、ロートリンジュ公爵家の嫡男、つまりジャン=ルイの兄だ。銀眼持ちで見た目に分かりやすい才覚を見せる弟と違って、容姿も才能も凡庸な人物……つまり『ごく普通の人』と評されることの多い人物である。
だがその実、彼は三大公爵家の次期当主として申し分のない……いや、むしろ最適な人物だった。彼の持つ分かりにくい才能――それは能力のある家臣を見出して、適所で使うのが得意というものだったのだ。
だったら弟の手綱もちゃんと握っといて下さいよとは思うけど、どうやら彼は弟に負い目があって、あまり強くは言えないらしい。
かつて彼とその父は、肺を患う母からまだ幼い弟を引き離し、遠い王都の寄宿舎へと押し込んだ。肺病は人から人へと伝染する呪いだからである。だがその結果、弟は母の死に目に会うことが叶わなかった。いや、死に顔すら見ることができなかった。
夏場で傷んだ遺体を見せるのは酷だと考えた彼が、埋葬は弟の帰還を待たずともよいのでは、と、父に進言したためである。だがそれは逆効果となり、弟はその後、実家へ寄り付かなくなってしまったのだ。
『だからルイはいつも長期休みをエルゼスで過ごしていたのだけれど、ポールはそれに負い目を感じているようなのよ』
と、大伯母さまから聞いたのは、つい先日のことである。そしてそれが原因で、ジャン=ルイは自分がいかに兄より跡継ぎとして優れているかを証明しようと、躍起になっていたというのだ。でも領主代行の実績を見ていると、領地のためには順番通りで大正解だったと思うんだけど……。
まあそんなことより、今は公爵邸を訪ねた本当の目的が優先だ。
「実は、逆なのです。本日伺いましたのは、どうにか辞退申し上げる方法がないか、と思いまして」
「辞退……だと? 未来の王妃と目されるからと、それほど気負う必要はないぞ。殿下はまだ御年十一でいらっしゃるゆえ正式な婚約は二年後となるし、婚姻ともなればさらに先のことだろう。年を気にしているのなら、七つ上の王妃が立った前例もある。事前の教育も受ける時間もまだ充分にあるのだから、気負わず学んでゆけば良いんだよ」
「それでも、これからずっと王都へ滞在することとなるでしょう? 私はまだ、エルゼスから離れたくはないのです」
私がそう言って肩を落とすと、ポール卿は困ったような顔をした。
「しかしな、フロランス。ロシニョル家には降嫁に適した家臣もなく、いずれは他家に嫁いでゆかねばならないのだぞ?」
「それは……分かっています。それでも今はまだエルゼスに、兄のそばにいたいのです」
「そうか……君の気持ちは分かった。だが、すまないのだが、私が……ロートリンジュ公爵家が力になることはできない。ここに父公が居ても同様だ。いかに当家であろうと、陛下の決定に口を出す権限はない。臣下の身ながら反対するに足る、明確な材料がないんだよ」
「そうですか……。では大変恐縮なお願いですが、反対して頂けそうな方をご紹介願えませんでしょうか。ロートリンジュ公爵の縁者が王妃となれば不都合な人物など、お心当たりはありませんか?」
「不都合を感じる者なら、それこそ掃いて捨てるほどいるだろうがね。大した理由もなく陛下の決定に反対できるような人物なんて……ああ、そうだ。先日の様子からして、もしや君はベルガエ大公殿下と親しい間柄なのか?」
「はい!? 別に、そんな、親しいというようなものでは!」
思わず過剰に反応してしまった私をみて、ポール卿は慌てたように手を振った。
「いや、すまん。妙齢の男女に使うべき表現ではなかったな。ご令嬢の名誉を傷つけるような意味ではけっしてないぞ。ただ園遊会では殿下にしては珍しい御姿を拝見して驚いたものでな。今回の防衛戦争で高く評価して頂く機会があったのかと思ったのだが」
「はい、少しばかり……」
「やはりそうか! もし個人的に拝謁を願えるようならば、殿下を頼ってみてはいかがだろう。ここだけの話だが……陛下は年の離れた弟を大そう可愛く思っておられるのだが、全然甘えてくれないのがご不満なようなのだ。殿下を通してのお願いであれば、陛下のお気持ちを変えられるかもしれないよ」
「なるほど……」
「兄というのも、なかなかツラいものなんだ。君も、たまにはアルベールに甘えてやるのも孝行だぞ」
「甘えるのが孝行になるのですか?」
私が目を丸めて問い返すと、ポール卿は笑顔でうなずく。
「その通り」
「なるほど……ポール兄様は、もっと弟に甘えて欲しいのですね」
私がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、公子は苦笑した。
「まあ、否定はすまい。君たち兄妹であれば心配ないとは思うが、何かあったらこじれる前にちゃんと自分の気持ちは伝えておくようにな」
「はい!」
親戚とはいえ滅多に会わないのに、つい気安く接してしまうのは……弟とは正反対な、ジャン=ポール卿のキャラクターゆえだろうか。私は礼を言って帰宅すると、さっそく王弟殿下に使いを送ることにした。
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あとジャン=ルイの性格がひん曲がった経緯が気になる方は、番外編の「次男の憂鬱」を読んでみてください。




