第三部プロローグ-ナイチンゲールの受難
「フロランス嬢、余はシャルル五世とそなたの婚約を検討しておる」
「は」
思いもよらないお言葉に、私はひざまずいて玉座の陛下を見上げたままフリーズした。
「むろん、孫はまだ成人しておらぬ。正式な婚約は、齢十三となり成人を迎えてからとなるだろう」
「殿下の婚約者候補にご検討いただきまして、幸甚の至りに存じます。ただ僭越ながら、わたくしめはシャルル五世王孫殿下より年かさでございます」
「構わぬ。そなたは確か十六であったか。五つ程度の差であれば、前例などいくらでもあろう」
「仰せの通りにございます」
ああそうだった。アラサーの記憶が混ざってから忘れがちだけど、私まだ十六歳でした!
私は内心冷や汗をダラダラと流しながら、なんとかお断りの言い訳を探した。だがこれまでお断りした求婚者たちとは違い、国王陛下直々の打診である。下手に断ろうものなら、最悪一族郎党の首が飛ぶ。物理で。
私が頭を下げたまま黙っていると、玉座の隣に立っていた王孫殿下の足音が近づいてきた。
「面を上げよ」
「はい」
少年特有の高い声に応えると、まだ体つきも華奢な紅顔の美少年が立っている。
うわー、可愛い! でも、年下は守備範囲外なのですよ。
「その……わたしは覚えていないのだが、そなたの口づけでわたしは死のふちより目を覚ましたそうではないか。乙女の口づけを奪った以上、わたしは責任を取らなくてはならぬ」
いえ、取って頂かなくて大丈夫です。
というかいつの間に、「人工呼吸で蘇生した」が「乙女の口付けで目覚めた」に変化してしまったのだろう。むしろ私としては子供の人命救助なんてノーカウントということにしたいので、早めに忘れていただけるとありがたいのですが。
「光栄ながら殿下、私は治療を行わせて頂いただけでございます。このような治療法を今後一般に普及させて参りたく存じ、本日は御前にまかり越しました。処置を行うたびに責任を問うていたのでは、治療法として立ちゆかないでしょう。殿下のようにお救いできる命を、みすみす見逃してしまうことにもなりかねません」
「それは……だがそなたにはまだ婚約者もいないのは、確かであろう。何も問題はないではないか」
いえ、問題大アリです。私の話、ちゃんと聞いて頂いてました?
ただとっさに溺水した小児に救急処置を行っただけなのに、こんなに大ごとになってしまうなんて。一瞬で傷を治す呪文なんてものは存在してるのに、止まった心臓を動かす技術は驚きの存在だったようだ。
この状況、一体どうすれば……。
私が一心に言葉を探していると、再び陛下が口を開いた。
「フロランス嬢、余はそなたの他の評判も加味しておる。先だっての防衛戦では慈悲の心を以て分け隔てなく民の救済にあたり、広く民心を集め、戦場の天使と呼ばれていたらしいではないか。なんと素晴らしい、王国貴婦人の鑑といえよう」
「……過分のお褒めを賜り、汗顔の至りに存じます」
なんとか言葉を絞り出し、私は顔を伏せた。……ここでその件が効いてきてしまうとは。
「謙遜するでない。ベルガエ騎士団の者達も、そなたの再従兄も、実際に戦場を共にした者たちが口々に褒め称えておったぞ。余もその光景をこの目で見たかったものだ」
再従兄って……まさかあのジャン=ルイも私を褒めてたってこと!? どういう風の吹き回し……って、ああ、身内の功は自分の功ってことね……。
私が内心でセルフ問答している間にも、陛下の御言葉は続いた。
「なんでも吟遊詩人の演目となり、王都の民からの評判も上々ではないか。このままであれば、いずれシャルルは国王となるだろう。だが少々身体が弱いのが心配でな。そなたのようなしっかりとしたご令嬢こそが相応しいと、余は考える」
「おそれながら、第一王子妃殿下は外国より迎えるのが慣例では……」
私はようやく思い出した問題点を、藁にもすがる思いで口にした。だが。
「そなたの父は王家の血筋であるが、母は外国人であろう? 血脈の遠さという観点でも申し分のないことだ。余はそなたを正妃として適正があると判ずる。そろそろ良い候補者探しを、と考えておったところであるが、まさしく神の思し召しであろう」
そう言うと、陛下は満足そうに笑ってうなずいた。
「ご期待賜り、恐悦至極に存じます……」
「はっはっは、そう、かしこまらずともよい。ヴィルジールの孫ともなれば、余の孫も同然。では、異論は無いな? 話を進めるとしよう」
『異論は無いな?』と問われたところで、国王陛下に『異論あります!』なんて、気軽に言える訳がありませんよ……天然ですか。
私は内心ため息をつきながら、なんとかこの状況を切り抜ける方法を考え始めたのだった。
本日より第三部開始いたします。
お待ちいただいていた皆様、本当にありがとうございました。
1月末まで毎日、2月からは月水金の週三回更新の予定です。
第三部は、以前置いていたあらすじ最終話に相当する話となっております。(打ち切っておいてやはり続きが書きたくなったとか、お恥ずかしい限りですみません…)
なお王孫殿下溺水事件を未読の方は、お手数ですが一番初めのプロローグを合わせてご覧下さい。
第三部も、どうぞよろしくお願いいたします。




