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【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
十章

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第97話 銀と紫、そして赤

 バルデン辺境伯ヘルフリート卿の号令で、全ての魔族がエルゼスから引き上げたあと──。


 戦後処理もようやく一段落を見せた頃。私と兄はセレスタン殿下を城に迎えて、午後のテーブルを囲んでいた。


「──だから、ごめんなさいって何度も言っているではありませんか!」


 あの時、ヴュルテン公とやり取りするまでの流れをすっかり報告したところ。長々と続く兄のお説教にうんざりとして、私は抗議の声を上げた。


「いや、今日という今日は言わせてもらうよ。ここのところの君はどんどんおじい様に似てきてるけど、女の子なんだからほどほどにね」


「でも……私は、おにい様の留守を守ろうと、必死で、がんばって……」


 ──過剰に心配するのは、信用してくれていない証拠だ。心の奥から悲しみがあふれて、頬をぽろりと涙が伝う。


「ごっ……ごごごめん!! ぼくが言いすぎた!」


 途端に慌てたように私の機嫌を取り始める兄に向かって、私は声を張った。


「ちがいます! 本当はこんな……こんなふうに泣いて我を通したりしたいんじゃないんです! 私はおにい様に認めてほしくって、それで!」


 私は袖でゴシゴシと乱暴に涙を拭うと、深く息を吸ってから、言い放った。


「認めてもらえるまで、もっと頑張りますから!!」


「いやその、ぼくとしてはあまり一人で頑張らないで欲しいって、さっきから言ってるんだけど……なんで伝わらないんだ」


 そう言って溜め息をつく兄を見て、ここまで黙って私たちのやりとりを見ていたセレスタン殿下が言った。


「そなたらは本当に仲が良いのだな」


「「そうでしょうか?」」


 異口同音で返す私達に、今日は仮面を着けていない殿下は、穏やかにうなずいた。


「私にも兄がいるが、私が生まれたとき兄上はすでに子を持つ父の立場だったからな……。可愛がってはもらったが、そなたらのように対等な関係ではなかった。羨ましいよ」


「「そうでしょうか!?」」


再び台詞がハモって顔を見合わせる私達を見て、殿下は笑った。


「そういう、本音を言い合える関係を、対等と言うのだよ。とはいえ……今となって思えば、私も家族にはずいぶんと恵まれていたのだな。周囲が私をどんな目で見ようとも、手離すまいとしてくれた。私は確かに亡父に、そして家族に愛されていたのだと……今になって思うのだ」


 そこで殿下は一旦言葉を切ると、冷めたお茶を口に含む。それでも私達が黙ったまま待っていると、彼は静かに話を続けた。


「結局私は家族の重荷となりたくないを言い訳に、居心地の悪い王都から逃げ出してしまったのだが……この地に来て、その大切さに気付かされたよ。私も久しぶりに、家族の顔が見たくなった。次の任地に向かう前に、宮に顔を出してみようか」


 不遇の中でもこの人が歪まずにいられたのは、家族の理解があったからだったのか。王家なんて特殊な環境に違いないと偏見を持っていたけれど、案外普通の家族なのかも知れない。


「ええ。皆さま殿下の帰りを待っておられますわ!」


 私がそう言って笑うと、殿下は僅かに目を細め……そして、小さくうなずいた。


「……では次は、あの日こちら側であったことを話すとしよう」



 *****



 川沿いに北上しながら転戦を続けるバルデン辺境伯ヘルフリートは、何故か行く先々で少数の供回りを連れて先住民の村へ立ち寄っているようだ──その情報が、ベルガエ騎士団にもたらされたとき。初めに大公の頭を(よぎ)ったのは、先住民の内応、つまり裏切りの可能性だった。


 だがそれを逆手に取った彼は、ヘルフリートの進路を予測。次に魔人たちが訪れるだろう村に、厳選した少数の精鋭達と共に潜伏することにしたのである。


 目論見通り現れたヘルフリートと、一合、また一合と激しく白刃を削り合いながら……だが彼は、次第に違和感を覚えていた。


 ──なぜ、魔術を使わないのか。


 剣撃を補助する程度の小さな攻撃呪文なら、お互いに使い合っている。だが村への被害を気にする自分と同様に、この魔人の男は強大であるはずの魔力を見せつけては来ないのだ。


 とうとう倒れたバルデン辺境伯である男の首筋に切っ先を突きつけると、彼は問うた。


『なぜ、魔術を使わない』


 だがその問いに答えることなく、赤い瞳を怒りに(たぎ)らせた男は言った。


『娘を返せ!!』


『娘……?』


 ……どういうことだ? と、聞く前に。ヴュルテン公急襲の知らせを受けた彼は、捕縛した魔人たちを連れて本隊との合流を急いだ。



 *****



 ベルガエ騎士団本隊との合流後。さらに領都へと向かうエルゼス侯爵率いる部隊と合流した彼は、ヴュルテン公の持つ二つ名を危惧していた。それは魔王国随一の水術師であることを示す、氷の女帝(アイスカイゼリン)という尊称だ。いくら人数的な優位がこちらにあろうとも、かの女帝が相手ならば手札は多い方が良い。


 そんな考えから侯爵と共にヘルフリートの尋問を始めた彼だったが、だがその口から語られたのは、驚くべき事実だった。


『娘は、私が人族の恋人に産ませた子だ。彼女は産後の肥立ちが悪くてな……父の反対で城に迎えることができないでいる間に、亡くなった。ならばせめて娘だけでも私の手元にと周囲を説得しているうちに……あの三十八年前の戦争が起こったのだ』


『まさか……人間と魔人は混血が可能だとでもいうのか!?』


『その通りだ。もっとも、身籠る確率は極めて低いものだがな。もともと我らの種族は、長命の代わりに子がとてもできにくいのだ。お前たち人族の法術師も、只人(ただびと)と比べて一生に成せる子の数が少ないのではないか?』


『何故、そこで法術師が出てくるのだ。まさか……』


『そうだ。お前たち人族の法術師とは……我々と人間との間にできた、混血児たちの子孫なのだよ』


『まさか!! 法力は神から授かった、神聖な力なのだ! 魔力のような禍々しい力とは、全く違うもののはずだ!!』


『フィリウス教の奴等め、よくも長年上手く隠しおおせてきたものよ。恐らくは、認めたくないという心理も働いているのだろうが……だが少し考えれば分かることだろう? 法術が魔術の劣化複製品でしかないということは』


『まさか……』


 そこで押し黙ってしまった彼に代わり、これまで静観していた侯爵が口を開いた。


『その娘の名前と特徴は?』


『娘の名はユリア、齢は三十八、特徴は……美しい紫の瞳をしているはずだ』


『紫の瞳……ミア!?』


『何か知っているのか!?』


『いや、ミアはまだ六つだけど……もしや亡くなった母親というのが……』


『亡くなった……だと!? 何故だ! まさか、お前たちが迫害をっ……!!』


『落ち着いてくれ。ミアの母親の死因は、確か瘴気病(マル・アリア)だったはずだ』


『そんな……まさか……。ならばせめて、どうか……どうか、そのミアという娘に会わせてくれ! 会わせてくれたならば、ウルリヒ様……ヴュルテン公閣下に、兵を引くよう説得すると約束する!』


『会ったこともない孫らしき娘一人のために……どうしてそこまでできると言えるんだ?』


 訝しげに問うまだ年若き侯爵に、皮肉げとも泣きそうとも取れる笑みを浮かべると……魔人の男は小さく呟いた。


『自らの子すら不要となれば捨てることを(いと)わぬ者も多い人族になど……我らの気持ちは解らんよ』


 その様子を見て──しばし黙っていた大公は、再び口を開いた。


『まだ信じ難い部分も多いが……そなたの言い分は理解しよう。アルベール卿、そのミアという子供の居場所は分かるか?』


『はい』


『では、バルデン辺境伯と共に迎えに行ってくれ』


『僭越ながら、そんな悠長なことをしている時間はありません! こうしている今でも、ピエヴェールは攻撃に晒されて……!』


『アルベール卿。魔族の中でも最高位の術師とされるヴュルテン公は、強敵だ。普通にぶつかっても勝てる保証はない。ならば焦る気持ちも解るが、打てる手は全て打っておく方がよいだろう』


『しかし!』


『今すぐ駆け付けたいのは……私とて同じだ!』


 血を吐くような一喝に、侯爵は苦い顔ながら肯首した。


『……は。畏まり、ました』


 こうして侯爵は、ヘルフリートと共に最小限の騎兵のみを連れ、急ぎアヴォン村へと向かった。そうして祖父に気付いたミアを連れると、残りの部隊を率いて移動を続けていた大公と、領都への到着寸前に合流したのだった。



 *****



「では紫の瞳とは……やはり、魔人と人間との混血の証ということなのですね」


 二人の話を聞き終えた私は、そう言って目を伏せた。


「うん。以前、紫眼の子供は自らは法術を使うことはできないという話をしたよね。ヘルフリート卿の話によると……人間の子に血を分けた魔人が死んで魂に返ると、その魂は彼らの輪廻から外れ……カケラとなってヒトの子孫たちに宿るそうだ。子孫たちはそのカケラが宿り初めて、法術を使えるようになる。銀眼とはそのうち、ひときわ大きく意思持つカケラが発現した存在なのだ、と」


「つまり私達が精霊さまと呼ぶ存在は、魔人のご先祖さまの魂のカケラだったということなのですね……」


 私は意識を集中させると、辺りに漂う無数の光の粒を見た。魔人であったご先祖様たちが、死後に守護霊となって……今もなお、私を護り続けてくれていたのだ。


 ──なぜ火術師なんかに生まれてしまったのかと、何度も文句を言ってしまってごめんなさい。貴方たちはずっと、私を護ってくれていたのに。


 私はまるで蛍火のような光の粒にそっと手を添えると、心の中でありがとうと呟いた。


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