南方攻勢8
結果から言えば、王国軍は遂にオーガ重装歩兵団の接近を食い止める事も出来ず、混乱をまとめる事も出来なかった。
実を言えば、王国軍もそれなりにオーガ重装歩兵への対策を考えてはあった。
南部連合に加わる気持ちになれず、逃げて来た兵や貴族からその存在は既に伝わっており、知っていれば対策を考えるのは当然の話だ。
長槍を立てる事で、迎撃する事を当初は考えたが、騎馬以上の重量が突っ込んでくる事を考えるとそれも厳しい。
しかし、咄嗟に戦場で可能な方法などそれぐらいしかない。
その為、特製の頑強な大型槍を三人で構えるという対策を考えたのだが……重量のあるそれは整然とした陣形を組んでこそ役立つ。そもそも、三人で息を合わせて運用する必要があるそれを混乱する状況で用いるなど不可能だった。
まあ、騎馬兵も待ち構えている所に突進してきたりはしないから、これは最初から構想に無理があったというべきだろう。
さて、そうまでして対策を考えなければならないような相手。
そんなものが混乱する状況でバフ盛りまくりで殴りこんできたら、どうなるか?
そりゃもう悲惨な事になるに決まっていた。
「ぎゃあああああああ!」
「た、たすけ」
「いやだ、死にたくない!!どけ!!」
踏み潰される者がいた。
全身鎧をまとった巨人に転倒した所を背中から踏み潰された結果、口から内臓を噴き出すようにして死んだ。
殴り殺された者がいた。
巨大なメイスによって側面から殴り飛ばされた。
正直に言えば、彼にとっては上から叩き潰された方がまだ楽に死ねただろう。なまじ横からだったせいで、即死に至らず、しかし、全身の骨は砕け、内臓も損傷し、もがけば激痛、しかし痛みで我慢出来ず更に動き、また激痛に苛まれるという生き地獄を経て、正にもがき苦しんで死んだ。
仲間を押し飛ばして逃げようとした者がいた。
しかし、彼の動きが周囲の兵の逃走を招き、結果、逃げる先頭にいた男が今度は押される状況になった。
転倒した彼の上を次々と他の兵士が踏みつけて、駆け抜けていった。
悲鳴が聞こえたような気がしたが、兵士が去った後にはすり潰されて、真っ赤な血の染みが残るのみだった。
そんな悲惨な死が幾つも起きていた。
しかし、それは戦場の一幕に過ぎない。過ぎないのだが……。
「やっべえなあ……」
「やばいネ」
「「あんなの見て、軽い吐き気もしねえ(しなイ)」」
無惨な死に様。
惨い死に方。
戦場ではそんなものが至る所に転がっている。
前回の戦場でもそうだったが、今回の戦で彼らは自分達の異常を確信させられる事になった。一度目は何かの間違い、興奮していて気づかなかったと言い訳も出来るだろうが、二度三度と悲惨な光景を見て、平然としていられるとなると必然と考えるしかない。
それでも、多少は悲惨な光景を見れば、心に来るかと思ったのだが……ティグレ自身もカノンも怖いぐらいに何も感じない。
「まあ……指揮官が青い顔して吐いてる訳にゃいかねえから有難いっちゃ有難いんだが」
「どこまで浸食が進んでるかだよネ」
カノン自身はこれが三度目だったが、何度目でも自覚した瞬間に自分という存在に違和感を感じざるをえない。
まあ、こんな事を考えていられるのも戦場が優勢だからだが。
「今回は勝てるだろう」
「そうだネ」
王国軍の左翼は元仲間達と膠着状態。
予備兵力をつぎ込んだ右翼は南方解放戦線のゲリラ戦術に混乱した所で、中央が壊滅しつつある事に気づいて反転しようとして、更なる混乱を生んでいる。
そして、予備兵力の厚みを失った中央は壊乱しつつある。
おそらく、そう遠くない内に立て直す事を諦め、敵軍は街中へと撤退を図るだろう。籠城に向いているとは言えない街だが、一旦軍勢を落ち着かせるには敵との間に壁があるというのは、敵の姿が見えないという事もあって心理的に大きな役割を果たす。
その上で、敵に時間を与えれば、冷静になるほど不安が蔓延する事になるだろう。だが。
「次に同じ事が効果あると思うか?」
「無理ダ。連中もそこまで馬鹿じゃなイ」
南方解放戦線がああいう戦い方をするという事はもうばれた。
オーガ達の突撃と、その突撃に対する支援も見られた。
次回以降は今回の戦を参考にして、彼らが落とし穴を掘って、オーガを落とすという事だって考えられるだろう。
そうでなくても簡単な戦時城塞として柵と堀を作られれば、それだけでオーガの突撃は勢いを削がれる事になる。頭を掻いて、ティグレはふと思いついたように言った。
「どっかにオーガの大部族でも転がってないかな?」
「現実逃避はやめたまエ」
異動で職場が変わった事もあって、疲れが溜まります……




