南方攻勢5
今回は敵将視点です
戦場において弱い部分を攻めるのは当然だ。
王国軍は当然、南部連合軍の右翼と中央への攻勢を緩めてでも旧南方解放戦線の兵へと攻撃を集中しようとする。もっとも、それは現状上手くいっているとは言えなかった。ただし、それは南部連合軍の右翼中央の妨害のせいではなく、純粋にブルグンド王国側の事情からだった。
「ええい、理解は出来るがもう少し抑える事は出来んのか!」
王国軍大将ジェラール公爵はいら立った声を上げた。
彼が苛立つ理由は単純、南部連合軍右翼に対しての勢いがどうにも過剰だからだ。
「仕方ありますまい。奴らは裏切り者です」
「そんな事は分かっている!」
宥めるような口調の家臣にそれでも抑えた声で返すと、自軍の左翼を睨みつけた。
現状、南部連合軍右翼と王国軍左翼の衝突は激化しつつある。
ジェラール公爵自身は裏切ったという南方諸侯に対して、内心では同情もあるし、理解もしている。公爵ら【南部】諸侯に対し、【南方】諸侯はいずれも新興。南部諸侯が元々王国所属の領地であり、長年統治してきたのに対して南方は切り取ったばかりの地で、潜在的な反抗どころか生き残った勢力による抵抗もまだまだ続いていた。
そんな折に起きた、エルフとの戦いにおける敗戦、そして更に一個騎士団の壊滅。
正直に言えば、ジェラール公爵は王国が性急に過ぎたのが王国の現状を招いたと判断している。
(……南方は制圧したばかりで未だ落ち着いているとは言えなかった。それなのに何故エルフ達とも騒動を起こしたのだ)
なまじ優勢だったから、なのだろう。
制圧したばかりの土地はどうしたって荒れる。
単純な反抗勢力だけではなく、一般住民の反感だってある。それらを抑えるにはそれなりの時間がかかる。
南方へもっと力を注ぎ、南方を完全に王国の一地方として、これまでの南部を中央と呼べるだけの力を確保する。それにはおそらく一世代相当の時間が必要だっただろう。だが。
(なまじ南方が一区切りついたからといって他の地域の連中が焦りおって!)
南方での戦乱は区切りがついた。
これ以上は精々が起きても小競り合い、つまりは諸侯への出世は望めない。
だからこそ、それに参加出来なかった者達が焦った。
そうして、現在の状況がある。だが、と内心でそうした思いを振り払って戦場を睨みつけた。
既に北方ではアルシュ皇国との戦端が開かれている。当然、北方諸侯や中央の目はそちらに向けられる事になり、西方はエルフ達と睨み合いだ。となれば、余裕は東方諸侯にしかない。しかし、長年平和だった東方はやっと動員が始まったばかり。どれだけ時間がかかるか分かったものではない。実際、あちらは北方と南方、更に西方と王国の三方向で同時に戦争(小競り合いとは言えない!)が起きた事に大混乱。酷い所では長年手入れしてなかった武具の手入れから始めたとか、武具が錆ついて使い物にならないので慌てて武具を購入しているとかそんな話まで伝わってくる程だ。
まあ、さすがにある程度以上の諸侯は盗賊退治などもあるのでそこまで酷くはないようだが……それでも常に臨戦態勢な北方、戦争が終わったばかりだった南方、戦争を開始したばかりの西方や、それらに対して援軍を派遣したりもする上、王都を守る中央に比べれば見るに堪えない混乱ぶりなのは間違いない。
つまり、ここで食い止めねば王国は南部がほぼ陥落し、中央が危機に晒される事になる。アルシュ皇国に北方だけで対応せざるをえなくなるのだ。
「それだけはやらせる訳にはいかんのだ……」
「は?」
「なんでもない。左翼は諦めよう、このまま対応させる。……予備兵力を動かす」
そのジェラール公爵の言葉に周囲がさっと顔色を変えた。
「早くありませんか?」
「このまま左翼に改めて命令を下し、納得させて戦力を引き抜くのにどれだけかかると思う?」
そのジェラール公爵の言葉に全員が苦い顔になった。
間違いなく、現状ではとんでもない時間がかかる事が予想されたからだ。
乱戦の真っただ中の左翼の総指揮官を捕まえて、その配下の指揮官らに指示を伝達し、一部(一部で済むかは怪しいが!)の渋る指揮官らを説得して、乱戦にある両軍を引き剥がして睨み合い乃至小競り合い程度に移行させて、そこから戦力の一部を引き抜いて右翼に回す。
どう考えても一日仕事となるのは覚悟しなければなるまい。
つまり、今日一日は丸々それで潰れて、右翼に増援を送るという事は不可能になる。
「明日も連中が、連中の左翼をそのままにしておくと思うか?」
「分かりません。分かりませんが……しないと考えるべきでしょうな」
南部連合軍が今、ああして分かれているのはそれぞれの軍勢が元は独立した勢力だったからだろう。
だが、苦戦して危うい目に遭えば、増援ぐらいは受け入れる可能性は高い。
「分かっているだろうが、今日の内にやらねばならんのだ。今すぐに!」
「直ちに予備兵力を動かします」
戦場は早々に動き出そうとしていた。
敵だって馬鹿じゃないから勝ちたいよね




