北方炎上11
「お待ちしていました、陛下」
「ああ、今日は期待しているぞ。……それと我が妹よ、今は私的な形で頼む」
「……承知しました、兄上」
アルシュ皇国皇王がラウザ女公である私の下へと訪れた際の会話は互いの苦笑で締められた。
小さい頃はこんな事も気にせず済んだのだが、互いに大きくなると面倒な形式上の事も増える。
「しかし、巨大なものだな」
感心したように準備が整いつつある巨砲に皇王、兄上は視線を向けた。
轟音がするという事で結構な距離を保っているが、それでも仰角を上げたその巨筒が目に入る。
「我が国の新兵器である魔導投射砲、その最大規模のものですから」
「そうか、見事なものだ」
確かに見た目は見事なものだった。
これだけ大きいと台座など砲身以外の部分も相応のものとなり、全体としては極めて巨大な代物と化している。ここまで巨大だと設置にも時間がかかる上、運用の為の人員にも極めて多数の人手が必要となる。おまけに一度設置したら別の場所への移動にはとんでもない時間がかかる上、一発撃つにも時間がかかる。
更に目立つ為に砲が狙われる危険も高まり、巨大故に運搬にもとんでもない人手と手間と時間がかかる。事実、本軍が前衛軍に比べて大きく遅れた理由の一つがこの巨砲の運搬だった。
もっとも、私はあれを使おうとは思わない。
(なぜ、私達があれを置いてきたのか理解していないな)
表向きは前衛軍が本軍より遅れる訳にはいかないから。
あれだけの巨砲を運搬するとなると移動には時間もかかるし、その分皇王陛下率いる本軍を待たせる事になるから。
だから、私達はもっと運搬の楽な小型の魔導投射砲のみを持ってきた、そういう事になっている。
(ふん、それだけならば無理をしてでも持ってきたに決まっているだろうに)
現在設置中の巨砲は自分達が持ってきた魔導投射砲のざっと十倍の口径を誇る正に皇国の技術の粋を凝らした巨砲だ。
と、同時に試作品でもある。
純粋にどこまでのサイズのものを作れるか、実験も兼ねて製造されたのがあの砲なのだ。
だが、より小型の砲でも損傷が相次いでいるのが現状……。私の脳裏には技術局長の言葉と、密かに聞き出した担当技術者の責任者の言葉の双方が脳裏に浮かぶ。
技術局の長はこう言った。
『一発、それが限界です』
一方、巨砲製造を担当した責任者からはこう聞いた。
『発射は出来るでしょうが、それが限界です』
どちらを信じるかだと?決まっている。局長というものは現場には顔を出さず、また技術者でもない。彼らはあくまで官僚であり、下からの報告を元に上へと必要な情報を伝える立場にある。……ただし、多額の予算をかけて製造した代物が危険物だと正直に説明出来るかどうか、だがな。
或いは当人には嘘をついている気はないかもしれん。『敵に向けて砲弾を放つ事は出来るのだな?』と圧力込めて確認した際に技術者側が『一発だけであれば確実に』と答えたとしたら。
当然だな、技術者の側にしても多額の予算を分配して、自分達が総力を挙げて完成させたものが『単なるガラクタです』とは言えまい。
そう、つまりあれは……一発は撃てるが、撃った後の事は保証出来ない代物なのだ。
技術者の意地という奴だろう、一発だけは撃てるし、それがちゃんとおおまかでも狙った方向に飛ぶ所までは彼らは何とかした。しかし、撃った後に何が起きるかまで保証出来るには至らなかった。
本音を言えば、あと一基ぐらい製造して、試射してみたい所だろう。だが、一基製造するだけで莫大な予算を食い潰したあれは到底そんな事を許してはくれなかった。誰が言えるというのかな、「あの多額の予算使って作った奴、一つ壊れる覚悟で使わせて下さい」などと。
言えないよな。
だが、実戦に身を置いている者からすれば、そんな試射の一回もした事がない代物使えたものではないんだよ。
逆に言えば、あんなもの飾りにしかならん、という事だ。もし、私が使うのならば通常の魔導投射砲を用いた上で、これ見よがしに敵が多少無理をすれば届くかも、という距離で組み立てを行う。
もし、敵軍が無理をして出てくるならあれを囮にした上で、敵を撃破する。
その過程であれが破壊されようともこちらは気にしない。敵はあれを撃破しないといけないのに、こちらは本当は守る必要がないとなれば取れる戦術の幅は大きく広がる。
「さあ、兄上、こちらへ。発射まではまだ少々時間があります。軽い食事を用意していますからどうぞ」
「ああ、そうだな。最近の話も聞かせてくれ」
上手くいったなら精々褒めてやろう。
……生き残っていたならな。
試射の一発もしたことのない巨砲
しかも、もっと小型のものでさえ故障が頻発
さて、そんなもん安心して使えるかな?




