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北方炎上10

 案の定というべきか、揉めに揉めた捕虜返還はしかし、ある日突然アルシュ皇国軍は全兵士を無償で返還してきた。

 首を傾げたブルグンド王国軍だったが、翌日皇国軍の陣容を見て、薄々事情を察した。

 皇帝率いる本軍が到着したのだった。




 ――――――――――




 捕虜返還の交渉を行っていては本軍も動けない。交渉の最中に攻撃を仕掛けるのは皇国においては卑劣にも程があるとされているからだ。

 早く攻撃にかかりたい本軍配属の将達からすれば、たいした金額になる訳でもない捕虜達は邪魔であり、さっさと返して戦を再開したいというのが本音だった。それらはこちらの戦況報告への連絡の際にお願いという形で伝えられており、苦笑したラウザ女公は到着前日に無償で返してしまったのだった。

 実際、そうした事を知っていた皇帝は苦笑するのみであったし、本軍の将達もその件に関しては何も言わなかった。


 「やれやれ、兄上は少し甘すぎる」


 その本軍到着の夕刻、皇帝の下での軍議を終えたラウザ女公は苦笑と共に溜息をついた。

 皇王には伯父叔父、或いは甥にあたる人物がおり、こうした人物はいずれも公爵位を与えられて、臣籍となっている。

 こうした人物の中には「自分達も戦場で功績を上げたい」と願う者が一定数存在していた。彼らは皇帝直轄である本軍に配備されていたが、こうした者達がある兵器の運用を是非自分達に、と一斉に皇帝に懇願したのだった。

 皇帝にしてみれば、楽して功績を上げられるような、そんな思惑が透けて見えていたが同時に「従軍した以上何かしら功績を上げる機会」を与えてやらねばならない事や、妹であるラウザ女公はあくまで例外で彼らにろくな実戦経験がない事も、そんな彼らを下手に要塞に突っ込ませた所で兵を無駄死にさせるだけになりかねないという事も理解していた。

 つまりここで功績を上げさせれば、彼らを難しい局面で下げていてもとりあえず満足して、おとなしくしているという事でもある。

 とはいえ、勝利に拘るなら従軍だけさせて、後方に下げておいても良かった訳だが、そこは皇王の甘さと言えよう。


 「まあ、いい。で、どうだった?」

 「予想通りかと」


 部下の報告にふむ、とやや渋い表情になった。


 「……やむをえんな。前衛軍は一旦後退、兄上には当日は後方の我が幕舎に招待するとしよう」

 「来ていただけるでしょうか?」


 少し部下達が不安そうにしていたが、ラウザ女公は平然と告げる。


 「何、音が煩い故、後方でゆっくりとご覧あれとでも言っておけばよかろうよ」

 

 事実だしな、と付け加えるように呟いた。

 これに加えて、『本格的な交戦を開始すれば共に食事の機会もありませぬ』とでも付け加えておけば、まず断られる事はないだろうと考えていた。

 

 「では明日の軍議で正式に前衛軍は本軍の予備部隊として控える旨をお伝えする。良いな?」

 「「「「「はっ!」」」」」


 実の所、前衛軍と本軍とでは前衛軍の方に現役の実戦経験豊富な将が多く集まっていた。

 本軍には熟練の、実績豊富な、と言えば聞こえはいいが裏を返せば通常は皇都の軍の本部で椅子を磨いているようなお偉いさんやが多かった。これに今回が初の大規模従軍という貴族達が加わって、本軍の司令部は形成されていた。

 無論、上層部の軍人達からすれば長年実績を積んだ自分達は若造なんぞに負けんと思っていたし、貴族達は貴族達で盗賊の討伐などは自領で行っていたから自分達がきちんと実戦を経験していると思っていた。

 だからこそ、彼女ら前衛軍の将達からすればケレベル要塞攻略戦は確かに派手だし、功績を上げる機会ではあるが、同時にリスクも高いと判断していた。

 

 「どうせ奴らの事だ、落とせる事は落とせるだろうが予定通りに行けば力押しになって肝心の王国本土に攻め込んだ時にはまともに動ける状況ではなかろうよ。我らは戦力を温存しておけ」

 「承知しております」

 「……そもそも最初の段階でどれだけの被害が出るのやらしれんがな」


 一人がおずおずと発言した。


 「良いのですか?危険を伝えなくても……」

 「良い。我々が何故あれを本国に置いてきたのかも含めて現場から聞いておろう」


 奴らが耳を傾けたかは怪しくとも、。


 「それに効果はあるだろうよ。効果は、な」


 副作用がどれだけ巨大なものとなるかは知らないが。  

次回、本軍による攻略作戦開始

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