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北方炎上9

 「申し訳ありません、作戦は失敗しました」

 「「「「「…………」」」」」


 一人『捕虜交換について』という名目で解放されたハーガ伯爵は翌朝、ひどく暗い顔で要塞首脳部の前で頭を下げていた。

 ただし、本来責めるべき立場にある首脳部もどこか気まずそうに押し黙っていた。暗黙の内に了承し、手伝いもした、というのは他ならぬ自分達がよく理解していたからだ。そして、その事を要塞の兵士達が知っている事も理解していた。何せ、全体から見れば一部とはいえ百人以上の兵士が集まっていた上、上に問い合わせても「詰問不要」との回答が返ってくるばかり。

 その上、翌朝には敵陣から味方の貴族が捕虜として戻ってきたとなれば、噂にならない方がおかしい。

 すなわち、この時点で首脳陣にはハーガ伯爵に公的な処罰を行うという選択肢自体がなくなっていた。無論、表向きの処罰は必要だ。表向きはハーガ伯爵は勝手に作戦行動を起こし、捕虜になったという事になるからだ。だが、実態を兵士は知っている、ここでハーガ伯爵を処罰して、捕虜になった兵士達を「命令無視」として処罰した所で訪れるのは「首脳部は兵士どころか貴族さえ使い捨てにした」という真実そのものの噂だ。士気は激減する事になるだろう。

 そうして、裏切りと共に城や要塞が陥落する大きな要因の一つが城内の士気の崩壊である事を彼らはよく知っていた。

 これは一般の社会でも同じだ。

 例えば、信望の高い、「この上司の下でなら存分に戦える!」という部署ならばそうそう崩れたりはしない。雰囲気も良ければ、苦しい場面でも一丸となって協力して乗り切ろうという心境にだってなる。

 だが、「なんでこんな奴の下で戦わないといけないんだ」みたいな上司だったらどうだろうか?

 当然、苦しい時に一丸となって戦うという気概は生まれないだろう。むしろ、怒鳴りつけてもまともに動かない危険すら生まれる。そこから崩れるという事だって起きるのだ。ましてや、その上司が要塞指揮官らであり、要塞の兵士全体がそんな空気になれば……どんなに頑強な要塞を作っても、肝心の兵士に「ここを守ろう!」という気概が生まれない。

 

 「……とりあえず、表向き君は独断行動により謹慎という扱いになる」

 「分かりました。温情感謝致します」

 「兵士達に関しても皇国軍と交渉を行う。申し訳ないが、君は当面部屋でおとなしくしていてほしい」

 「はっ、兵士達の事何卒よろしくお願い致します」


 ここでハーガ伯爵は退室した。

 

 「……さて、どうする」

 「「「「…………」」」」


 全員が深い溜息をついた。

 精鋭でもある兵士達を取り戻す、これは絶対条件だ。

 問題は捕虜交換を行おうにも、こちら側が捕虜とした相手がいないという現実だ。アルシュ皇国軍が砲撃戦に徹した為に、互いの戦力が直接刃を交えるという戦闘は行われなかった。当然、ブルグンド王国軍側が捕虜とした相手はいない。


 「相手側の要求は?」

 「……金銭ですな。というより、それ以外にないとも言えます」


 何せ、大真面目な話、それ以外に要求するものがない。

 要塞の明け渡しなんぞ話になる訳がなく、交換する捕虜はいない。

 無論、小競り合いは両国では少なからず発生しているのだが、余りに両国間の小競り合いが長年続いたせいで、小競り合い後の捕虜交換を一括して行うような体制が確立してしまっている。ぶっちゃけた話をしてしまえば、捕虜なんか長々と抱えていた所で意味なんぞまったくない。

 なにせ、虐待すれば味方の捕虜まで虐待される危険性が出てきて、兵士の戦闘の気持ちを削ぐ危険性がある。

 となると一定の待遇を行わざるをえず、かといって捕虜である以上、税などは収める事はない。無論、農業などを行わせる事は可能だろうが、それらもあくまで強制は出来ない。敵国の為に働くのは嫌だと言われてしまえば当然と言わざるをえないからだ。

 自然とすぐ捕虜を交換する、という体制が整っていった。なので交換対象がいない。

 

 「ま、仕方あるまい。素直に金銭で補うのが一番であろうよ」

 「ですな……しかし、問題は」


 彼らの思惑だった。

 前衛軍の行動は何を目的としたものなのか。いまいち彼らは絞り切れずにいた。


 実の所、前衛軍の目的は、そう難しい話ではない。

 まず、皇帝直轄の本軍が控えているだけに小さな砦ならばともかく、ケレベル要塞などという巨大な要塞を前衛軍だけで勝手に落とすような事は出来ない。それをやってしまえば、後方の軍勢の将軍達からの恨み節を買う危険性すらある。司令官が現皇帝に可愛がられているとはいえ、だからこそ、そうした面倒な気配りも重要だ。

 となると、前衛軍に出来る事はそう多くはない。

 ケレベル要塞に対しての新兵器の実験。

 次にそれを見せつける事によって敵の防衛体制の混乱を招く事。

 当り前だが、ケレベル要塞側は今後、魔導投射砲を前提として作戦を立てねばならない。

 後はブルグンド王国側の動員体制の確認など細々したものだ。

 本気で前衛軍だけで陥落させるつもりはないのだから、読みにも限界がある。というか、本来なら彼らもその事に気づいてもおかしくなかったのだが、アルシュ皇国軍の持ち込んだ新兵器にそれだけ意識を持っていかれていたともいう。

 なまじあれを見せつけられた事で「皇国軍が本気で要塞を落としに来たのか!?」という事に意識が固まってしまった。

 相手が前衛軍に過ぎない、という事が飛んでしまった訳だ。


 「とにかく、今は時間を稼ぐしかない」

 

 要塞の本格的な補修は出来ない。

 時間を稼げば援軍も来る。

 交渉している間は砲撃は来ない。

 そう考え、ブルグンド王国は必死に動くのだった。




 ―――――――――― 




 「砲の修理は可能なのだな?」

 「すべてではありませぬが、三日あれば二門の復帰が可能と。それと……やはり搬送に手間取っているという話ですが、魔導投射砲の戦果に発奮しているようです」

 「本隊もあれを運ぶのは大変だろうが、実績があればそうなるであろうな」 

さて、時間はどちらの味方でしょうね?

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