北方炎上2
要塞前面に遂にアルシュ皇国の軍勢が陣を構築した。
ケレベル要塞は山々の間を縫う街道、その中でも特に難所を選び、多額の金をかけて建築された難攻不落の要塞だ。
急峻な谷間を利用して構築され、ここを抜けずして王国へと侵入するのは極めて困難だ。少なくともまとまった軍勢を通す事は不可能と言っていいだろう。
ここの前後には比較的道が広がる盆地があり、増援の軍勢が野営地を展開するにも、或いは出撃した際に大規模な軍勢同士が戦う事も可能だ。かつては二つの湖とそれを結ぶ水路だったのではないかと推測されている。今は流れが大きく変わった為に完全に干上がっている訳だが。
この要塞の原型が建設されたのは建国初期だ。
当時はアルシュ皇国はまだ混乱が完全に納まっておらず、ブルグンド王国は王国成立間もなく……つまりは双方が時間を必要としていた。
故に、アルシュ皇国側からの従属命令が拒絶された直後から、双方が睨み合う形で要塞を建造したのだった。その後、改築と増築を繰り返し、現在に至る。
「さて、問題は連中がどんな攻略案を持ってきたか、だな……」
イーラ侯爵の言葉に会議に参加している大部分の者が真剣な表情で頷いた。もっとも中には例外もいるもので……。
「なあに、皇国のグズ共などこの要塞の前では何も出来ますまい」
そう侮ったような口調で言う者もいる。
増援諸侯の一人、ハーガ伯爵。本来名門の軍人貴族なのだが、名将の誉れ高き父親が一昨年に体調を崩し、高齢だった事もあって当主の地位を譲った。彼にとっては偉大な父親の影を気にせざるをえず、彼にとって初陣でもある今回の戦いが近年稀にみる大規模な戦いである事から、ここで派手な功績を立てて父親よりも高い名声を!と看做している気配があった。
この発言もそうした気持ちの現れの一つだったのだろう。
「伯爵、こういう場合は持っていると思っていた方が、万が一の時多少は気持ちが楽になるのだ、それに」
「それに?」
「連中がそんな策を持って来ていて、それを打ち破って見せた方が我々の功績としては派手だろう?」
「!なるほど、そうですな!」
ニヤリと笑ってみせたイーラ侯爵に、ハーガ伯爵は喜色を浮かべて叫んだ。
もっとも、イーラ侯爵は内心冷めているし、周囲に密かに目配せをしている。それを受けた者達も微かに頷いた。
彼らはいずれもアルシュ皇国軍が何等かの要塞攻略案を持って来ているのは確実だと確信している。誰だって負けようと思って来る奴がいる訳がなく、負けたくないなら何等かの作戦を立てるのが当然だ。
しかし、おそらく、この若造にそんな事を言ってしかりつけた所で反感を持たれるだけだと判断していた。だからこそ、むしろ煽るような事を告げたのだ。
(まず間違いなくどこかで暴走するであろうな)
だが、それが予想されているなら使い潰してしまえばいい。
具体的には……。
(皇国の連中が罠を仕掛けた際にこちらが警戒する振りを見せれば……)
罠にかかったこちらの戦力を嬲り殺しにする瞬間こそ、今度はこちらの勝機へと繋がるだろうと推測していた。
そこを食い破れるかが勝敗を分けるだろう。
――――――――――
「連中はこちらの仕掛けに乗って来る振りをしてくるのは間違いありません」
皇国前衛軍。
そこでも軍議が開かれていた。
皇帝の率いる本隊到着まで相手を消耗させておけば問題なかったが、彼ら自身は本隊到着までの間に要塞に大きなダメージ、出来れば陥落させるまで追い込む事を狙っていた。なにせ、長年の宿敵たるブルグンド王国への皇帝親征だ。ここで功績をあげれば、出世は間違いない。
無論、敗北すれば、というリスクはあるが、それを怖れていては何も功績など立てられない。
前衛に配置され、一足先に功績を立てる機会に恵まれた以上、彼らはこの機を逃すつもりはなかった。
「さて、例の物は?」
「既に準備を開始しております」
「ふむ、後の問題は開発局の連中の言う通りの性能が出るかどうかですねえ」
違いありませんな、と笑い声が起きた。
様々な魔道具や兵器の開発にあたる開発局ははっきり言ってしまえば技術バカの集まりだ。
確かに優れた技術を持ち、優れた品を生み出してきた歴史を持つが、同時にカタログスペックのみで現場の事を考えてないシロモノや、狙いは分かるが何故そうなったのか分からないような奇妙キテレツなキワモノも多数生み出してきた歴史がある。
「まあ、見せ札になればよろしい。何かしらの打撃を与えるだけでも最低良しとしましょう」
損害を省みずに仕掛けるよりは、まずは着実に打撃を与えるとしましょう。
そう、アルシュ皇国前衛軍司令官ラウザ女公はその美貌に酷薄な笑みを浮かべて言った。
新キャラ整理
ブルグンド王国軍
総司令官イーラ侯爵
増援の貴族の一人にハーガ伯爵
アルシュ皇国軍
前衛部隊司令官ラウザ女公
本隊は皇帝直卒




