南方蠢動1
「和睦交渉?」
緊急の連絡という事で急遽やって来た常葉が困った様子のドラゴンに相談されたのはそんな話だった。
『はい、先だっての戦いの後の事なのですが』
ドラゴン自身は悩んでいたのだという。
確かに前回は勝った。
だが、次は果たして勝てるのか?と。初見でならともかく、次回は人族は何等かの対策を練ってくるであろう事は理解している。追い払っても追い払っても、何度も何度もやって来て、その度にやり口が巧妙になっていく人族の事はドラゴンはよく知っていた。
だからこそ、最後はかつて住んでいた場所を大怪我を負って、逃げ出す羽目になったのだから。
それを考えるなら、まだドラゴン自身が動いてはいなかったとはいえ、魔物の軍勢の弱点も多少は把握されたはずだった。
だからこそ、ドラゴンは悩んでいた。
先の戦いでの勝ちをどう活用していくかを、だ。無論、迷ったなら相談するように伝えられ、連絡する手段も与えられてはいたが、まずは自身なりの考えをまとめてでなければ、そう考えていた。
そんな矢先に少数が手紙、という奴を持ってきた。
『ラトム子爵、という人物なのですが彼が自身と一部の貴族の和睦、という名の投降を密かに申し出て来たのです』
「なるほど、続けて欲しい」
手紙を確認した後、ラトム子爵の使者を呼んで多少の質問をした。
その中で言われた事が……。
「ふむ、自分達なら南方の人々にも多少の反発はあれどおおむね受け入れられているはずだ、と」
『実際、使者も南方の者らしき肌をしておりましたな』
ブルグンド王国の領主にもピンキリなように、王国占領前の南方の部族もピンキリだった。
当り前だが、その中には慕われていた統治者もいれば、憎まれていた統治者もいた。
前者はもちろん、王国と同レベルの統治者だった場合でも後から来た支配者という事もあって「以前は良かった」となんとなく思ってしまう者が出てくるものだが、後者の場合は話は別だ。それに同レベルの統治者であってもやり方次第ではそれなりに上手くやっていた者もいる。
「つまり、ラトム子爵ら話を持ってきたのはそうした面々だと」
『はい。ただ、それだけでもなく』
先の戦いの後、ラトム子爵自身は実質的な降伏案を持ち出した。
今更、ブルグンド王国には戻れない。
中央の静止無視して開戦したのだから、戻った所で良くて今より小さな領地を捨扶持として与えられての強制従軍。悪ければ処刑されて、首をエルフや南方解放戦線に差し出しての「一部の暴走したバカ達が大変に迷惑をかけた。こいつらの首で許して」と交渉の種にされる。というか、後者になる可能性は一部の大貴族の縁者を除けば確率は高い。
かといって、亡くなったボーソウ子爵含め一部の「自分達は南方の連中に反感を買っていた、嫌われていた」という自覚のある貴族達は当然実質的な降伏に反対する。
そこまで反感を買っていなくても、実質ブルグンド王国から離反するに等しい提案にはやはり賛同できない、という者もいる。
『ですので、主に王国内に親類縁者がほとんどないか、もしくは絶縁状態にある者が主体なのです』
「なるほどなあ……」
まともな統治をしていた者でも、王国で兄が貴族をしていて、兄弟仲が良い、という場合は当然躊躇いが生じる。
「しかし、それでは遅い、とラトム子爵は判断したんだな?」
『その通りです』
正しい判断だ。
このままでは自分も破滅する。躊躇っている時間はない、そう判断して自分に賛同すると見込んだ面々を引っ張り込んで話を密かに持ってきたのだろう。
場合によっては王国内に伝手を持つ貴族を煽って、裏で王国に接触させている可能性もある……いや、これは早計にすぎるか。ただ、一つだけ間違いない事は、南方諸侯達の間でも分裂が始まった、という事だ。
「……この話、受け入れよう」
『よろしいので?』
「降伏を認めないとなると、最後の最期まで戦って死ぬなんて事になるだろうね。それもこれからずっと」
『なるほど、それは勘弁してほしいですね』
器用にドラゴンが肩をすくめてみせた。
降伏が認められない、となれば誰だって死に物狂いになる。「どうせ死ぬなら一人でも多く道連れにしてやる!」って事になりかねん。最悪、街に放火して、住人から我々の方が恨まれるという可能性すら出てきてしまう。既に死んだ相手には文句言っても意味がないので、結果として生きてる側に文句が来る訳だ。
それを多少なりとも緩和するには迅速に膨大な物資を投下して、不満を宥める必要がある訳だが……それぐらいなら降伏を認めた方がいい。
「という事を説明すれば南方解放戦線の連中も納得はさせられるだろ、多分」
『頑張って下さい』
もちろん、素直には終わりません
実質、王国にまだ忠誠心残ってる南方貴族とかからすれば明確な裏切りだしねえ




