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閑話:イクサの後

【常葉とマリアの場合】


 「ふう」

 「大丈夫ですか?」


 騎士団一個の殲滅を終えた後、常葉が戻って、部屋で休んでいる時にマリアはやって来た。今回、マリア達は襲撃には関わっていないが、事情は説明してある。貴重な元の世界からの知り合い同士、下手に隠して不信の素となる事は避けたかったからだ。

   

 「……怪我はなかったんですよね?」

 「ああ」


 その通り、怪我はない。

 というより、エントの本性を露わにした常葉相手に剣だの槍だのを用いた所で小さな棘程度の意味すらない。

 騎士団という性質上、毒を用いる事はなかったがそれを用いた所で毒など意味はなかっただろう。だろう、と推測なのはこの世界にどんな毒物があるかまだ分からないからでもあるが、世界樹を素体とする以上、その葉、樹皮など全てに強烈な解毒効果、治癒効果を有しており、果ては蘇生すら可能とする。

 当然、怪我らしい怪我なども負いはしなかったが、マリアは常葉がどこか疲れている事を察していた。


 「でも……」

 「怖いんだよ」

 「えっ?」


 怖い、そんな言葉を洩らした常葉の様子はどこか鬼気迫るものがあった。

 

 「これだけ殺戮をしたのに、自分の中では全然罪悪感も何もない。殺すという行動を取った際も全然躊躇いとか覚えなかった。それがとてつもなく怖い」

 「……それ、は」


 元の世界では常葉はごく普通の学生だった。

 当然、殺人なんて犯した事はない。ゲームだってあくまでゲームだからこそ相手を倒していたし、兵士の為の訓練などではない以上、一部のゲームを除き血が飛び散る、無残な遺体が残るといった描写はなされないよう配慮されていた。倒したプレイヤーだって、戦闘が終了すれば「いやー参った、今回は負けちまったな」と笑い合う事が出来た。

 今回は違う。

 無残な、と言っていい死体が至る所に転がっていた。

 逃げだす騎士が潰される直前に浮かべた恐怖に引きつった顔も思い出す事が出来る。


 「なのに、全く罪悪感も何も浮かばないんだ」

 「…………」


 はたして、もう一人の自分は一体何なのか。世界が整合性を取る為に生み出した仮想人格だと思っていたが本当にそうなのか?

 そんな疑念が浮かび、拭えなかった。

 そして、こうも思う。

 もし、この世界から元の世界へと帰れたと仮定して、その時、そのもう一人の自分という人格はどうなるのか?

 今の体は元の世界のそれとは明らかに異なる。電子世界のそれを元に構築されたのであろう、この体に宿って、この世界に残るのか?それとも、消えるのか?あるいは……元の世界の自分に宿るのか。もし、最後の場合、果たして自分は元の世界でやっていけるのか。

 

 「殺人を平然と行える奴なんて、元の世界じゃ異端もいい所だからね」

 「それは……そうだけど」

 「自分が気づかない内に変わっていってる、って……怖ろしいよ。他にも変わっている事はあるのかもしれない。けど、こんな時でもなければ自覚さえ出来ないんだ」

 

 次第に常葉の声が大きくなりかけた時だった。


 「……マリア?」

 

 マリアが黙って、常葉の頭を抱きしめた。

 

 「大丈夫」

 「けれど」

 「大丈夫、どういう道を選んだって一緒にいるから」 

 「えっと」


 ちら、と見上げたマリアの顔は凄く優しいものだった。

 

 「元の世界に戻るのが怖いなら、こっちの世界に残ったっていい。そうなったってやっていけるでしょ?」

 「……まあ、そうだね。でも、お父さん達の事は……」

 「難しく考えないでいい。……いきなりは寂しいかもしれないけど、自分が納得出来る形が一番だよ。焦らないでじっくり考えよ?」

 「……………」

 

 静かに優しく。

 夜は過ぎていく。

先にこっちを書いておけば良かったと反省

カノン達のお話も用意しています

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