99話 救出
結局、謎は謎のままで。
優也は遥から指示されたドアをくぐり、その先を歩いていた。
他の二人はどうしているのだろうなんて考えながら。
もしも、三つのドアの先に結野こころがいるのだと仮定すれば、優也が彼女を見つける確率は、およそ三割。それは、ひなこと遥の二人にも同じ確率である。
スマホの画面を確認しても、未だ誰からも連絡はない。
果たして、この奥に結野こころはいるのか。
「案外、岡谷がいたりしてな」
その可能性も否定はできない。
優也らに岡谷の居場所が掴めてない以上、彼がここにいることも考えられる。そう仮定すれば、これまた同じで、三人に等しく起こり得ることだ。
あの二人は大丈夫だろうかなんて心配しながら。
「つっても、この三人の中で一番弱いのって俺だよな」
男の自分が、どちらの少女よりも弱い。その事実に泣きそうになりながら、優也は歩いていた通路の奥に一枚のドアを見つける。
ここまでに分かれ道はなかった。そうして、この奥にはなにがあるのか。
「…………」
内心ビビりながら、優也はドアノブをひねり、それを引いた。
ドアの奥にあったのは、一つの部屋。それより先に進む道はない。ここで行き止まりのようだ。
まず部屋に入って確認するのは、結野こころの存在。しかし、彼女も誰も、その部屋に人の気配はない。
「落胆半分安心半分だな」
つまりは、ひなこか遥が正解のドアを引いたということ。
今から来た道を引き返し、ひなこか遥のどちらかを追おうとして、優也は、ふと思う。
この部屋にたどり着いたことを無駄骨だったと決めつけるのは早いのではないだろうか。結野こころがいなくとも、ここに、何か岡谷の足取りに関する情報があるかもしれない。
そう考えた優也は、再び振り返り、部屋の中を物色し始めた。
そして何枚かがホッチキス留めにされた書類を発見する。
その書類は、シナプス計画について書かれたもの。
研究所が企てる『世界美少女化計画』の阻止のため、岡谷が企てている、結野こころの異能力を利用し『迷い子』を操って、『美少女』を破滅に導く、という計画。
それは、『美少女』を救って『世界美少女化計画』を阻止しようとしている優也たちとは、相反する手段。
さて、書類には色々と記されているが、具体的にはなにが書かれているのか。
「…………俺に分かるわけがねぇよな」
諦めるのが早いなんて責めないでほしい。
優也にとって、ここに書かれている言葉が、本当に日本語であるのかと疑ってしまうほどに、理解できる範疇を超えていた。
「あいつなら理解できんのかね」
岡谷と同じように、研究者としての知識を有している寺都芽久実ならば。
その時、優也のポケットでスマホが鳴り出した。
「誰だ?」
画面を確認。メッセージの相手は、門番遥。
「——結野こころを発見したって⁉︎」
アプリに表示された吹き出しの中には確かに『結野こころを発見しました』と書かれていた。
先の書類を手に、優也は来た道を急いで引き返した。最初の部屋に到着したところで、同じくメッセージを見たひなこと合流。
「遥ちゃんがこころちゃんを見つけたって」
「俺も見た。遥が向かったドアってあっちだったよな?」
「うん」
「急ごう」
そのドアを開け、先へと進む優也とひなこ。やがて突き当たりの部屋へと到着する。
「遥!」
「遥ちゃん、こころちゃんが見つかったて?」
「はい。あちらに」
遥の少し奥に置かれた手術台のようなベッド。その上には、検査着姿で横たわり目を閉じている結野こころがいた。
「眠ってるんだよ……な?」
まさか死んでるなんてことは……。
「生きていると思います」
遥がそう判断したのは、結野こころの横に置かれたモニターに心拍数が表示されていたからだろう。
その他にも、結野こころの頭にはヘッドギアのような物が取り付けられ、電極で、近くの機械と繋がれている。
「一体なにされてんだ」
「おそらく、この機械を通して結野こころの異能力をコントロールしているのでしょう」
「なんのために」
「これは個人的な意見ですが、結野こころがシナプス計画に加担しているとは思えません。ですがあの計画に彼女の異能力は必要不可欠。そうなれば、岡谷は結野こころを操るしかありませんから」
「なるほどな」
優也たちが冷静に詮索していると、痺れを切らしたひなこが二人の間に割って入った。
「ねえ! はやく助けてあげようよ!」
「おう、そうだな」
こうしている間にも彼女は苦しんでいるかもしれない。細かいことは後に回して、今は結野こころを救出が最優先だ。
そう踏み出した優也とひなこの足を止めたのは、遥の一言だ。
「その前に、お二人とも、岡谷太一を見ていませんか?」
「いいや。なんで?」
「もしも彼がここにいたならば、結野こころの救出は容易ではありません。その確認をしておきたかっただけです」
言われてみればその通り。何事をするにも、彼が不在であるに越したことはない。
「優也さんは? 担当した扉の先に何がありました?」
「俺はこれだ」
手の持っていた書類の束を、遥へと見せる。
「シナプス計画のことが書かれた紙らしい。寺都に見せれば何かわかるんじゃないかと思ってな」
「なるほど。岡谷太一は見ていないのですね?」
「ああ、見てない」
あの部屋は、行き止まりだった。それより先に進む道はなかったし、誰かが隠れている気配もなかった。
「ひなこちゃんは?」
「わたしはね、とくに変わった様子もない、普通の部屋だった。なにもなかったし、だれもいなかったよ」
「そういう遥は?」
「私もここに来るまでに岡谷太一の姿は見ていません」
ということは、この建物内に岡谷は不在であると考えてもいいだろう。
「だったらはやく助けてあげようよ!」
ついに限界に到達したひなこが、一人で結野こころのもとへと走り出してしまう。
「おいひなこ、走ると転ぶ——」
「でっ!」
忠告しようとした矢先、盛大に床に顔を打ち付けるひなこ。
「言わんこっちゃない。大丈夫か?」
「う、うん。だいじょぶ……」
赤く腫れた鼻先を優しく撫でながら、ひなこの目尻にはかすかに涙が溜まっている。
その彼女の歯切れの悪い返事に、優也は疑問を抱いた。
「どうかしたのか?」
「ううん。たいしたことじゃないんだけどね、からだが思うように動かなかったの」
「?」
優也はひなこの足元あたりに視線を動かした。
「そういえば、何につまずいたんだ?」
「わかんない。きゅうに足に力が入らなくなって、それで……」
もつれて転んだ、ということか。
「疲れてるのかもしれねぇな。こころのことは俺と遥に任せて、ひなこは休んどいてくれよ」
「うん。ありがと」
少し離れた場所にあったイスへ移動を始めるひなこ。その足取りは、どこか頼りないように思える。
「遥、手伝ってくれ」
「わかりました」
二人で協力し、結野こころに取り付けられた複数の機器類を外していく。モニターにエラーが表示され、警告音が発せられても構わずに、彼女を台から優也の背中へと移した。
「とりあえず、少女館に戻るか」
「そうですね」
「ひなこ、大丈夫か? 動けそうか?」
「うん。ごめんね、心配かけちゃって」
「いや、気にすんな。けど、無理はしないでくれよ」
「ありがと」
これからのことは寺都と話し合って決めよう。まずは、ここから立ち去ることが先決である。




