91話 今のひなこと昔のひなこ
遥とともに第六研究室へ入る優也とひなこ。
部屋の中ではすでに、第一部隊の皆と寺都芽久実が集合し、遥が優也たちを連れてくるのを待っていた。
「やっと来たわね」
待ちくたびれたわよ、と。そういう雰囲気を放ちながら歩み寄ってくるのは、カメリアだ。
「そんなに待ったか?」
遥から今朝早くには来ていたと聞いている。今は太陽が真上にあるくらいの時刻。どれほど待ったというのだろうか。
「まあ、あたしらは日が昇る前くらいからここに来てたから」
「日が昇る前⁉︎ 寺都も来てなかったろ。そんな前から何しに?」
「彼女ならもういたわ。どうやら、ここを寝床にしてるみたいよ。それと、あたしらが、ここに早く来た理由だけど、それは後で見せるわ」
「見せる?」
つまりは、なにか作業をしていたということか。
優也が何かを頼んだ記憶はない。
そんな朝も明けない時間から、カメリアたちは、ここでなにをしていたのだろう。
そんなことを考える優也は、カメリアと二人っきりであることに気がつく。
遥はといえば、寺都と話をしており、ひなこは、第一部隊の近くへと歩み寄っていた。
「おう、久しぶりだな、ひなこ」
「アンちゃん、ひさしぶり! 元気だった、って聞かなくてもわかるくらい元気オーラが出てるね」
「やっぱ分かるか?」
「アンの唯一の取り柄みたいなモンだもんな」
「萌香ちゃんもひさしぶり」
「おひさっす」
あと二人、メンバーが足りないことにひなこは首を傾げる。
「あれ? 湊ちゃんと、薫さんは?」
「湊はそこにいるぜ」
「お久しぶり、ひなこちゃん」
「そんで薫は……」
「私なら、こちらです」
どこからともなく現れる薫。その手には、ここにいる人数分の湯呑みが置かれた盆が持たれていた。
「皆さん、お集まりになったところで、お茶でもいかがかと思いまして」
「ありがと! 薫さんがいれたの?」
「はい」
ひなこは薫から貰ったお茶を一口。
「——うん! とってもおいしいよ! お茶いれるの上手なんだね!」
「確か薫、習ってたんだっけ?」
「はい。昔に少々。今は離れた家ですが、その時のことは身についているものですね」
「いいなあ! 今度わたしにも教えて!」
「そう言っていただけると、私も淹れた甲斐があります。私でよろしければ、是非とも教えさせてください」
そんな約束を交わす二人の隣で、それをからかう人物が二人。
「けどひなこが茶を淹れるって似合わねぇよな」
「たしかに」
「あ! 萌香ちゃんにアンちゃん、ひどいよ!」
「ふふっ」
「そして湊ちゃんはどうして笑ってるのかな?」
「ご、ごめんね? でもひなこちゃんがお茶を淹れてるのを想像したら……」
「したら、なにかな⁉︎」
そんな会話に笑みを浮かべながら、薫は残った湯呑みを、研究室にいた人たちに配ってまわる。
「はい。優也さん、カメリアさん」
「ありがとう」
「ありがと、薫」
「どういたしまして」
次に、寺都と遥のいる場所へ向かう薫。
そんな彼女を視線で見送ると、優也は再び目線をひなこへと戻した。
いまだ彼女は、その場にいる三人と笑って話している。
「ひなこ、馴染んでるわね。あの子たちに会ったのだって数えきれるくらいなのに」
「それが、あいつの凄いとこなんじゃねぇのか。それは俺が言わずとも、お前がよく知ってるだろ」
「もちろんよ」
「じゃあ、なんで言ったんだよ」
「ん? ユウヤ、羨ましいんじゃないかなと思って」
「羨ましい? なんで?」
「たまにひなこをそんな目でひなこのこと見てる時があるから」
「そんな時あるか?」
「あるわよ。まあ、さっきは違ったけど。本当に羨ましそうにしてる時あるわよ」
カメリアが嘘を言うとも考えられない。彼女がそう言い張るのならば、事実その通りなのだろう。
「お前、よく見てんのな」
「なあっ⁉︎ か、か勘違いしないでよね! 別にアンタのことなんて見てないんだからっ‼︎」
「そんな必死にならんでも」
分かってるっての。ひなこを見てたら、彼女を見る俺の視線に気が付いたというだけだろ。
「羨ましくて好きってことかしら」
「だから好きと決めるには理由がはっきりしてないんだよ」
「そんじゃあ、——憧れってやつかしら?」
「憧れ、か」
それはあながち間違ってはいないのかもしれない。
実際、ひなこのことをすごいと思うことはあるし、自分もああだったらなと羨ましくなることもある。
だけど、彼女のことが好きなのかと問われれば、正直なところよく分からない。それが今の優也の答えである。
「そういうお前は、こういう話題の時、自分から言ってくるわりに決まってテンション低そうにしてるよな」
「別にそんなことないわよ。ただ、負けが決まってる戦いに挑んでる自分が惨めなだけよ」
「負け?」
彼女の言う、負け戦というのがなんのことなのかわからないが、一つだけ言えることがある。
「そんな戦いでも挑んで勝とうとするのが、カメリア・フルウなんじゃねぇか」
「分かったようなこと言ってくれるわね。そもそも、アンタがそれを言うのかしら」
「なんか俺が言ったらおかしかったか?」
「別に」
ならなんで言ったのか。
「姫ん時だってそうだったんじゃないのか? 負けるって分かってて、それでも俺がひなこを助け出すまでの時間稼ぎをしようと戦ってた。違うか?」
「さあ。どうだったかしらね」
優也の問いを誤魔化すように、カメリアは言葉を続けた。
「でもひとつだけ教えといてあげる。さっきの言葉、自分の首を絞めてるだけよ」
「どういう意味だ?」
「自分で考えたら?」
きっと彼女が言うのは、負け戦でも挑んで勝とうとするのがカメリアだ、という言葉のことだろう。
それが、どうなれば、優也自身の首を絞めているということになるのだろうか。
そもそもカメリアが言っていた負け戦という言葉の指すものが分からない今、優也にこの謎を解くことは不可能である。
答えを導き出そうと回転させていた脳内を休憩させるため、優也は前方を見た。
湯呑みを配り終えた薫も加わって、なおのこと楽しそうに話に花を咲かせているひなこ。
そんな彼女を見て、ふと優也は疑問。
「あいつ、研究所にいた時から、あんな感じなのか?」
「ま、あんなもんね」
言って、カメリアはふと思い出す。
「……あ、でも最初にあの子を見た時は違ってたかしら」
「最初?」
「ひなこが研究所に来た日よ。あたし、新鋭隊の隊長なんてしてるから、あの子が研究所に来た時に、施設の案内を任せられたのよ。そん時のあの子は全く違う印象だったわね」
「どんな感じだったんだ?」
「そうね……、今のひなことは真反対。暗くて、ほとんど口なんて開かなかったわ。話しかけても無言。それか、返ってきて一言」
「正直疑っちまうぐらいに、真逆の人間だな、それ。そいつ、本当にひなこか?」
「間違いなく本人よ」
カメリアが明かしてみせた、過去のひなこは、今そこにいる彼女からはみじんも面影を感じない。別人と言われた方が信憑性が高い。
嘘をつく理由がないからこそ、彼女の言葉が真実であると信じれるわけで。
「いつから今のひなこみたいになったんだ?」
「その次の日よ。すっかり今のひなこみたく明るい子になってたわ」
「次の日? そりゃまた急だな。なんかあったのか?」
「さあ。あたしは何にも。第一部隊隊長なんていっても、結局上層部の駒に過ぎないから。そういった話はあたしまで入ってこないわ。あたしが知ってるのは、あの日、あの子が『美少女』になったっていうだけ」
「『美少女』に? そんなたった一日で、『美少女』ってなれるものなのか?」
「いいえ。普通は一週間から一ヶ月ほどかけて、体に『結晶』を慣らしていくものよ。一日で『結晶』に適合できたのは、あたしが知る限りではあの子ぐらいね」
「例外、か……」
その二文字を口にして、優也はもう一つの明元ひなこの例外を思い出す。
「そういや、研究所からの意思操作を受けないっていうのと関係してるのかな」
「さあ、どうかしら。意思操作自体受けない『美少女』が他にいないわけではないから」
「[黄昏の彼方]だったか」
「それも含め、反研究所組織の『美少女』たちね」
「でも、そいつらはこの世に強い恨みを持ってるから意思操作できないんだろ。ひなこはそうじゃねぇだろ」
「あたしもそう思う。だからまあ、そこも、あの子が他の『美少女』とは違ってる点よね」
恨みつらみから程遠い人間が明元ひなこである、と言っても過言ではない。
しかしカメリアの言うその例外とやらが、悪い方でなければいいのだが。
「岡谷なら、なんか知ってるのかな?」
「可能性はあるわね。彼、研究所本部で六つしかない研究室で、さらにそこの室長なんて務めてるんだから」
「取っ捕まえたら聞いてみるか」
こうして、優也にも岡谷を見つけ出す理由ができたのであった。




