90話 結局、『美少女』は研究所に救われた身
遥の両腕に備え付けられた石の手甲を見て、優也は言葉を失っていた。
「これは、私の『創器』のようなものです」
「…………」
「あっ、『創器』をご存知ありませんでしたか?」
「知ってる。『美少女』が持ってる武器のことだろ。ひなこが使ってる七星と同じく」
「はい、その通りです。私は『創器』代わりに、これを武器として使っているのです」
「いや、そうじゃなく、俺が分からないのは、なんで遥がそれを使えてんだ? なんで人間に戻ったはずのお前が、また異能力を……」
例え『結晶』を壊されたのだとしても、研究所で再び埋め込めば、また『美少女』に戻ることができるのだという。
そして遥は研究所に追われていた。
それらから考えられる可能性はただ一つ。
「ひなこ、俺の後ろに」
「優也くん?」
ひなこを背に隠し、優也はゆっくりと遥から距離を置く。
その行為がどういう意味を示しているのか、理解できない遥ではないだろう。
「私が研究所に寝返ったのではないかと疑っているのですか?」
「当たり前だろ。でなきゃ、お前がまた異能力を使えてるのに説明がつかねぇ」
「……ばれてしまっては仕方ありませんね」
遥は、両腕の手甲を構えた。
「やっぱりか」
「遥ちゃん……、どうして⁉︎」
「結局のところ、私は研究所に救われた者ですから。彼らのことを信頼しているということですよ」
「そんな……」
遥からの裏切りに次の言葉も出てこない優也とひなこを前にして、
「————ふっ……ふふっ!」
遥の口から、堪えかねたといった様子の笑いがあふれ出した。
「……は、遥ちゃん?」
「なんで笑ってんだ?」
そんな光景に、状況が理解できない優也とひなこ。二人揃ってクエスチョンマークを頭上に浮かべ、遥の異様な行動に首を傾げた。
「い、いえ。先に謝っておきます。すいません」
「はあ……」
頭を下げられた理由すら理解できない。
「私が研究所に寝返ったというのは冗談です」
「冗談だあ?」
「はい。少しからかってみたくなりまして」
「お前な……」
こんなキャラだったのか、こいつって。
「なんだぁ。よかった、遥ちゃんとまた戦わなきゃいけないのかと思ったよ」
「ごめんね、ひなこちゃん」
まあ、冗談というのならば、その方がいい。また彼女と敵対関係になりたいなど願いもしない。
しかし彼女が言ったことも、あながち間違ってはいない。これから先、優也たちが人間に戻した子たちの中で、研究所を信頼して自ら『美少女』へ戻る者もいるかもしれない。
そういった場合、その子を人間に戻すことは本当に正しいことなのだろうか?
そんな悩みが優也の頭をよぎる中、遥が敵でないことを知り安心したひなこが、彼女へ質問を投げかけていた。
「あれ? でもどうして遥ちゃんは異能力を?」
「厳密にはね、これは異能力じゃないの」
「?」
「異能力に似せた能力。擬似異能力って呼んでたかな」
遥はポケットから一つの石を取り出し、それを手のひらに乗せた。
「これは『原石』……じゃないよね?」
「『原石』を原料に作った道具。『輝石』っていうらしいよ」
「作った? 遥ちゃんが?」
「ううん。作ったのは寺都芽久実さん。私は、この道具のデータを集めるかわりに、寺都芽久実さんから、これを使わさしてもらってるの」
「安全なの?」
「寺都芽久実さんが言うには大丈夫だって言ってたよ。『原石』のような副作用はないって」
「あいつ、そんなもん作れんのか」
意識の端で、二人の会話を聞いていた優也が、遥の手のひらに乗った『輝石』とやらを覗き込む。
「……ん。だとすりゃ、今俺がひなこの『結晶』を壊して、それを持たせたら、ひなこはある意味人間に戻れてるし、夢も叶えられるってことか?」
前にひなこは断っていた。
人間に戻りたいが、そうすれば自身が『美少女』でなくなってしまうため、他の『美少女』たちを救うことができなくなってしまう、と。
しかし、その『輝石』があれば、完全に人間に戻れたというわけではないが、少なくとも研究所の『美少女』ではなくなり、しかも異能力に似た力を使え、『美少女』を救う夢も実現できる。
まさに一石二鳥、いや一石四鳥ではないだろうか。
ま、本当に寺都芽久実の腕が正しく、その石を使った結果、カメリアが『原石』を使った時に起こったような事態が起こらなければ、だけど。
「それでしたら、止めておいた方がいいかと思います」
「なんで?」
「この『輝石』、確かに『結晶』を必要とせず異能力を使うことができますが、あくまでもこの力は擬似異能力、言ってしまえば異能力の偽物です。そんな能力が本物の異能力に勝るはずがありません」
「弱いってことか?」
「さすがに、すべての異能力より劣るというわけではありません。ですが、いずれは三強の方々とも戦う時も来るでしょう。その時にこの力では間違いなく足元にも及びません。私としてもひなこちゃんには人間に戻ってほしいですが、本当にひなこちゃんのことを思うのならば、『美少女』のままでいることが賢明な判断です」
「まあ言われてみりゃ、そうだよな。ひなこ、悪いがそれでもいいか?」
「わたしはいいよ。強い力のほうがみんなを守れるからね!」
自分よりも他人優先。彼女のこういうところは、素直にすごいと尊敬できる。
「そういえば、遥。寺都に協力するんだよな?」
「はい」
「あいつがなんで岡谷を探してるのか知ってるのか?」
「いいえ。でも今日お話いただけると聞いています」
「もしかして、お前がここまで来たのって?」
「お察しの通り。すでに皆さんお集まりになっています」
遥が手のひらで指し示すのは、第六研究室がある方向であった。




