82話 呼ばれた気がして、ヒーローここに参上
「寺都さん、今日もいるかな?」
「どうかな。俺としてはいてほしいんだけどな」
なんせ、わざわざ休日に研究所へと足を向けているのだから。
今、優也たちは片側一車線の通りを歩いている。休みの日ということもあり、人通りは多い。
「優也くん……」
「ん?」
ひなこに呼び止められて、優也も異変に気がつく。
自分たちの周りに、誰も人がいなくなっていることに。
「結界……」
「うん……」
つまりは近くに『美少女』がいるということ。そしてその『美少女』は敵意を持っているということ。
「後ろ!」
ひなこの呼びかけと同時。
キンッ! と甲高い音が鳴り響く。
七星を構えたひなこは、一人の少女……、いや、幼女と対峙していた。その幼女の片手には短い刀。それは七星によって防がれていたが、確実に優也の首をとらえていた。
「っ!」
不意打ちが失敗に終わったことを知り、幼女はバク宙。優也とひなこから距離を取る。
「…………」
「優也くん、あの子……」
「ああ」
幼女は靴も履かず、小汚い服を身に着けていた。その瞳からは正気が消え失せており、まるで人形のようなオーラを放っている。それにひなこも気がついたようだ。
「かわいいね!」
「そっち⁉︎」
気付いていなかったらしい。
いや、そんなことより、
「ひなこ、どうする?」
「どうするっていったって……。わたし、あんな小さな子、攻撃できないよ」
「気持ちはわかるが、そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
「そうかもだけど……」
そんな二人の言い争いを、相手さんも黙って聞いてるほど甘くはなく。
「優也くん!」
ひなこに突き飛ばされた優也の目の前を、短刀が横切る。直立したままだったら、頭が刎ねられていたことだろう。
「ひなこ走れ!」
「えっ、あ、うん。わかった!」
二手に分かれ、優也とひなこは背を向けて走り出す。
ふと優也が振り返ると、向こうの方に同じくこちらを見返りながら走るひなこがいた。その手前に、刀片手に今か今かとチャンスを伺うように笑みを浮かべる幼女と目が合う。
「クソっ……。標的は俺かよ……!」
二度の攻撃で分かってはいた。どうやら殺しの目的は優也であるようだ。
自分たち以外人がいないと知っているからこそ、曲がり角もろくに減速することなく、全力疾走で走り続ける優也。
道中何度か後ろを確認したが、離れることも、だからといって近づくこともなく、幼女と優也はおよそ同じ間隔のまま競走していた。
どちらの体力が先に尽きるかが勝敗を決めるだろう。そして、その白旗は優也の手に握られていた。
「降参なんかできるかよ……っ!」
踏み出した足に力を込める。続けて、体を一八〇度後ろにひねった。
突然優也が振り返ったことで、警戒して幼女もその場で動きを止める。
「…………」
しばしのにらみ合い。沈黙。走る緊張。
よく周りを見れば、もとの、ひなこと分かれた地点へと戻ってきていたみたいだ。無我夢中で走っていたおかげで、無意識に一周回っていたらしい。
「俺だってな、カメリアにみっちりしごかれたんだよ」
ビルを囲うように組まれている足場の下に置かれていた鉄のパイプを、優也は構える。
「今こそ特訓の成果、見せてやらぁ!」
一気に幼女との距離を縮め、優也はそれを振り下ろす。しかし相手が相手。あくまでも、手加減をして。
キンっと。
甲高い音が鳴ったのは優也の脳内だけ。
実際には幼女によって構えられた短刀に鉄パイプが当たった瞬間、それはいともたやすく真っ二つに切断された。
「——えっ?」
予想外の展開に、間の抜けた声が優也の口から漏れる。
そのまま勢い余って前のめりになる優也の視界には、幼女の足が。
「グフッ!」
足蹴りバージョンのアッパーを顎にダイレクトヒットされ、優也の体は宙を飛んだ。
もしも舌を出していたら、噛み切っていたことだろう。
これがひなこだったら、幼女の生足で蹴られたことに、むしろ快感を覚えていたはず。
しかし優也に、そんな性癖はない。
地面で悶える優也のもとへ、少しずつ歩み寄る幼女。
「オラッ!」
優也は手に持っていた残りの鉄パイプを幼女に向けて投擲。
幼女は、それを振り払うように、簡単に短刀で切断。
ただの悪あがきに終わった。
「七星じゃ、太刀打ちできてたじゃねぇかよ……」
それだけ『創器』が頑丈というだけの話。
立ち止まることを知らない幼女は、その間にも優也へと近づく。
「待て待て待て、タンマ、タンマッ!」
そんな懇願を聞き入れてくれるのならば、どれだけ幸せだったことか。
ついには、幼女は優也の前へ。
正気の失われた瞳で優也を見下ろす。
(ひなこ頼むっ…………!)
短刀を構え、無慈悲にもそれを振り下ろ、
「だれかに呼ばれた気がして、明元ひなこ、ここに参上‼︎」
空から降ってくるは、明元ひなこ。その様は、まるで緊急事態に駆けつけるヒーローのようだった。
予想だにしなかった、頭上からの襲撃に、幼女は、ひなこの思うまま捕らわれた。
「優也くん! これで手をしばって」
「お、おう!」
ひなこから渡されるは、一本のロープ。
言われた通りに、カーテンに包まれた幼女の手首に、それを巻きつける。
「これでよし」
幼女が身をよじる動きに合わせて、頭から被っていたカーテンがはだける。
縛られたロープを必死に解こうともがくが、それも叶わない。
どうやら幼女の拘束に成功したようだ。
「助かったぜ、ひなこ」
「どういたしまして」
「正直、てっきり諦めて、どっかに隠れてたのかと思ってた」
「そんなわたし薄情者じゃないよ⁉︎」
「それもそうだな。それにしても、よく、こんな方法思いついたな」
「ふふーん、わたしも頭を使えば天才なんだよ」
天才は自分で自分のことを天才とか言わないと思うが。
「さて、この子をどうするか、だな」
「話を……」
「ン……! ンン! ンッ‼︎」
「……聞ける状態でもないもんね」
正気の失せた瞳で、今もなお抵抗を続ける幼女。何の目的があって、なんて問うても答えが返ってくるとは到底思えない。
「とりあえず、ここじゃ結界が解けた時に危ねぇから、安全な場所まで移動するか」
「そうだね」
ここは片側一車線の道路の真ん中。結界が張られているために車なんて一台も走っていないが、それが解除されたら、三人は真っ先にはね飛ばされてしまうだろう。
優也はひなこと協力し、荒ぶる幼女を歩道へ。さらに邪魔にならない端へと移動させる。
「そういや、こういったパターンでも、結界って解除されるのか?」
結界が展開される条件が、『美少女』が力を使う状況になった時。つまりは、敵意を持った『美少女』が存在している状況であることだ。
今までは『美少女』を人間に戻すことで敵意を失わせ、結界を解いていた。今回のこのケースでは、未だ幼女は敵意むき出しの状態だ。
「たぶん。解除はされると思うよ?」
「あんまわかってないんだな」
「カメリアちゃんなら、びしっと答えれると思うんだけどね。わたし、全然詳しくないから」
「解けることを祈るだけだな」
そんな会話をしている間に、あたりに喧騒が戻ってきた。
気づけば、人々が行き交い、普段の通りが、そこにはあった。
「戻ったみたいだな」
とりあえず一安心。
ふと、優也は後ろを振り返る。
「……ん?」
そこで、一人の少女と目が合う。
「寺都……?」
彼女に優也は見覚えがあった。
「優也くん?」
一点を見つめ続ける優也にひなこは首を傾げ、彼の視線を追った。
瞬間、何かが路地の陰へと消えてゆく。
「待っ——!」
優也が走り出そうと一歩踏み出したと同時、
「優也くん!」
慌てた様子でひなこが呼び止める。
「どうした?」
「あの子が!」
見れば、さっきまでいたはずの幼女が、そこにいなかった。その代わり、解けたロープが地面に落ちている。
まさか——⁉︎
視線を少し上にあげれば、通りを駆ける幼女の背中が。
「ひなこはあの子を追ってくれ! 俺は寺都を追う!」
「わかった! おいかけっこだね! 任せてよ、得意だから」
「頼んだぞ」
「……あ、でも、どちらかいうと追いかけられたいなぁ」
「は?」
「……でもでも、追いかけるのもありだねっ!」
「しょうもないこと言ってないで早く追いかけろ!」
「らじゃー!」
すでに幼女の影は遠く小さくなっていた。追いつけるのだろうか。まあ、得意という言葉を信じよう。
幼女を追うひなこの背中を見届け、優也も寺都が消えていった路地を見る。
優也も早く寺都を追いかけなければ、見失ってしまう。
「逃がさねぇぞ!」
彼女と目が合ったタイミングから考えて、結界が解けた瞬間には、すでに寺都は優也たちを見ていた。
結界が展開される前に、優也たちは歩道のこの場所にはいなかった。なのに、まるでそこにいたことを知っているかのようであった。
どうしてここにいたのか。そして、なぜ優也たちを見ていたのか。
それを問い詰めるまでは逃すわけにはいかない。




