80話 ジト目
二人は同時に、その音のした方向を見やる。
そこには、鉄製の棚が一つ。同じく、両開きになる扉も鉄製。しかし、それは閉じているため、中に何が入っているのかは分からない。
「……今、あそこから音、したよな?」
「……うん。したね」
誰もいない可能性が少しばかりかあったこれまでから、何ものかがいる可能性が高いこれからへと変わった瞬間。
その現実に、今までにない緊張感が優也とひなこに襲いかかる。
「わたし……、みてくるよ」
「……いや、俺が行く」
件の棚へと近づこうとするひなこを制止し、優也は彼女の前へと出る。
こういう状況で、真っ先に手を挙げれるひなこは勇敢だと思う。対する優也は、男であることが情けなくなってしまう。なんせ、彼女に代わって買って出たことを後悔しているのだから。
しかし、こんなことをしたのにも、実は理由がある。なにも、ひなこを危険な目に合わせたくないという気持ちだけではないのだ。
「どうして、優也くん? わたしが行ったほうが賢明だとおもうよ?」
賢明、という単語がひなこに似合わないと思うのは自分だけだろうか。
「確かにそうかもれない。けど、扉を開けた途端襲いかかられたら反応できないだろ? それなら、ひなこが準備しておいて、俺が開ける方が賢いかと思ってな」
「なるほど。でも、優也くん、こわくない? だいじょぶ?」
「こ、怖い? な、なななにを言ってんだか」
「声、ふるえてるよ? それと足も」
「き、気のせいに決まってんらっ……」
「……かんだよ?」
「……噛んでねぇよ。い、行くぞ!」
しかしなぜだろうか、少し気持ちが落ち着いたように感じるのは。
「さ、開けるぞ……」
「うん……」
緊張の一瞬。
優也は扉の取っ手を握り、勢いよくそれを開いた。
チュウ! と。
一匹のネズミが、棚の中から走り去って行く。
「なんだ、」
ネズミかよ、と安心しようと、優也はひなこの方を振り向き、
「——ひなこ!」
その背後に、黒い影を認め、彼女の名を叫んだ。
本当に紙一重で。ひなこが振り返りざまに七星を取り出して構えるのと、影が何かを振り下ろすタイミングは同時だった。
防ぐ形で構えられた七星の刃に、黒い影により振り下ろされた何かが当たり、それはいともたやすく斬り落とされてしまう。
床に落ちた物を見て、それがほうきの柄であることに優也は気付く。
手に持っていた物を半分ほど失った影は、少し後ろへと下がった。それにより、その影の正体があらわになる。
色むらのある金髪を肩の位置で乱雑に切った少女。口には棒付きキャンディがくわえられ、薄汚れた白衣を身にまとい、黒い瞳はまぶたにより半分消されていた。
「ひなこ、七星をしまえ」
「あ、うん。そうだね。ごめん」
影の正体に聞こえないような小声でひなこへ指示をする。その意味を理解した彼女は、その通りに七星を背中へと隠した。
というのも、相手の素性も分からない今、むやみやたらに『美少女』の力は控えた方がいいと考えたのだ。
「どういうつもりだ」
「不審者かと思った。ただそれだけ」
「だとしても、武器を振るうのはどうかと思うが?」
「貴方たちよりマシだと思う。危険度で言えば、そっちの方が危ない」
「俺らはガードの目的で構えただけだ。お前のように凶器として振るうつもりはない」
「だとしても、私のこれは、たまたまそこで拾った物。でも、貴女のそれは常時持ち歩いてる物と推測する。それが常に護身用とは思えない」
「こいつ……」
まるで『美少女』のことを知っているような口振り。まさかそんなわけはないが。
探りを入れてきているような謎の少女に、優也は警戒を示す。そんな彼の態度に気がついたのか、少女は踵を返すと、残った半分のほうきを床に捨てた。
「これ以上貴方たちと話すのは無意味。私は行かせてもらう」
「待て。お前はここで何をしてた。なぜここにいる」
「二つ目の質問は、ここに目的があるから。一つ目の質問に答える義理はない」
「ここはお前が勝手に調べていい場所じゃない」
「なら、貴方たち二人には、私を止める権利があるの?」
まるで勝利が確定しているような表情の少女。
こいつ、何を知ってやがる?
「それじゃあ逆に質問。貴方たちがここにいる理由は?」
「それは……」
もちろんここが研究所という組織の本部だった施設とは言えない。ゆえに、彼女の存在の調査に来たことも明かせない。
「貴方たちが答えられないように、私にも言えないことがあるというだけの話」
だから話しても無駄、と。
そう続け、少女は再び踵を返そうとする。
「それじゃ、一つだけ聞かせてくれ」
「なに」
「お前の名前は何て言うんだ」
「人に名前を尋ねる時は、まず自分からという常識を知らない?」
「俺は、橋田優也だ」
「隣の子は?」
「こいつは、原ひなこ」
もしかすれば、自分たちを探している研究所関係の人間という可能性も捨てきれない。少女の素性が明らかにならない以上、彼女には悪いが偽名を使わさしてもらおう。
「……そう。私は、寺都芽久実」
(ジト、メグミ……。ジトメ……?)
「貴方が何を考えてるのか分かるし、それは自由なこと。けど、人の名前で失礼なことを考えるのはどうかと思う」
「悪い……」
よく考えれば、ここで謝ると、そのことを認めたのと同じになってしまうのではないだろうか。
「それじゃあ、私はこれで」
第六研究室から姿を消した寺都芽久実という少女。
彼女か完全に出て行ったことを確認して、優也は話し出す。
「なんなんだ、あいつは」
「カメリアちゃんが見たっていう影の正体なのかな?」
「だろうな」
こんな場所に足を運んでくる人物が他にいるとは考えられない。
彼女は、何かこの場所に目的があると話していたが。研究所本部だったここで、一体何を調べていたというのか。
そして、寺都芽久実という少女は何者なのか。
「ここじゃ俺ら以外誰もいないから、あの寺都とかいうやつが、『美少女』なのかただの人間なのかもわからないな」
「うん。でも、わたしは『美少女』じゃないんじゃないかなって思うよ」
「どうして?」
「ほら、優也くん、そこの扉開けたとき、ネズミさんが出てきたでしょ?」
「おう」
「その直後にはあの人が襲おうとしてた。タイミングから考えて、結界が張られてたなら、ネズミさんもいなかったと思うんだ」
「なるほどな」
確かに無関係の第三者を排除する結界の中なら、ネズミもいないはず。
「それに、武器がほうきっていうのも『美少女』らしくない気がするの。『創器』がないにしても、異能力を使わなかったのはなぜなんだろうって」
「それは俺も思った」
寺都には失礼な言い方になってしまうかもしれないが、もしも『美少女』ならば、もっと戦いの手段というのを持ち合わせている気がする。
「なんにせよ、カメリアに報告しねぇとな」
「そうだね。わたしたちも戻ろっか」
「ああ」




