71話 自己犠牲
ずいぶんと久しぶりのように感じる所長室。そこへ、階段を走り上がり八人はたどり着いた。
「なあカメリア」
「なに?」
「走って逃げるって言ってたが、どこまで逃げる気なんだ?」
「爆発に巻き込まれない場所までよ」
「どこまでだよ、爆発に巻き込まれない場所ってのは」
未だ警報は鳴り響いている。この様子じゃ、研究所内全域で鳴っているのではないだろうか。
「間違いなく研究所はダメ。逃げるならこの外ね」
「つっても、ここは結界の中だろ。どうやって外に出る?」
「二重結界は特殊な結界よ。普通と違って、現実世界との境目がはっきりとしてる。研究所の出口から出れば、外に出られるわ」
「外に出れば安全なんだよな?」
ここは結界の中。外の世界まで影響を及ぼすとは考えにくい。
「そうでもないわね。確かあの爆弾、ここら一帯を吹き飛ばすほどの威力はあるはずよ。ある程度離れるほうが良いでしょうね」
「待てよ、それはつまりなにか? 俺らが逃げたとしても、外にいる無関係な人たちは爆発に巻き込まれるのか?」
「まあそうなるわね」
「結界の中なのにか?」
「言ったでしょ、二重結界は特殊なの。出入り可能な結界だけに、現実世界との断絶も甘いのよ。だから、中の被害は外にも影響するし、ここで起きたことをなかったことにすることもできない」
「…………」
それを聞いて、たとえ助かったとしても、素直に喜ぶことはできない。
「ユウヤ?」
「優也くん?」
優也は、研究所最奥へ降りる階段へ向き直る。
「俺が止めてくる」
「はあ? なに言ってんの」
「優也くん、あぶないよ」
「もとはと言えば、俺が所長の生死を確認しなかったのが原因なんだ。それで関係のない大勢が巻き込まれていいはずがない」
「優也くん……」
「あのね、あたしだって本心じゃないの。でも、逃げなきゃ、あたしたちだって死ぬ」
「だから俺が止めるって言ってんだ!」
「今さら間に合わない! 今こうしてる時間だって無駄なのよ⁉︎」
「だったらッ‼︎ ……逃げたいやつだけ逃げりゃいい。少なくとも、俺は外の人たちを見殺しになんてできねぇ」
例え爆弾を止められなかったとしても、見殺しに生き延びるより、巻き込まれて死ぬ方がマシである。
「わたしは、優也くんと残るよ」
「ひなこ、いいのか?」
「もちろん。最後までいっしょだよ」
彼女にとっては、これが告白でもなんでもないのだから恐ろしいものだ。挨拶感覚で言ってるのと変わらないのだろう。
「はあ……。わかったわよ。あたしも残る」
「カメリアまで。あんなに反対してたのに」
「別にユウヤが残るからじゃないからっ。そこ勘違いしないでよね!」
わかってるっての。ひなこが残るからだろ。
「姉御が残るならアタシも残るっす」
「隊長についていくって決めてるからな」
「私も残りますよ」
「ええ。もちろん私も」
第一部隊のメンバーも、続々と逃げることを辞めはじめる。
「残るのはいいけど、貴方たち、何か考えがあるの?」
この場でどちらも選んでいない白雪が、質問を投げかけた。
「とりあえずは起爆装置を破壊することだろ」
「爆発女も言ってたけど、間に合わないわよ」
「でもそれ以外方法がないだろ。それとも、お前ならなんかあんのか?」
「ある、と言ったら?」
「本当か⁉︎」
飛びつく勢いで、白雪に歩み寄る優也。それに、さすがの白雪も驚いたのか、珍しく少々慌てた様子で一歩下がる。
その彼女の頬がほんのりと染まっていたことに優也は気づかなかった。
「だけど条件がある」
「条件?」
「私のことを、姫と呼ぶこと」
「またそれかよ」
どんだけ呼ばせたいんだよ。
ていうか、優也が白雪のことを姫と呼んだことで、一体彼女にはなんのメリットがあるのだろうか。
「姫、頼む」
「…………わかった。貴方のお願いなら仕方ないわ」
少しばかり満足した様子で、白雪は研究所最奥へ降りる階段に向き合う。
「ちなみに何するんだ?」
「姫は?」
え、それも必要なの?
「……ちなみに、何をするんだ、姫」
「こっから先の空間全てを凍らせる……って言いたいけど、さすがにそれは無理だから、床、天井、壁全部に氷をはり付ける」
「爆発しても外に被害が出ないように包み込むってことか?」
「…………」
「……爆発しても外に被害が出ないように包み込むってことか、姫」
「そういうこと」
なるほどそれは名案だ。
……しかし、わざわざ毎回毎回姫と呼ばされるのは正直面倒くさいな。
「でも、そんなことできるのか、姫」
「私を誰だと思ってるの? そこの爆発女よりは有能よ」
「なんですって⁉︎ この雪女」
「なに? 何か文句でも?」
「文句ありありよ。誰が無能ですって?」
「その通りだと思うけど。自分が私より優れてるって思うなら、貴女が、どうにかしてみれば?」
「くっ……」
さすがのカメリアも白雪に反論できず押し黙る。
「ほんと性格悪い女」
「事実を言ったまでよ」
「ユウヤに姫って呼ばれて嬉しそうにしちゃってさ」
「ーーっ⁉︎」
「あ、動揺してる。本当に呼ばれて嬉しかったんだ」
「こいつ……」
「と、とりあえず喧嘩はやめてくれ、二人とも」
これ以上ヒートアップすると取り返しがつかない気がして、優也は仲裁に入った。そもそも、言い争っている余裕など残されていない。
「姫、頼む。時間がないんだ」
「嫌。気が変わった」
「た、頼むよ。そんなこと言わずにさ」
「嫌。どうしてもっていうなら、そこの爆発女が土下座することが条件」
「土下座ぁ? アンタごときにするわけないでしょ。死んでも断るわ」
正直勘弁してほしい。そんなしょうもない言い合いで意地をはらないでほしい。
「代わりに俺が土下座するから。どうかお願いだ、姫」
「ちょ、ちょっと」
「ゆ、ユウヤ⁉︎」
プライドの微塵もなく、優也は床に膝をついて頭を下げた。
「わかった。わかったから。頭を上げて」
「いいのか?」
「貴方の努力に免じて特別に」
「ありがとう、姫」
「えっ、え、あ、ああ、うん……」
喜びのあまり、白雪の手を握る優也。
その時、天井に埋め込まれていたスピーカーからアナウンスの声が聞こえてきた。
「爆破十秒前。九、八……」
「やっヤベェぞ。姫急げ」
「分かったわ」
階段の前で手を差し出す白雪。
「……三、二、一」
正直誰もが間に合わなかったと思った。
階段の奥からは、映画とかでしか見ないような爆風が、所長室目がけて迫ってきていた。
(頼む……!)
砂埃やら何やらが階段を上がり切ろうとした、その瞬間。
轟音を立てて、氷の壁が間一髪でそれを防いだ。
「助かった……のか?」
「優也くん、どうなったの?」
「さあ、俺にもわからん。でも、みんな生きてるよな?」
後ろを振り返れば、カメリアや第一部隊のみんながいる。そして隣にはひなこ。氷の壁の前には、白雪がいた。
「生きてるに決まってるでしょ。私にかかればこんなもんよ」
手のひらを軽くはたいて、やりきったという表情を浮かべる白雪。
どうやら、彼女の言った通りに、爆発を食い止めれたようだ。
「ありがとう、姫」
「もちろん。貴方の頼みだから。それに、土下座までされたし」
「本当にありがとう」
優也たちだけではない。彼女のおかげで、何百という人が救われたといっても過言ではないだろう。
しかし、彼らは助けられたことすら知らない。だから優也が代弁して礼を言うのだ。
「それにしても、よく間に合ったな。ギリギリだったろ?」
「まあね。だから床を凍らせるのを諦めたのよ。その代わり、天井と壁に全力を注いだ」
おかげで、早く氷漬けにすることが、爆発に追いつけたということか。
「本来なら、氷を溶かせば下に降りれるようにしておく予定だったけど、床が爆破されたせいで、中には入れないでしょうね」
そんなことまで考えてくれてたのか。
「いいや、気にするな。助けてもらっただけで十分だ」
確かに、氷の壁から中をのぞいて見れば、瓦礫の山が積み上げられているように見える。これが奥まで続いていると考えれば、もう一度下へ降りるのは不可能であろう。
「しかし、こんなに崩れて大丈夫なのか? 上のビルとか崩壊してこないよな?」
「そもそも空洞だったんだし、大丈夫じゃないの」
「わたしもそう思う」
少し楽観的にも感じられたが、元は床といえど瓦礫として積み上げられていることだし、まあ心配することはないだろう。
「とりあえず、ここから出ましょうか」
「そうだな」
「カメリアちゃんに賛成!」
ここに長くいる理由ももうない。
「ね、姫ちゃんも、行くよね?」
「貴女は姫と呼ばないで」
「……あれ? だめなの?」
「駄目に決まってるでしょ」
「なんでなんで? わたしも呼びたいよ?」
「姫は私が認めた人以外は呼ばせない。私のことはそれ以外で呼んで」
「それじゃ、白雪ちゃん! それで呼んでいい?」
「好きにして頂戴」
どういう基準で優也が白雪のことを姫と呼ぶ許可を得られたのか少し気になるが、今はここから出ることを優先しよう。




