69話 どこまでもお人好し
「カメリアちゃん、だいじょぶかな……?」
もはや何度目か、ひなこのこのセリフ。
カメリアのことを信じるといっても心配なことには変わりない。それは優也も同じだ。しかも、カメリアと短い付き合いである優也が不安になるのだから、それよりも長いひなこはもっと心配なのだろう。
「あいつの強さはお前がよく知ってんだろ。そう簡単に負けたりしねぇよ」
「そうかな……。うん、そうだよね」
そうやって自分に言い聞かすしか、落ち着かせる術はない。
今は一刻も早く、彼女のいる大広間へ戻ることだ。
ひなこの様子を伺いながら、やや急ぎ足で廊下を歩く二人。やがて、大広間への門が見えてきた。
「ねえ、優也くん、門が……」
「ああ」
両開きの大きな門は一方が外れかけ、もう一方は数十メートル吹き飛ばされ、壁に突き刺さっていた。
手で押し開けた優也には分かるが、あの門、大きさゆえに相当な重さがあった。それを吹き飛ばすだけの事態があったということだ。
「カメリアのあの技か」
《業火の一輪 》と名付けられた異能力。あの大爆発なら、門を飛ばせるだけのエネルギーを持っている。
「あれを食らったんなら、さすがの氷銀も……」
ひとたまりもなかったと信じたい。
しかし逆に言えば、あれを使わざるを得ないほどカメリアが追い込まれたということ。
もしも、氷銀にあの異能力を防ぐ手段があったとしたら……。
「っ!」
「ひなこ!」
ついに心配が頂点に達したのだろう。
明らかに無理をしている様子で広間へ向かって走り出すひなこ。その後を優也は追った。
部屋から音はしない。勝敗はついたと考えて間違いないだろう。
「カメリアちゃん!」
ひなこが大広間へ到着すると同じタイミングで、優也も中へ入った。
「っ⁉︎」
そして言葉を失った。
というのも、今まさにカメリアが白雪の首を斬り落とそうとしていたからだ。
「お、おい!なにしてんだ⁉︎」
慌てて、優也はカメリアと白雪の間に割って入る。
「ユウヤ、邪魔よ」
「邪魔してんだよ。何しようとしてんだ、お前は」
「なにって、見てわかるでしょ。この女にトドメを刺そうとしてたのよ」
「トドメって……、まさか殺す気か⁉︎」
「当たり前でしょ」
「当たり前って……」
どういう神経をしていれば、人を殺めることを当たり前と言い張れるのだろうか。
「言っとくけど、こいつは意思操作を受けていないのよ。自分の意思でひなこを襲い、あたしを殺そうとした。そんなやつを生かしておけば、今度こそひなこは研究所に捕まるわよ」
「それはそうかもしれんが……」
だからって殺すのは違う気がする。
「カメリアが殺されかけたってことは、そこにいるやつらに助けてもらったのか?」
「ええ、そうよ。新鋭隊第一部隊のメンバー。それがなにか?」
「いや、一応礼を言っとこうと思ってな」
「そんなことより雪女の方が」
「助かったぜ。ありがとな」
構わず、優也はメンバー四人に頭を下げた。
もしかして、話をそらそうとしているのだろうか。
「いいえ。私たちは隊員として、リーダーを助けただけですから。当たり前のことをしただけです」
「そうだな。でも、隊長もバカだよな」
「ちょっとアン!」
オブラートに一枚も包むことなく馬鹿呼ばわりするアンに、湊は慌てる。
「だってよ、氷銀を呼び止めなきゃ、あいつも見逃してくれて、ムダな争いをすることなかったんだからさ」
「それは……、リーダーがどうしてもって言うから」
「氷銀が見逃してくれた?」
何気なく出てきた一文に、優也は首を傾げる。
「そうだぜ。私たちが駆けつけた時、氷銀から隊長を連れて帰っていいって言われたからな」
「本当なのか、カメリア」
「……ええ」
静かに首を縦に振るカメリア。
それはつまり……、
「でも姉御は守りたい人がいるって、死ぬ気で。それで」
それはひなこのことだろう。
「いや、そうじゃない。要するに、氷銀にはカメリアを殺す気がなかったんだろ?」
当の氷銀本人は肯定する様子などないが。
「それは、そこを評価するべきだろ」
「アンタ、自分がなに言ってるかわかってんの? 例えあたしを殺す気が雪女になかったところで、ひなこを狙う理由はあるのよ。それともなに? アンタはひなこが研究所に捕まってもいいってこと?」
「そうは言ってねぇだろ。ひなこは俺が守る。なにがあってもな。だいたい、殺さなくともこいつの『結晶』を破壊すりゃいいだけの話じゃねぇか」
「アンタ忘れたの? 『結晶』は壊してもまた埋め込めば『美少女』に戻る。危険因子を取り除くには、雪女を殺すしかないのよ」
「だったら、まず俺から殺せ」
「はあ?」
「俺にはこいつが悪い奴には思えねぇんだ。悪人だったら殺していいってわけじゃねぇけど、こいつを殺すのには俺は反対だ。こいつには生きててほしい。どうしてもトドメを刺したいってんなら、まずは俺から殺せ」
「…………」
ここにいる全員が、優也の発言に耳を疑ったことだろう。
自分自身でもおかしなことを言っているという自覚はある。なにせ、敵を見逃してくれって言っているようなもの。
ひなこの夢の実現を茨の道にしろと言っているのと同じなのだから。
「はあ……呆れた」
皆の気持ちを代弁したのはカメリアだ。
彼女は大きなため息を吐ききると、手に持っていた剣を虚空へしまった。
「アンタ、ほんとどこまでもお人好しね」
「でも、それでこそ優也くんだなってわたしは思うよ。さすがはわたしの契約者」
我が子を称賛するように、自信に満ちた表情で優也の隣に並ぶひなこ。
「あんたまで……。とことんと呑気なものね。類は友を呼ぶとはこのことかしら」
この世界で誰よりも、この夢を叶えたいと願う二人が、誰よりも楽観的なのだから。
「これから協力してくあたしが、先が思いやられるわ」
「これからも協力してくれんのか?」
「かっ、勘違いしないでよねっ! 別にアンタのためじゃないんだから!」
わかってるっての。ひなこのためだろう。
しかしそれにしても意外。てっきり今回限りの、研究所本部壊滅までの協力とばかり思っていた。それが、今後も手を貸してくれるというのだから驚きである。
優也が言うのもなんだが、こんな夢を手伝いたいと自分から名乗り出る人が存在したとは。
「まあ、契約が切れた後のあたしが、どこまで力になれるか分からないけど」
「そんじゃ、また俺と契約するか?」
「それは遠慮しておくわ。レンタルは寿命を減らすのよ。もっと自分の命を大切にしなさい」
「俺のこと心配してくれんのか」
「ちっ、違うわよバカ! アンタが早死にしたらひなこが可哀想でしょっ! ただそれだけ!」
なんだそういうことか。
「それなら納得」
「…………」
優也のその一言に、カメリアは複雑そうな表情を浮かべていた。




