65話 命と引き換えに
キンッ! と。甲高い音が鳴り響く。
広いその部屋では、カメリアと白雪が睨み合っていた。
カメリアの後ろには、人をはるかに超える大きさの門。一人の少年が、一人の少女を救うために消えていった場所。
そこを、なんとしても死守しなければならない。
(あたしの命と引き換えても……)
「はあッ!」
カメリアは剣に込める力を強め、扇子ごと白雪を弾き飛ばす。
「それにしても、」
まるで何事もなかったかのように、きれいなフォームで着地してみせる白雪。
「私とのお別れの言葉なんて、爆発女でも身の程をわきまえてるってことかしら。意外」
「あら、雪女。あんたこそ、あたしの身の程を理解してるなんて驚いたわ。ま、でも当然よね、あたしがあんたに勝つのなんて」
「っ!」
安い挑発。それでも、プライドの高い白雪ならば乗ってくる。
カメリアの目的はあくまでもひなこ救出までの時間稼ぎ。白雪の気を百パーセント自分に向けておく必要があるのだ。
「串刺しにしてあげる!」
白雪は扇子を払い、鋭く尖った氷柱を出現させる。何十も。
次々も襲いかかる氷柱の雨に、カメリアは剣で弾き返していたが、
「……くっ!」
さすがに耐えかね、撤退。
「《炎壁 》」
しかし追いかけてくる無数の氷柱。盾に防ごうと炎の壁を出現させたが、
「きゃあッ!」
爆風を目前に、大きく後方に吹き飛ばされ、壁に当たって静止。
そこへ降り注ぐ氷柱の雨。
とっさに防御の炎の膜を作り出すも、止むことの知らない雨に耐えかね決壊。
しばらく振り続けた雨は、その場を砂煙で満たし、止んだ。
「さすがに死んだかしら。まあ、私の目的は石崎優也だし、先に行かせてもらうとするわ」
「待ち……、なさいよ……」
砂の煙が晴れ、そこから姿を現したのは、体に氷柱が突き刺さり、全身が血に染まったカメリアであった。
「行かせ……ないわよ、こっから先……は」
よろけた足取りで、カメリアは白雪と門との間に立つ。
「…………」
正直白雪には理解できなかった。馬鹿馬鹿しくも思えてくる。これほどまでに頑張ったところで何があるというのか。
「そんなに石崎優也のことが大切なの?」
「大切……。ええそうね、そうなんだと思うわ」
「なんで」
「本当はあたし、ここにはもういなかった。あの時に死んでたはずなのよ。でもユウヤが諦めなかったから、命をかけてまで助けてくれたから、あたしはここにいられる。生きれてる。そんなあたしが、あいつの力になりたいって思うのは当然のことよ」
「……私にはわからない」
「あんたも誰かに助けられたらわかるわ」
「なら一生分からないことね。だって私、貴女みたいに誰かに助けてもらうほど弱くないから」
「ふんっ、言ってくれるわね!」
カメリアは、剣を手に地を蹴る。
キンッ! と。
「そんな体で、あとどれだけ持つか」
「ええそうね。その間にアンタを倒せばいいだけの話!」
「それはどうかしら」
「……え?」
パキンッ……、と。カメリアの剣が折れた。
「っ!」
すかさずバックステップで、カメリアは白雪から距離を取る。
(そうか……)
カメリアは気付く。すべて白雪に仕込まれていたことを。
氷銀白雪の異名は、〈絶対零度の女王〉。
ここまでの戦いの中で少しずつ、しかし確実に剣を極限に冷やし、脆くさせていたのだ。
そして、最後のあの一瞬が来るのを白雪は待っていた。
「さて、武器を失ってもなお、私に勝てると言えるかしら?」
「っ……」
カメリアは折れた剣を虚空へ。
『美少女』が創り出した武器は、例え壊れてしまったとしても元どおりに修復することができる。だが、それには時間が必要だ。
そしてその時間は、今のカメリアには……。
(くそっ……!)
くらむ視界。
カメリアは頬を叩き、それを矯正する。
「例え武器がなくたって、アンタなんか楽勝よ! ーー《火矢 》!」
放たれる炎をまとった矢。
「私に異能力で勝負を仕掛けてくるなんて」
なんとも軽々と、白雪はその矢を掴んで凍らしてしまう。
属性云々の話ではない。そもそも、カメリアと白雪では、異能力の腕が違う。
カメリアは、剣術と異能力を駆使してし戦うスタイル。それに対し白雪は異能力のみで戦う。
そんな二人は、異能力への磨き上げたスキルが違う。
「だったらーー! 《炎球 》!」
上空へ向けて炎の球を放つ。それも一発じゃなく何発も。それらは放物線を描き、次々と白雪へと降り注ぐ。
「無駄」
だが、白雪は涼しい表情で、落下してくる炎の球を凍らせてゆく。
「《炎球 》! 《炎球 》‼︎ 《炎球 》ッ‼︎」
それでも構わず、カメリアは炎の球を放ち続ける。
「なに。気でも狂ったの?」
勝てない者の悪あがきにしても、見苦しい。正直見ている側が気分を害する。
それでも諦めることなく炎の球を放ち続けるカメリア。
やがて、辺り一帯の床は、凍った球で埋め尽くされていた。
「《炎球 》ッ! 《炎球 》ッ‼︎」
「………………」
はっきり言って、飽きた。
このまま彼女が体力を枯渇させ倒れるのを待つ道もあるが、それじゃあ面白くない。
「……もういい」
だから、終わらせる。
白雪の頭上に、細長い氷の槍が出現する。
もう一方の手で降ってくる球を凍らせながら、それを白雪は放った。
「グゥッ‼︎」
見事カメリアの右肩に命中。貫くと、そのままの勢いで彼女を押し、壁へと突き刺さった。
「…………」
少しばかりの静寂。炎の球が止んだからであろう。
氷の槍で、はり付けられた壁でもがくカメリアのもとへ、白雪は凍った球の上を歩いて近づいた。
「貴女の負けよ」
「さあ、それはどうかしら?」
こんな状況だというのに、カメリアは不敵に笑う。
「どういうこと」
「アンタ、あたしの気が狂ったとか言ってくれたわよね。あれの目的も知らないで」
「目的?」
あの結果、得た成果は、床一面を覆い隠す氷の球だけ。
(覆い隠す……)
まさかーー⁉︎
白雪は、とっさに足元に転がる球を蹴り飛ばした。その下に隠れていたのは、
「アンタの負けよーー《業火の一輪 》‼︎」
ゼロ距離での大爆発。
氷の球に隠れていたのは、床に描かれた《業火の一輪 》の紋章であった。
一心に、カメリアが《炎球 》を放ち続けていたのも、床の紋章に気付かれないようにするため。必ず、彼女ならば凍らせて氷の球へと変えると確信していたのだ。
「ゴホッ……、ゴホッ……」
さすがに炎の膜がカメリアを覆ってくれたといえど、さすがにエネルギーを込めすぎた。全力といっても過言ではない。
それに、《炎球 》を放ちながらの、《業火の一輪 》を仕掛ける作業。異能力の併用という高等テクニックのおかげで、残り体力はほとんどない。
「…………」
正直負け戦のつもりであったが、最後の最後で挽回することができた。
「これで、ユウヤも誉めてくれるかしらね」
さて、この氷を抜いて、二人のもとへ、
「ーーーーっ⁉︎」
その瞬間、カメリアは見た。ドス黒い煙が晴れる中から現れる、一つのクリスタルを。
そして絶望した。その氷のクリスタルの中から氷銀白雪が出てくるのを見て。
「あの程度で、この私を倒せたとでも」
無傷。彼女には傷一つどころか、ススの一つすらもなかった。
「……はっ。さすがは〈絶対零度の女王〉ね」
もはや笑いしか出てこない。
こんな相手に、一瞬でも勝ったと思った自分が馬鹿らしい。
「貴女も。よくその体で、あんな技を放てたわ。さすがは爆発女」
「っ!」
こんな安い挑発ですら、今のカメリアには突き刺さる。
「まあ、ずっとそこで貼り付けられてるといいわ。貴女にお似合いよ」
そのまま踵を返し、爆発の反動で一方が吹き飛ばされた門の方へと歩いてゆく。
「《火矢 》」
背後から、頬をかすめてゆく火の矢。言わずとも、カメリアが放ったものである。
「あたしを殺さない限り、何度だって邪魔するわよ」
彼はひなこの契約者だ。例え自分が死んだとしても、制約による存在抹消は免れるだろう。
先も言った、そして改めて実感した。これは負け戦だ。
「はあ……」
白雪は大層大きなため息をついて、その頭上に、前のものより一回り巨大な氷の槍を出現させた。
「じゃ、お望み通り」
そしてそれを放った。




