64話 後悔、そして
「…………」
また、こうなるのだ。結局、繰り返すのである。どれだけ覚悟したところで、与えられた運命は変えられないのだ。
もはや、優也が誰かに手を差し伸べる行為は、最悪の結末しか生み出さない。
(俺がひなこに協力なんてしなければ……)
後悔したって無駄だということに気付いていても、自分自身を心の底から憎んだ。
「ああぁあぁぁああああぁぁぁああぁぁああああぁぁあ‼︎」
ないた。ただただ、ないた。声が枯れても、ないた。
「次ハ貴様ノ番ダ」
「…………」
そっと、優也は腕からひなこをおろした。
近くにあった布を、傷口を隠すように、彼女の体に巻きつける。
「…………」
無言で七星を手に取り、立ち上がる。
優也は、笑みを浮かべる所長を睨んだ。
その瞳に宿るのは、殺意、の二文字だけだった。
「ソレヲ手ニシタトコロデ、貴様ゴトキニ今ノ私ガ倒セルト」
シュン……、と。
所長は違和感を感じ、言葉を止めた。
「ッ⁉︎」
腕が肩の部分でスパッと斬り落とされていた。
気付けば、そこにいたはずの優也が背後へと移動している。
「……誰が、貴様ごとき、だって?」
憎悪の双眸を所長へ向ける。
「貴様ァァアァアアッ‼︎」
伸ばした手で、優也の持つ七星を掴む。あれの動きさえ止めてしまえば、
「グッ⁉︎」
力づくで、指を押し斬られる。
「その程度で勝ったなんて思うなよ」
「ク……」
ならば、
「武器ヲ奪エバ終ワリダッ!」
残った親指と手のひらで七星を包み込む。そのまま伸びた腕を収縮させ、それを奪い取った。
刀を失った彼なんて、ただの人間同然。
「返せよ。それはオマエのじゃねぇ」
「グアァアアッ⁉︎」
七星を持った腕が宙を舞う。
なぜ? 武器を失ったはずなのにーー。
「アレハーーッ⁉︎」
七星が妖精のごとく空を飛び、優也の元へと戻って行く。その彼のかたわらには、もう一本の七星が宙に浮いていた。
「ナゼソレガ二本モ……」
「あ? 俺も知らねぇよ。てか、こっちが聞きてえよ。オマエ、研究所の所長だろ? それぐらい知っとけよ」
「キサ」
「喋んな」
「グウアッ⁉︎」
今度は右足首から先。飛んで来た七星が斬り落とす。
所長は片足を失い体勢を崩し、床へと倒れこむ。
「寝てんじゃねぇよ!」
脇腹を蹴飛ばされ、数回転がって仰向けで止まる。
「……てか、腕二本と足一本って、バランス悪いよな」
だから、
「グアッ!」
もう一方の足も斬り落とす。
「グ…………」
四肢を失った所長の周りには血の海が出来上がっていた。
「オイオイ。何先にくたばろうとしてんだ。オマエにはまだ死なれちゃ困るんだよ」
七星を一突き。また一突き。もう一突き。
「オマエにはな、ひなこが味わった、いや、それ以上の苦痛を味わってもらわねぇとな。割りに合わねぇだろ? こっからが本当の地獄の始まりなんだぜ? だから楽しめや」
うまく心臓を避けて、七星が体を貫き続ける。
そこにいるのは、人の皮を被った、ただの悪魔だった。
「ァ……ァァ…………」
何百回と刺されたことだろうか。所長の全身は穴だらけになり、血で真っ赤に変色している。
もはや、所長は虫の息だった。
「ーーアア? もう終わりか? んだよ。これじゃ、オマエの方が楽してんじゃねぇか」
「…………」
とはいえ、所長からの反応はない。
「……まあいいや。仕方ねぇ。最後は首でも落として死ねや」
七星を天に向け、それを振り下ろーー
「だめっ……だよ、ゆうや……くん……!」
「っ⁉︎」
背後に感じた感触。
振り下ろされた七星は、所長の首すんでのところで止まった。
「これ……以上、やったら……」
「ひな……、こ?」
どれだけ求めてもたどり着くことができないと思っていた声が、そこにはあった。
「わたしは……、こんな、ゆうや……くん、いや……だよ……。もとの、ゆうやくん……に、もどって……よ!」
「ーーーー‼︎」
【こんな優也くんは嫌だよ】
途切れ途切れではあったが、その一言が優也の心に響いた。
それは、さっき自分が所長へ言った言葉。
「……そう、だったな」
ひなこの敵討ちだと思っていたが、肝心の本人が嫌がることをしては意味がない。
「優也……くんっ!」
完全に自我を取り戻した優也に飛びつくひなこ。
「ひなこ、ごめん……。逆に心配かけちまった」
「ううん、ぜんぜん。だって、優也くんは、わたしのためを、思ってくれた、んだもんね?」
「それは……」
違いないが、他の誰でもないひなこ本人の口から尋ねられては、素直に首を縦に振れない。
「それより、ひなこは大丈夫なのか⁉︎」
体にあんな大きな穴があいてまで、立ってるどころか生きていることすら不思議でたまらない。実は夢ではないかと疑ってしまうほど。
「うん……、ちょっとクラクラ……」
「ーーおおい⁉︎」
言いながら、ひなこはその場から体勢を崩す。すかさず、それを、抱きとめる優也。
「本当に大丈夫なのかよ」
「……なんともないって言ったらうそになるけど、もうだいじょぶ」
優也の腕の中から自力で立ち上がってみせるひなこ。しかしその足取りは、どこかおぼつかない。
「……けどまぁ、ひなこが生きててよかったよ」
生まれて初めて、ここまで心の底から安心できた瞬間だった。
「死んだとおもった?」
「まあな」
あれだけ血を流して、体には風穴があいていたんだ。そう思って当然だ。
「こういうのもなんだが、よく生きてたよな。それも、『美少女』だからか?」
「それもあるよ。でも、一番の理由はこの傷が心臓に当たってなかったことだとおもう」
「そうなのか?」
「うん。あと少しでもずれてたら、わたしここにはいなかったはずだよ」
「…………」
ただの奇跡。偶然。
この世に神がいるのならば、感謝してもしきれないだろう。
「でも、わたしのことは心配しなくてもだいじょぶだったのに」
「というと?」
「制約の二番、おぼえてる?」
「二番?」
なんだったか。たしか……。
「自身より契約する美少女を先に死なせないこと、だったか?」
「そう。だから、もしわたしが死んじゃってたら、優也くん、存在が消されてたはずだから」
「俺の身に何も起きなかったから、その心配はいらなかったと……」
「そういうこと」
とはいっても、あんな状況でそこまで頭が回る人間は、そもそも心配などしていないのだろう。
(……ん? 待てよ)
よく考えてみれば、
「俺、カメリアとも契約してんだが……」
「カメリアちゃんと? あれ、でもわたしとも……」
「ああ。今の俺は『美少女』二人と契約できてる状況だ」
普通はあり得ないことだとカメリアは言っていた。
「やっぱりすごいね、優也くんは」
「へ?」
「だって、いろいろなことができるんだもん。うらやましいよ」
「……だろ?」
「うん!」
さすがはひなこだ。
「でも、その場合はどうなるんだろ」
「カメリアがいても、制約は破ってるしな」
「だよね」
うーん……、と二人で頭を抱える。
しかしこんな問題どうだっていい。ひなこが生きていてくれたのだから。
「ん? けど、それじゃ、あん時ひなこが俺に謝った理由は?」
「? あれ? あれはね、わたしが気絶したら、また優也くんに迷惑かけるかなっと思って」
「なんだよ」
ただそれだけだったのか。
途端馬鹿らしくなり、思わず優也はふき出した。それにつられるように、ひなこも笑う。
こんなときに、なんて思うかもしれないが、こんなときだからこそ、解放と安心感から、笑いをこらえられなかった。
ひとしきり笑った後、優也は目尻に溜まった涙を拭き取り、ひなこへ話しかけた。
「さっさと帰ろうぜ」
「うん」
こんなところに長居する理由はない。
「……の前に、ひなこ、服着替えねぇとな」
「あ……、そうだね。わたしの服は……」
周囲を見回し、
「…………あっ! あったよ!」
「おう、よかったな。そんじゃ、着替えたら行くか」
「うん」
例の機械についても後回しだ。今はひなこの身を最優先にすべき。
「所長は……」
「…………」
ふと立ち止まるひなこ。その視線の先には、血だまりの上で倒れている所長の姿が。
もう息をしている様子はない。
「……行こうぜ、ひなこ。『美少女』を操ってる機械のことはカメリアにでも聞きゃいいだろ」
「……うん。そうだね」




