63話 悲劇は繰り返される
音を立てて割れるアクリル製の水槽。排出される水とともに、ひなこが外へと出てきた。
「よっと……」
優也は、彼女の体を両腕で支える。
「ぅ……ぅぅ…………」
小さくうなりをあげて、重たそうなまぶたを開くひなこ。
「大丈夫か、ひなこ」
「……ゆ、ゆう、や……くん……?」
ゆっくりと、ひなこは優也の腕から起き上がる。
「ああ俺だ。気分はどうだ?」
「きぶん? うーんと……、悪くはない……かな?」
「そうか」
見る限り、そこまで顔色が良くないということもなさそうだ。
何をするつもりかは知らなかったし、考えたくもないが、研究所に何かされるより前に助け出せたと考えていいだろう。
「ここは?」
ひなこは辺りをキョロキョロ。まだ現状が掴めていない様子。
「研究所だ」
「けんきゅうじょ?」
そのフレーズを聞いて、ひなこの脳内に、これ以前の記憶が蘇る。
「わたし……、たしか部屋で優也くんの帰りを待ってたら誰かに襲われて……」
「ああ。氷銀白雪っていう『美少女』に襲われたんだ」
「ひがねしらゆき?」
「新鋭隊の第二部隊隊長だそうだ」
「第二部隊ってたしか、リーダー一人だけの部隊の? カメリアちゃんが言ってた、強すぎる『美少女』さん?」
「ああ、それが氷銀白雪だ。〈絶対零度の女王〉つう異名を持ってて、雪属性の異能力を使うらしい」
「雪属性?」
「変異能力っていう特殊な異能力なんだと」
「そんな『美少女』に襲われたんだねわたし……」
「まあ、落ち込むことはねぇよ。カメリアですら強敵だって言ってたんだし、隙を突かれたんだ。対処できなくて当然だ」
「はげましてくれてるの?」
「ま、まあ……」
「ふふっ。ありがと、優也くん」
「…………」
面と向かわれると、なんだかこっ恥ずかしくなってしまう。
「でも、ここに来るまでになにもなかったの?」
「何もって?」
「優也くんが無事ここにたどり着けたってことは、何事もおきなかったってことでしょ?」
「おい」
軽く馬鹿にされている気がするのは気のせいか。
「そんなことはねぇよ。俺だって研究所の所長を倒したんだぜ?」
「所長と戦ったの⁉︎」
ひなこは、予想もしなかった事実に驚きを隠せない様子。
見返してやった気分。今ばかりは性格が悪いと言われてもいい。
優也の視線を追うひなこ。その先には、床に座り込む男の姿が。
「優也くんは? ケガしてないの?」
「まあ……」
怪我を負うような戦いではなかった。というより、一発も攻撃を受けていない。
「俺は大丈夫だ。それより、本当にひなこはなんともないんだな?」
「うん。大丈夫だよ。ほら」
立ち上がって、ぴょんぴょんと飛び跳ねてみせるひなこ。さっきより顔色も良くなっている。
よかった、と心の奥底から安堵し、優也も立ち上がる。
「ほんとにありがとね、優也くん」
「ん?」
「助けに来てくれて。優也くんのこと信じててよかったよ」
「礼を言われるようなことしてねぇよ。当たり前のことをしただけだ」
彼女と知り合ったからとか、契約者だからとかじゃない。これは、それ以前のこと。
「帰ろうぜ、ひなこ」
「うん!」
二人の家へ。
「あっ、でも、所長はどうするの?」
「そうだな……。カメリアにでも任せるか。俺らじゃどうにもできないしな」
「カメリアちゃんも来てるの?」
「実はあいつにも協力してもらってな」
優也一人でここまで来れたなら格好もついたのだろうが、それは不可能に等しい。
「俺を先に行かせるために、あいつは、氷銀白雪の足止めをしてくれたんだ」
「えっ⁉︎じゃあはやく助けに行かないと!」
慌てて走り出そうとするひなこを、優也は呼び止める。
「その前に、『美少女』を操ってるとかいう機械を破壊しておきたい。あれがあるとないでは、これから先変わってくるだろ?」
「でも、カメリアちゃんが……」
「俺はカメリアを信じてる。あいつなら大丈夫だってな」
「……そうだね」
ひなこが優也を信じていたように。
彼女なら大丈夫だ、きっと。
カメリアの足止めが無駄にならないように、優也たちは自分たちがやるべきことを優先しなければならない。
「でも、その機械ってどれなんだろ?」
「ここにあると思うんだが……」
なにせ、見渡す限り機械機械機械。存在する機器の数だけでも数え切れないほど。
「あっ、七星も持って帰らないと」
「そうだな」
こうなれば、
「ここにある機械全部壊すか」
「それが一番いいかも」
そのためにも七星が必要。
それが入った水槽を破壊しようと手を差し出すひなこ。
ーーーーーー
その時、背後から聞こえた物音に、二人は後ろを振り返る。
さっきまで床に尻を落としていた所長が立ち上がり、こちらを見つめていた。その表情は、どこか笑みを浮かべており、不気味そのものだった。
「おい、動くなよ。変な真似したら」
「変な真似をしたら?」
彼の手には、白い石と、様々な色をした石が持たれている。
「『結晶』と『原石』……」
ひなこが、そう呟く。
白い石が『結晶』で、もう一方の綺麗な石が『原石』であろう。
いや、そんなことより、
「何するつもりだ」
次の瞬間、
「なっ⁉︎」
所長は、その二つを口に入れ、呑み込んだ。
「アアァァアァァア……」
人間とは思えない声で、低く唸りだす所長。
再び、優也とひなこへ視線を向けたその目は、真っ黒く染まっていた。
「なにをーー」
はるかに人の動体視力を超えた速度で、優也の横を何かが通りすぎた。
それが、伸びた彼の腕であることを認識したのは、全てが終わった後だった。
「………………」
その伸びた腕は、ひなこの胸へ突き刺さり、赤黒い液体が、床へと垂れ落ちていた。
あまりにも一瞬の出来事に、彼女も、自身の身に何が起きたのか理解が追いつかず、
「ゆう、や…………グぅッ‼︎」
目を見開いたまま自分を見つめ固まる優也の姿に首を傾げたところで、ひなこは口から血を吹き出した。
そんな光景を前に優也は唖然としたまま、
「グルァァア‼︎」
「ぐァッ‼︎」
ひなこは所長の伸びた腕に持ち上げられ、七星の入った水槽へと叩きつけられた。その反動で、あれほどに硬かったはずの水槽はいとも簡単に割れ、中から水と七星が流れ出る。
「ーーひなこッ⁉︎」
そこまで起きてやっと優也は現状を把握でき、割れた水槽の中に埋もれるひなこのもとへと走り寄った。
「おい!ひなこッ‼︎」
胸には十数センチはあるだろう風穴があき、そこからは止まることの知らない血液があふれ出ていた。
「ゆ……や、くん……」
「いいから喋るな」
ひなこが話すごとに、血が溢れて出てくる。
「どうやりゃ止まんだよ……」
あいた風穴は、手のひらでやっと塞げるほど。しかし、次々と出てくる血の勢いは止まらない。
「クソ……。クソッ!」
いい方法が思いつかない。だから焦る。さらに頭が真っ白になる。ゆえに、何も思いつけない。
負の連鎖だった。
「っーー」
ふと、ひなこが手を握った。
「ごめ、んね……」
そして、その言葉を最後に、ひなこはまぶたを閉じた。
「ひなこ? ひなこ⁉︎ おい!ひなこッ‼︎」
華奢な体を乱雑に揺さぶり、小さく可愛らしい顔を叩くも、彼女からの返事はない。いや、体そのものから力がなくなっていた。




