61話 別れの言葉
何段も続いた長い長い階段を降りきると、そのには長い長い廊下が待っていた。
上の階とは違い、廊下の両側には部屋はなく、真っ白な壁が永遠と続いている。
その中を、優也とカメリアは並んで歩き進む。二人とも緊張からか、一言も話さず無言であった。
やがてたどり着くは、ひらけた部屋のような空間。かなりの面積がある。その空間の突き当たりには、人の大きさを軽く超えるほど巨大な一枚の扉。というより、門のように見える。
「ひなこはあの奥ーー」
「ユウヤッ‼︎」
優也は突然カメリアに突き飛ばされる。
そこに、
「なっ⁉︎」
人と同じほどの氷柱が突き刺さった。
カメリアに助けられなかったら、今ごろ串刺しコースだったろう。
「さすがは第一部隊のリーダー。突然の奇襲でも反応できるのね」
静かな、どこか冷たさを帯びた声が、どこかから聞こえてきた。
その声は、床に突き刺さった氷柱の上。そこに、少女が立っていた。
深い緑色した瞳を持った、雪よりも白い髪を肩で切り揃え、雪結晶をあしらったヘアピンを付けた少女。その手には、雪の模様が描かれた一枚の扇子が持たれている。
「氷銀白雪……」
「こいつが……」
雪属性の特異能力を持った『美少女』、第二部隊のリーダー。ひなこを襲撃し、あんな目に合わせた張本人。
「テメェ……」
怒りに支配された優也を、そっと止めるカメリア。
「ここはあたしに任せて、ユウヤは先に行きなさい」
「なに言ってんだ、お前を放っていけるか。俺も戦う」
「ダメよ。はっきり言って足手まといよ」
「…………」
そんなことはとうの昔から分かっている。
そしてそれが、彼女なりの優しさであることも分かっている。
しかし、この判断力と決断力の良さ。
最初からカメリアは白雪が奇襲を仕掛けてくることも、優也を先に進ませ自身が白雪の足止めをすることも予定していたのだろう。
そこまで考えていた彼女の計画。それを無下にすることはできない。
なにより、彼女が言った通り、優也がここに残ったところで何ができるというわけではない。むしろ、守りながら戦うという高度な戦闘をカメリアに強いてしまうことに同じだ。
「勝てんのか、あいつに」
「ふんっ。愚問ね」
カメリアは、軽く鼻で笑い飛ばす。
「ユウヤこそ。アンタの手に、ひなこの命もかかってるんだから。絶対やられたりなんかするんじゃないわよ。そんなことになったら、あたしが承知しないんだから」
「もちろんだ」
必ずひなこは助け出す。だから、
「お前も絶対に勝てよ」
「当たり前でしょ。このあたしを誰だと思ってるのよ」
優也とカメリアは顔を見合わせる。
「…………」
無言で頷いた。それが合図。
「おらあッ!」
学校の体力測定ですら出したことのない全力で、優也は奥にある門に目掛けて走り出す。
「させない」
すかさず白雪が、持っていた扇子を横へなぎ払う。そのあとを追うように次々と出現するは、鋭く尖った氷の塊。
それは、白雪の扇子の動きに合わせて、走る優也に向けて放たれる。
「《火矢》!」
カメリアが射った火の矢の全てが、それぞれ氷の塊に直撃。鎮火する。
「絶対零度の名も伊達じゃないってことね……」
だがしかし諦めるわけにはいかない。
「これならっ! ーー《炎壁 》!」
優也を狙う氷の塊と彼との間に、一枚の猛火の壁が現れる。そこへ飛び込む氷の塊。
途端、ボォンッ! と大爆発を巻き起こす。
「ぐあっ⁉︎」
衝撃で前のめりになった優也は、爆風で前方へ吹き飛ばされる。
地を転がり、彼の体が止まったのは、門の前だった。
「結果……オーライってか……」
負傷した代わりにルートを短縮できた。
これは、果たして喜ぶべきなのか。
そんなことに頭を使っている余裕なんて、今の優也にはあるわけもなく。
「ユウヤ!」
「? うおッ!」
呼ばれて反応した顔のすぐ前を、鋭い氷が通り過ぎ、石でできた壁に突き刺さった。メキメキ……、とそこを中心にして、壁に深いヒビが刻まれる。とても氷でできているとは思えない硬さ。
(これが人の体だったら……)
そんなことを考え恐怖に怯える優也の視界の端で、扇子を振る白雪の姿が映る。
出現するは、鋭利な氷の塊、氷柱である。
「させない! ーー《炎球 》!」
横合いから白雪に向けて一直線に飛んでいくのは、カメリアが放った炎の球。
「邪魔」
優也へ向けていた氷柱を、白雪は炎の球目掛けて放つ。
ゴオンッ! と。爆発による衝撃と爆風。
「きゃあッ!」
それにまともに巻き込まれたカメリアは、大きく後方へ飛ばされる。
「カメリア!」
「あたしのことはいいから! アンタは全力で走りなさい!」
もうもうと立ち込める煙の中から声だけが聞こえてきて。
「…………」
迷っている間にも、白雪は優也を狙おうとしている。
「カメリア! 信じてるからな!」
それだけを言い残して、優也は門を開け放つ。そして中へと走り込んだ。
「はあ……」
獲物を仕留め損ねた白雪は大きくため息を吐いて、今まで乗っていた氷柱の上から飛び降りる。
「まあ、追えばいいだけの話」
「そうはさせないわよ」
いつのまにか、カメリアは門の前へと移動していた。
「そろそろ、自分の身の程をわきまえた方がいいと思うけど」
「おあいにく様。あたしには諦められない理由があるのよ。だから、ここからは一歩も通さないわよ」
「そ」
興味なさそうに、白雪は、とても冷たい、短い返事をした。
「ああ、そういえば、ちゃんと彼とのお別れの言葉は済んだ?」
「ああ、そういえば、アンタとの別れの言葉が終わってないわ!」
奥に、優也、そして、ひなこがいる。その門を背に、カメリアは剣を構えた。




