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美少女はじめました  作者: 針山田
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60話 ひなこ奪還作戦開始


 いつぶりか。

 ひなこと来た研究所の入口へ向けて、カメリアと歩いている。


「ほんとに真正面から行く気か?」

「当たり前でしょ。なに、もしかして怖いの?」

「じゃなくて、正気か?」

「正気中の正気よ。なんなら、アンタはここに残ってて構わないわよ」

「ちょ、置いてくなよ」


 ひなこといいカメリアといい、もう少し作戦を立てて行動した方がいいのではないだろうかと思う。

 それとも『美少女』は、戦いに自分の命をかけているという自覚が薄いのだろうか。

 あと、怖くないのだろうか。


(俺は怖いけどな……)


 正直逃げ出したい気持ちが満々だ。


「てか、真正面から入るって、俺は二重結界の中に入れないんじゃないのか?」


 カードキーを持たない優也だけ、誰もいない結界の外なんて嫌だぞ。


「それなら、はい」


 カメリアから手渡されたのは一枚のカード。


「これってもしかして……」

「そ。二重結界に入るためのカードキー。念のために、アンタらのデータを入力した物を作っておいたのよ。けど、ひなこの分は必要なかったわね」


 きっと彼女は、すでに二重結界の中にいるのだろう。


「ま、こうしてカードキーを作れたのも、あたしが研究所に騙されていたからでしょうね。最初から手のひらで踊らされてたってわけ。ほんと腹が立つわね」


 カメリアは、所長を見つけ次第容赦なく斬り殺してしまいそうな勢いだ。プライドが高い彼女だけに、利用されていたことへの怒りも相当なものだろう。

 前にひなこと入った研究所の入り口をくぐれば、そこはーーーー


「ーー……あれ? 変わんねえぞ?」


 真っ直ぐに伸びた廊下。その両側にはガラス張りの部屋がいくつもあって、部屋の中には実験で使う様々な器具が置かれていた。後ろも、ドアの向こうに路地が見えている。

 あの時となんら変わらない風景。


「なにを期待してたの、アンタ」

「いや、二重結界っていうぐらいだから」

「あのね、そもそも結界が現実世界そっくりなんだから、二重になっても変わんないわよ」


 それもそうか。ほんと何に期待をしていたのだろうか。恥ずかしい。


「でも人もいないのも変わらないのか?」

「それは普段とは違うわね。二重結界の中では、研究所で働く研究員たちが大勢いるはずよ」

「でもいないぞ?」


 辺りに人影は一つもない。まるで世界に優也とカメリア二人しか存在していないような感覚。ひなこがいるという事実すら怪しくなってくる。


「もしかして、二重結界に入りそこねたとか?」

「それはないわ。ここは間違えなく二重結界の中よ」

「ならどうして誰もいない」

「簡単なことよ。あたしたちが来ることがわかってたから避難させたのよ」

「避難って」

「研究員みんな。おそらく『美少女』も」


 そういえば、研究所は日本だけでもいくつかの支部があるんだったか。そこに全員を逃したというわけか。


「ということは、ここに残ってんのは?」

「所長とひなこ。それから、氷銀白雪の三名でしょうね」


 襲撃されることがわかっていて、彼らが逃げなかった理由は、きっと勝利を収めることを確信しているからなのだろう。


「そんで、そいつらはどこに?」

「多分こっちよ。着いてきて」


 どっかの誰かさんと違い、足取りに迷いがない。これなら案内される側も安心だ。


(いつもだったら、ひなこ、くしゃみしてるかもな)


 そんな冗談を考えながら、優也はカメリアの後をついていく。


「それにしても、アンタ、ほんと変わってるわよね。『石裂き』なんて力持ってるし、二人の『美少女』と契約できるし」

「別に望んだわけじゃねぇけどな」


 ひなこと出会って、『美少女』という存在を知り、初めて認識できた本当の自分という存在。

 これがいつからそうであったのかも知らない。そもそも、これだけなのかもわからない。

 そう考えると、平凡で普通の人間と思い生きてきた十六年間、全部が偽りであったかのように思えてくる。


「…………」

「なあにしょげた顔してんのよ」

「だって、俺が人間じゃないみたいでな」

「それを言ったらあたしたちだって普通の人間じゃないじゃない」

「でもそれは『結晶』があるからで」


 対する優也には何もない。そういう媒体がなく、超常的な力を持っているのだ。


「なに言ってんのよ。『結晶』があっても、あたしはあたし。『結晶』がなくても、ユウヤはユウヤでしょ。それでいいんじゃないの。違う?」

「…………いいや、違わねえな」


 例え不思議な力を持っていようと、例え人間でなかったとしても、それで石崎優也が嘘になるわけじゃない。自分は自分だ。

 そのことに、カメリアは気づかせてくれた。


「ありがとうな」

「べ、別に感謝されるようなことじゃないしっ」


 照れ隠しか、カメリアは早口で言ってそっぽを向いた。


「それに、その力のおかげで、アンタの好きな人の力になれるんでしょ」

「だから好きってわけじゃ……」


 この話題の時、決まってカメリアは悲しそうな顔をする。なぜなのだろう。

 そんな会話をしている間に、優也たちは一枚のドアの前にたどり着く。


「ここって……」


 優也はそこに見覚えがあった。

 前回ひなことここへ来た時に、門番遥の奇襲を受け、ひなこのおかげで一人逃げることのできた優也が逃げ込んだ部屋。それは、その部屋へのドアだった。


「所長室よ」

「所長室……」


 あの時は気がつかなかったが、ドアには小さな文字で、そう書かれていた。

 どうりで優也についての書類などが置かれていたわけだ。所長室ともなれば、そういう類の物が保管されていても不思議ではない。


「こん中にひなこが?」

「いいえ。あの子はもう少し先にいるわ」


 言って、カメリアはドアを開く。

 部屋の中は前とほぼ変わらず、周りが白い壁でできており、事務机とソファ、壁に沿って置かれた棚にはファイルと書類がいくつも立てかけられている。

 この間来た時より、部屋が片付いているように思える。机の上にも書類などは置かれていない。


「ひなこは少し先って言ったが、この部屋で行き止まりだぞ?」

「見せかけだけわね」

「見せかけ?」


 それはどういう意味なのか。

 歩き出すカメリアを見ていれば、事務机へと移動し、引き出しを開けた。そして、中にあった小さなボタンを押す。

 瞬間、


「これは……」


 ゴゴゴ、と地鳴りのような音を立てて、壁に置かれた棚の一つが横へスライドする。

 そしてその陰から、下へと降りる階段が現れる。


「こんなもんあったのか」

「気づかなくて当たり前よ。その仕掛けのことを知ってるのは、研究所の中でもごく一部の人だけだから」

「じゃあなんでカメリアは知ってんだ?」

「あのね、あたしはこの研究所直属の部隊のリーダーなのよ。ある程度の秘密については知らせられて当然でしょ」

「それもそうだな」


 新鋭隊は研究所を守る組織。その構成員たちが、研究所のカラクリを知らないでは済まないことも多いだろう。


「この先にひなこが……」


 そのことを再認識すると、改めて緊張が優也の中を駆け巡る。

 カメリアがいるといえど、この作戦が失敗すれば、優也もカメリアも、そしてひなこも……。


「緊張してんじゃないわよ!」


 呆然と立ち尽くしていた優也の背を、カメリアが押す。


「うぉっ⁉︎」


 その反動で、一歩、二歩と、足が階段へ近づく。


「突き落とす気かっ」

「このくらい踏ん張りなさいよ。アンタはひなこを助けるんでしょ」

「…………」

「ほら、行くわよ」


 優也の横を通り過ぎて、カメリアが階段へと足を踏み出した。


「大丈夫よ、ユウヤなら。このあたしが保証してあげる」

「……珍しく嬉しいこと言ってくれるんだな」

「ふ、ふんっ。ひなこを助けるためだから。アンタのためじゃないわよ」

「そうかい」


 ならば、そういうことにしておこう。


「ひなこ奪還作戦の開始よ!」

「ああ!」


 優也もカメリアに続いて、階段へと足を一歩踏み出した。

 待っているだろうひなこを取り戻すために。

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