55話 予想もしていなかった事実
研究所本部壊滅のためにも、確認しておくことがある。それは、研究所本部を襲う過程で避けることのできない、必然的な戦い。
「研究所の所長? そいつって、『美少女』だったりするのか?」
「いいえ、所長は普通の人間のはずよ。たしか、おっさんだったかしらね」
「えっ⁉︎ そうだったの?」
「ええ。まあ、ひなこが知らないのは当たり前よね」
彼女はカメリアとは違い、居住区から出たことがないというのだから。
「俺でも敵いそうなやつか?」
「どうかしらね。おっさんって言っても、研究所の所長を務めているぐらいだから。それなりの武術は身につけているはずよ」
「そうか……」
若さではどうにもできないこともあるということか。
「わたしだったら?」
「アンタは『美少女』でしょ。それに、このあたしを負かしたっていうのよ。ただの人間相手に負けたりなんかしたら承知しないわよ」
「? わたしのほうが強いってこと?」
「…………」
悪いな、カメリア。うちの娘は物分かりが良くなくてな。
「まあ、どちらにせよ、研究所へ侵入するための方法だよな」
これについては、優也に考えがある。
「研究所に張られた二重結界の中に入るには、カードキーが必要だって門番から聞いた」
「ええ、そうよ。ああ、そういえば一つ伝えておくのを忘れてたわ」
「なんだ?」
「ひなこが無くしたっていうカードキー、あたしが回収して研究所に渡しておいたわよ」
「おまっ……!」
しかし誰にも彼女を責めることは許されない。研究所に操られていた故に、カメリアがとった行動は当然のものだ。
だが、優也が腹を立てているのはそこではない。
責められないと分かっているからこそ、悪びれる様子を微塵も見せない彼女の態度に、優也は怒りを覚えているのだ。
……まあ、いい。今はそんなことに時間を費やしている場合ではない。
「カメリアちゃんがひろっててくれたんだね! ありがとう! 助かったよ。見つからなかったらどうしようって心配だったんだあ」
だというのに、どうしてひなこはこれほどまでにカメリアへ感謝を表しているのだろう。
「その二重結界に俺らが入る方法なんだが」
「先に言っておくわ、あたしのカードキーを使おうとしてるんなら無駄よ」
「…………」
図星。まさしくその通りの方法を考えていた。
「なんで無理なんだ?」
「あのカードキー、登録された人しか結界の中へ入れないようになってるのよ。だから、あたしのカードキーを使ってもアンタ達は二重結界の中に入ることはできないの」
そんな、まさか……。
「なら、俺らはどうやって研究所の内部へ行けばいいってんだ」
「あたしにいい方法があるわ」
「ほんとか⁉︎」
藁にもすがる思いだった優也は、カメリアの提案に、内容も聞かず飛びつきそうになる。
「どうやるんだ?」
「あたしがもう一度研究所の『美少女』に戻るの」
「…………は?」
聞いて、先の勢いを抑えておいてよかったと心の底から思った。
研究所の『美少女』に戻る。それはつまり、数時間前までの、優也、ひなことカメリアの関係に戻るということ。命をかけてまで、カメリアを救い、『美少女』から人間へ戻したことが無駄になるということ。
そんなことあってはならない。なにより、優也が許さない。
そもそも、
「『美少女』に戻るてなんだ。『結晶』は俺が破壊したんだぞ?」
『結晶』を失ったカメリアは、普通の人間へと戻った。そんな彼女が再び『美少女』に戻ろうなど、
「もう一度『結晶』を埋め込むのよ」
そういう方法以外あり得ない。
「そんなことできんのか?」
「あたしがアンタたち、まあ特にアンタ」
カメリアが指差すは、優也。
「わかりにくいから名前で呼べよ」
「い、いやよ、そんなの……」
「むしろ俺からのお願いだ。名前で呼んでくれ」
じゃなきゃ、話が頭に入ってこない。アンタ、という二人称じゃ、誰のことを指しているのか全くだ。この場じゃ、ひなこと優也ぐらいしかいないので、話の流れから理解できるが、もっと人数が増えれば、頭を悩ませることになる。
「なあ⁉︎ なんでそんな……」
しかし、いったいなぜカメリアはこれほどまでに頬を真っ赤に染めているのだろうか。
「ダメか?」
「だめ……ってわけじゃ……。むしろあたし的には……」
「? なんだって?」
「なっ、なんでもないわよ! 呼べばいいんでしょ呼べば!」
「ああ、ありがとう」
そうしてくれると非常に助かる。
「……ゆ、……ゆゆ、ユウヤ……」
「いや、別に下の名前じゃなくても」
「ーーっ⁉︎」
瞬間、マグマのように、カメリアの顔面が赤く染まった。
「あ、ああ、あアンタが呼べって言ったんでしょ‼︎」
「いや俺が言ったのは名前で呼べってだけで、上の名前って意味だったんだが」
「う……、ううっさい‼︎」
だからクッションを投げるな。
「まあ、俺が言ったってことでいい。いいから、話の続きを頼む」
「……ふんっ」
飛んできたクッションをカメリアへ投げ返す。
「研究所からユウヤの捕獲を命じられた時に、もしも『結晶』が壊されてしまったら、っていう説明を受けたのよ。それによれば、『結晶』は壊されても、また埋め込めば『美少女』としての力は取り戻されるらしいわ」
「そんなことが……」
それが事実なら、優也たちが必死こいて『美少女』を人間に戻したところで、研究所が再び『結晶』を埋め込めば、優也たちの努力は水の泡になるということ。
しかしここで疑問。
「なんでそんなことわかんだ? 『結晶』は一度埋め込んだら壊すことはできないんだろ。なのに、壊された時の対処までできてるって……」
考えたくない答えしか浮かんでこない。
「多分、ユウヤが想像してるようなことはないと思うわよ」
「へ?」
「研究所には優秀な研究者が数多くいるの。その中でもずば抜けた才能を持つ研究者がいるわ」
「もしかしてチャーとかいうやつか?」
「そ。知ってたのね」
「研究所に見っけた書類にな」
優也の『石裂き』について調べているのも、そのチャーとかいう研究者のようだ。
「彼の手にかかれば、おそらく実験せずとも、その程度の予測は出来ると思うわ」
「そういうことか」
優也の力のせいで、罪のない『美少女』が傷ついたわけじゃないと知り、ほっと胸をなでおろす。
「でも、人間に戻しても『美少女』に戻れるのは困ったな」
「けど、少なくとも、今回に限っては助けられるわ。あたしの作戦に利用できるんだもの」
「カメリアが『美少女』に戻るとかいうやつか?」
「ええ」
「一応内容を聞かせてくれ」
是非を判断するのはその後だ。
「このままあたしが研究所へ帰って、再び『美少女』へ戻るのよ。そうして、もう一度ユウヤたちを捕まえるチャンスをもらうの。こうすれば、アンタたち二人に新たな危機が訪れることもないし、研究所内部の事情を知ることもできる。ついでは、二重結界へ侵入するための方法を探ることだってできるわ。一石二鳥どころか三鳥よ」
なるほど聞くだけなら名案だ。
だが、
「俺は反対だ」
「なんでよ」
「お前が俺らに協力していると気づかれたときのことを考えれば、あまりにも危険すぎる。それ以前に、お前が『美少女』になりゃ、また研究所に操られて俺らの敵に戻るだけだろ。今話した計画が実現できるとは思えねぇ」
研究所へ戦力を送るようなもの。自分で自分の首を絞めている。
「ひなこもそう思うだろ?」
「わたしはカメリアちゃんの作戦に賛成だよ」
「おい、なんでだよ」
まさか彼女が、こんな無謀とも言える作戦に乗ってくるとは考えてもいなかった。
「またカメリアが敵になるんだぞ」
「それなら大丈夫だよ。カメリアちゃんなら、『美少女』になっても、わたしたちの味方でいてくれるよ」
「なんで言い切れんだよ?」
「? 優也くんがいるからだよ」
「は?」
全く意味がわからない。自分がいたら、なぜ、カメリアは研究所からの操りを受けず、味方のままでいれるというのだろうか。
当の本人、カメリアへ確認しようと彼女の方を見やれば、
「ーーーーーー」
真っ赤な顔して、下をうつむいていた。
なにやら、何かに悶えている様子。一体何に対してかはわからないが、こんな状態の彼女に話しかけても正確な回答は返ってこなさそうである。
「まあ、ひなこが大丈夫だって、そこまで言うんなら、俺も賛成して構わねぇけど」
「だって、カメリアちゃん、よかったね!」
「へ?」
やっと気を戻したカメリア。
「優也くんも、カメリアちゃんの作戦に協力するって」
「そ、そう? ま、まあもちろんよね。あたしが考えた作戦なんだから」
いや、実際のところ今でも反対ですけどね。
「ただ、危険だと思ったら、逃げること。自分の身を一番に考えてくれ」
「当たり前でしょ。ユウヤなんか助けてやらないわよ」
「そうかい」
しかしそれでいい。人の命よりも自分の命の方が大切なのだから。




