50話 ひなこ<カメリア
「ただいま」
「ただいまー」
優也に続いて、ひなこが玄関を上がる。
「ほらほら、カメリアちゃんもどうぞ」
ドアを入ったところで立ち止まったままのカメリアに、手を差し伸べるひなこ。
「一人で上がれるわよ」
靴を脱ぎ、廊下へ一歩。
「お、おじゃまします……」
正直なところ、カメリアならばずかずかと家に入っていきそうな印象だったが、一瞬ためらったり、きちんと挨拶をするあたり、優也が抱くカメリアのイメージとは違っている。
「んじゃまあ……」
その時、ぐぅぅ…………、と。
一体何度聞いたことだろうか、この大地を揺るがすような腹の音を。
「ひなこ」
「えへへ、おなか空いちゃったよ」
「積もる話の前に、晩飯にするか」
いつもより少し早いが、ここにいる三人は、現実世界より多くの時間を過ごしていたわけで。
「ひなこ、そういやこの前抽選で当てた牛肉あんだろ。あれで焼肉作ってやるよ」
「ほんとに⁉︎ やったぁ‼︎」
今日はひなこには頑張ってもらった。少しばかりのお礼を兼ねて、豪華な飯を作ってやろう。
「カメリアも、それでいいか?」
「あたし⁉︎」
「カメリアちゃんも焼肉好きだよね?」
「いや、あたしは……」
「あれ? もしかしてきらい?」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ焼肉できまりだよ!」
半ば押し切る形で決定。
「やっきにく! やっきにくー!」
大好物を前に、はしゃぐひなこ。
そんな彼女を横に、カメリアは優也のもとへ歩み寄る。
「いいの? あたしも」
「いいんじゃねぇのか、別に」
「でも、あたしはアンタ達にひどいことをしたのよ。そんなあたしに良くしてもらう権利なんて」
「だが、それは研究所に操られてのことだろ。ひなこ言ってたぞ、カメリアは優しいやつだって、そんなこと望んでるわけじゃないって」
「そんなことを……」
「それともなにか。なんかやましい事でもあるのか?」
「それはないわよ」
「だったらいいじゃねぇか。ひなこだってあんなに喜んでんだ」
「あれは好きなものが食べられるからじゃないの」
「それもあるだろうが、一番の理由は、久しぶりに友だちと一緒にいられるからだと思うぜ。まあ、どうしても気がのらねぇってんなら、ひなこのためだと思って、少し付き合ってやってくれ」
「アンタは……?」
「は?」
カメリアの唐突な質問に、優也は首を傾げた。
「アンタはあたしのこと、嫌ってないの?」
「嫌う? もしかして、ひなこをあんな目にあわせたからか?」
控えめに首を縦に振るカメリア。
「別に嫌ってはいねぇよ」
「じゃあ怒ってないの?」
「……別に。全部お前の本心だったってんなら別の話だが、研究所に操られてのことだしな。お前に腹を立てるのはおかしな話だろ」
ただ許せるかと問われれば、それも違うのだと思う。
「…………そう」
短く返事。次にカメリアが顔を上げた時は、すでにいつもの彼女へと戻っていた。
「わかった。アンタに言われた通り、ひなこのおもりを任されてあげるわ」
「おもりって」
まあ、今のひなこを見ていれば、その表現も間違っていないように思えてくる。
「ほら、ひよこ」
「ひなこだよ! カメリアちゃん!」
「どっちでもいいでしょ」
「よくないよ!」
「久しぶりに遊んであげるわ」
「ほんと⁉︎ なにしてあそぶ?」
「そうね……」
カメリアといると、さらにひなこが幼く見えるのは気のせいなのだろうか。
ふと優也は思い出す。
「あ、そういや、カメリア」
「なにかしら?」
「服、とりあえず貸してやるから着替えろよ」
「……そうね」
自身の着ている制服に目を落とし、カメリアはそれが、あまりにも部屋着には似合わないことに気づいた。
優也は一度部屋を移動して、ひなことカメリアのいるリビングへと戻ってくる。
「悪いな。今手元にあったのが、ひなこの服だけなんだ。これでもいいだろ」
それはこの間ひなこへ買ってあげた服。部屋着ではないが、制服よりはマシだろう。
「わたしはいいよ」
「ええ。借りるわね」
…………………………
「……あっち向きなさいよ、変態」
「あ、ああ、悪い」
慌てて後ろを振り向く優也。
しばらくして、優也は声をかける。
「どうだ? 着れたか?」
「え、ええ……、まあ……」
ずいぶんと歯切れの悪い言葉。
「振り返るぞ?」
「いいわよ」
そこには、優也が貸したひなこの服を着たカメリアが立っている。その表情は、どこか困っているように感じられた。
「なんかあるならはっきり言ってくれよ」
「じゃあ遠慮なく言わせてもらうわね」
「ああ」
「この服、胸がきついんだけど」
「ーー⁉︎ 胸が⁉︎ きつ、い……?」
つまりは、ひなこよりカメリアの方が胸がおおーー。
「………………」
胸に手を当てたまま、硬直するひなこ。その目尻からは、かすかに涙が流れ出ていた。
「カメリア、この件については触れてやるな……」
「ええそうね。あたしも無神経だったわ……」
慰めも今の彼女には、かえって傷をえぐってしまうかもしれない。
(そっとしておいてやろう)
きっと時間が解決してくれるだろう。
そう信じ、優也はひなこが楽しみにしている晩飯の準備に取り掛かろうと移動を始めた。
門番遥とカメリア・フルウ。
これで二人の『美少女』を、元の人間に戻すことができた。ひなこの計画に協力してから何日が経過しただろうか。このペースでいけば、目的を果たすまでに何年かかることやら。
決して順調とはいえない。でも、これでいい。焦らず気長にやっていこう。
「ーーーー?」
途端、くらりと、視界が歪んだ。そのまま、ばたり、と。
「優也くん⁉︎」
「ちょ、ちょっと⁉︎」
慌てたようなひなことカメリアの声。それはずいぶんと遠くで聞こえた気がした。




