45話 むしろ男の娘である需要
翌日。
学校へとやって来た優也は、ホームルーム教室へと入った。
「おはよう」
「あ、おはよ、優也君」
「お前はいつも早いな、冬野」
「朝練があるからね」
「そういやそうか」
冬野はテニス部に所属している。ちなみに、一年生の時点で部長候補になるほど上手いらしい。らしい、などと曖昧なのも、優也が実際に冬野のテニスを見たことはないからだ。彼がテニス部であることを知ったのも、この間のことだ。
「ところで優也君。どうしてブレザーなんか持ってるの?」
「あ? これか?」
優也の腕には学校指定のブレザーがかけられている。
すでに六月も過ぎ、冬服から夏服への移行期間も終了している今、冬服のブレザーを着ている生徒はもちろん、所持している生徒すらもいない。
今日に限って気温が低いとかいうわけでもない。むしろ、本日の気温は平年より高めだと今朝の天気予報で言っていた。
ならば、今日、優也がブレザーを持って来た理由は、なんなのか。当然訳があってのことだ。
「冬野に着てもらおうと思ってな」
「僕に?」
「ああ。裸にブレザー。需要あるだろう?」
「ゆ、ゆゆゆ、ゆ優也君っ⁉︎ なな、ななに言い出すの急にっ!」
赤面する冬野。これはこれで需要ありそうだ。
「あれ? なかったか?」
「なないよっ! 僕のなんて……」
わかっていない。冬野はまったくわかっていない。自分だから価値があることに。
そんな与太話はさて置き。優也は自身の座席に腰を下ろした。
「それで? ブレザーはなんのために持ってきたの?」
「秘密だ」
「ええ! 教えてくれないの⁉︎」
「ああ、教えてあげない」
「そんなこと言わずに教えてよー」
「じゃ、裸ブレザーしてくれたら教えてやるよ」
「うん、じゃあいい」
即答するほど嫌なのな。
一昔前ならば、ここで笹木も一緒になって冬野の裸ブレザーを推していたことだろう。
「どうかしたの、優也君? 後ろなんか見て」
「ん? ……いいや、なんでも」
怪訝そうな目で優也を見る冬野。
それもそのはず。優也が見ていた場所には、今は、何も、そして誰もいないのだから。
「はーい。みなさん、おはようございます」
教室のドアを開け、担任の先生が元気良く入ってきた。それに合わせ、各々自由に移動していたクラスメイトたちが、自身の席へと着席していく。
「それでは、朝のホームルームを始めますね」
担任は、教卓に日誌を置く。
すでに全員が席についている。欠席はいないようだ。
全時限の授業が終了し、帰宅部の生徒たちは下校を始めていた。
「さて、と」
優也は座席から立ち上がる。
冬野も、すでに部活へと向かっていた。
「そういや今朝、珠音も、用事があるから先に帰るとか言ってたな」
いつもは珠音と帰っているからして、今日は一人で帰ることになる。
「今思えば俺って友だち少……」
いや、そんなことはない。決してない。珠音以外、帰る方向の同じ友人がいないだけだ。
そう。みんなもそうだったはず。学校では話すが、帰るまで一緒ではなかった友だちがいたはずだ。
それと同じ。ただ、それだけ。
「帰るか」
わざわざ持って来たブレザーを手に、優也は教室から出た。
そこで気がつく。
「…………」
人がいないことに。誰一人として、廊下を歩いている者はいなかった。
それは明らかにおかしな状況だ。いくら今が放課後といえど、冬野らのように部活動に励む生徒や、友人らと居残りをする生徒が残っているはず。
なのに、優也の周りには誰も、人が存在していなかった。
そう。つまりは、
「結界……」
「ご名答」
正解の拍手とともに、優也の後ろに現れるは、
「カメリアか」
研究所本部の新鋭隊第一部隊の隊長、カメリア・フルウだ。
「待ったかしら。約束通り捕まえに来てあげたわよ」
「そうだな。待ちくたびれたぜ」
「あら。嬉しいこと言ってくれるわね」
優也のその言葉に、カメリアは眉をひそめた。
「でも、その言い方……。まるで、あたしがここに来ることをわかってたみたいね」
「ああ、そうだな。わかってた」
「へー。人間のくせに鋭いじゃない。特別に理由を聞いてあげようかしら」
「簡単な話だ。この前のことで、お前は俺に七星を持たれることを拒むはず」
前回優也が敗北したのは、七星が優也の意識外で動いてしまうということを逆手に取られてのことだ。そこを警戒していれば、七星を手にした優也はカメリアに勝つことができる。
「だったら、狙うのは、ひなこ一人か俺一人。つっても選ぶのは簡単だ。ひなこを捕まえて、俺を投降させるか。俺を捕まえて、ひなこを投降させるかって言やあ、俺を捕まえる方が、何倍も早いからな」
その理由で、この前、カメリアは優也を狙って現れたのだから。
「次にここを選んだ理由だが、それは、前回と違い、俺の家から離れた学校じゃあ、家にいるひなこは結界の外になるだろうからな、完全に俺を一人にできるってわけだ」
「で、そんな予想ができてたっていうのに、一人でいるわけ?」
「そらな。ひなこは学校の生徒じゃねぇからな。学校の中に入れるわけにはいかねぇだろ」
「とことんとバカな人間ね、アンタ。そんなあたしに捕まりたいのかしら。それとも、あたしの偉大さを前に、観念する気になったのかしら」
「あいにくだが、ひなこが諦めねぇ限りは、俺も、あいつの夢を諦めねぇって決めてるんでな」
「だったら、」
カメリアは、虚空から細身の剣を取り出した。
「ーーそんな夢、あたしが砕いてあげるわ!」
地を蹴る。次の瞬間には、カメリアは優也の目の前にまで迫っていた。振り上げた剣をおろす。
しかし、
(見えるーー!)
優也はそれをすんででかわす。
それから軽く床を蹴って、カメリアと間合いを取った。
「へー。アンタ、この前とは違うみたいね」
「それ、褒めてるって受け取っていいのか」
カメリアも気付いたらしい。
以前の優也ならば、今ので身体が左右に真っ二つにされていただろう。しかし、今の優也はそれを避けることができた。つまりカメリアが言いたいのは、優也の身体能力及び反射神経が向上しているということ。
それには、きちんとした理由がある。簡単なこと。昨日ひなこと作戦を話し合ったあと、彼女に少し特訓をしてもらったのだ。だが戦いではなく、どちらかといえば防衛。自身を守る戦い方だ。
だから、本来であれば、カメリアの攻撃をかわしたところで、こちらからカウンターを仕掛けるのがベストだったのだろうが、優也は敵と距離を取ったのである。
「あたしがアンタごときを褒めるって? 一度攻撃をかわせたぐらいで、あんま調子に乗らないことね!」
またしても、カメリアは剣を構え地を蹴る。
(よく見て避けりゃーー)
しかしカメリアがいない。
(もしかしーー)
「残念こっちよ!」
「ぐあッ⁉︎」
生まれて初めて優也は、内蔵の壊れる音を聞いた。
廊下を宙に舞い、幾度と身体が床をバウンドして、軽く数十メートルは吹っ飛ばされる。
「がはッガハッ‼︎」
床に手をついて、口から吐き出される真っ赤な血液。
食らわされたのは蹴り。背後から容赦なく、振り返る優也の脇腹へ叩き込まれたらしい。
「結局、アンタが避けれんのは、視界に入った攻撃だけ。だったら背後から攻撃すればいいだけの話。殺意を感じ取れないアンタに、目に映らない攻撃はかわせないものね」
解説をするカメリアは、その間にも優也の前へと歩み寄っていた。
「ま、そんな状態になれば」
痛みに悶える無抵抗の優也の胸ぐらを掴み、軽々と宙へ放り投げる。
「視界に攻撃を捉えても避けれないでしょうけど!」
もはや、人間であるはずの優也が人形であるかのように、重さを感じられないまま廊下を転がり、突き当たりの壁にぶち当たり、壁にめり込み、やっと動きを止めた。
「ゴホッ……、ゴホッ……」
意識は朦朧と、口から吹き出す赤黒い液体。
「あら、ちょっとやり過ぎたかしら。死んでないわよね?」
顔を覗き込むカメリア。
次、攻撃を食らえば死んでしまう自信が優也にはあった。
だから、作戦決行だ。
「……っ!」
「な、なにっ⁉︎」
こんな状態になっても離さずに持っていたブレザーを、優也はカメリアの顔へと被せる。
それをカメリアが払いのけるまで数秒。
それだけあれば十分だ。
「やったわね!」
剣を突き立てるカメリア。
しかし、そこにはさっきまでいたはずの優也の姿が消え去っていた。
「こしゃくな……!」
さて肝心の彼はどこへ消えたのか。
辺りを見回し、カメリアは思わず鼻から笑いが出た。
「言っても、簡単じゃない」
すぐ右手にあった階段。その上へのぼる側に、血痕が垂れていた。




