44話 初めての敗北、そして次に備えて
「ぅ…………」
記憶にある限り、これほどに重たいまぶたはあっただろうか。
「ここは…………」
「ひなこ⁉︎」
どこからか自分を呼ぶ声が。ずいぶんと心配しているように聞こえる。
首を動かしてその声の方を見やれば、少年が一人。
名を、石崎優也。
『美少女レンタル』にて自分、明元ひなこと契約を交わし、計画に手を貸してくれている協力者である。
「優也くん……?」
「目を覚ましたんだな、ひなこ」
ホッと胸を撫で下ろし、椅子に体を任せる優也。
ひなこはベッドから上体を起こし、彼のその一言で思い出す。
今まで何があったのか。そして、どうしてこれほどまでに彼が自分のことを心配してくれていたのか。
「ごめん、優也くん。わたし、負けちゃった……。優也くんを守れなかった」
「そんなことはねぇ。俺はこうして生きてる。むしろ謝るのは俺の方だ。俺のせいで、ひなこに無理させちまった。ごめん」
「ううん。優也くんこそ謝らないで。優也くんは、わたしの契約者なんだから。わたしが守らなきゃいけないんだよ」
「それを言うなら、俺は協力者でもあるんだ。その言葉に甘えるわけにはいかねぇよ」
これから先、計画を達成するまで、ひなこだけが傷つき続けるなどあってはならないし、優也自身が良しとしない。
「甘えてもいいんだよ?」
「いいや、甘えない」
「ぅぅー」
唇をすぼめて、優也の意見に反対するひなこ。
しかし優也は考えを変えるつもりはない。こればかりは、優也も一人の男として、自身のプライドというものがある。
「だったら、わたしも甘えない。これからも優也くんを守るためなら戦うよ」
少しの沈黙の間。優也とひなこは譲り合わず、意見が衝突しながら、お互いにらみ合う。しかし、耐えきれず、先にふき出したのは、ひなこだった。
「……ぷっ。ははは。優也くん、子どもみたい」
「それは俺のセリフだよ」
つられて優也も笑う。
「ま、お互い仲良くやってこうぜ」
「そうだね」
色々とあったが、今回の一件で、さらに絆が深まったような気がする。
「そういえば、一つ確認なんだけど」
「ん?」
「ここって、研究所だよね? わたしたち、カメリアちゃんに捕まったって認識であってる?」
気を失っていたひなこは、カメリアとの戦いの結末まで知るはずがない。
「いいや、違うぞ」
「へ? じゃ、じゃあもしかして、ここは天国⁉︎ 優也くんって、天使さんだったの⁉︎」
「なにバカなこと言ってんだ」
「あうっ」
ひなこの頭へ軽いチョップ。
話がぶっ飛び過ぎ。どういう思考をしていたら、そういう結論になるんだか。
「ここは俺の家だ」
「え? ええっ⁉︎ でもでも、見たことない部屋だよ?」
「そりゃあな。客人用に空けてる部屋で、ひなこを入れたことはないからな」
加えて言えば、この家で、ひなこが入ったことない部屋は、まだ数部屋あるわけで。
しかしひなこは信じれていない様子。まあ、無理もない。逆の立場だったら、優也も同じ反応を返していただろう。
「だったら、これでどうだ?」
優也は椅子から立ち上がり、カーテンを開けた。
「んっ……」
「お、悪い」
電気もつけず今まで暗かった部屋に、太陽の光が差し込む。それに目が慣れていないひなこは、小さくうなりを上げた。
実を言えば、カメリアが襲撃してきたあの日から、すでに一夜が明けていた。この日、優也は学校を休み、彼女の看病をしていたのである。
「外の景色、こっからだとあんま見たことないか?」
「うーん……、そうだね。でも、優也くんが言ったとおり、ここが研究所じゃないことはわかったよ」
「そうか」
優也は移動し、今度は部屋のドアを開ける。
「んじゃ、これなら見覚えないか。俺ん家の廊下」
「あっ、もしかしてそこ、一階におりる階段?」
「ああ、そうだ」
正直、階段で分かるとは思っていなかったが、どうやらひなこにも、ここが優也の家だと信じてもらえたようだ。
「ん? でもでも、だとしたらカメリアちゃんは?」
「ああ、それな。邪魔が入ったとか何とかで、どっかに行っちまった」
「じゃま?」
「詳しくは俺も分からん。が、結界が割れてんのを見て、そう言ってたから、それとなんか関係があんのかも」
「結界が割れてた……」
「なんか心当たりあんのか?」
「ううん、ないよ」
一体、カメリアが言っていた、邪魔、とは誰のことだったのだろうか。
「でも、わたしが気を失ってたんだし、カメリアちゃんも、すぐに捕まえてたら、じゃまされずに済んだかもしれないのにね」
「その言いよう、どっちの味方なんだよ」
「もちろん、そうならないことを祈ってるよ? でも、あそこまで追いつめたのに、カメリアちゃんが断念したのはなんでだろうなぁって思って。それだけ、じゃまが手強かったのかな?」
「まあ、邪魔な存在ってのが、どんだけ強いやつなのか知らんけど、すぐに捕まえなかったのは、俺がいたからだと思うぞ?」
「? どういうこと?」
「えーっとだな……」
まずは何から話したものか。簡単に説明するとしたら、
「ひなこが気を失った後な、実は俺がカメリアと戦ってたんだ」
「ええ⁉︎ 優也くんが⁉︎」
この反応も無理はない。言わば、一般人VS超能力者と同じなのだから。
「でも相手は『美少女』だよ? 異能力とか武器とかもってるのに、どうやって?」
「ひなこの武器、七星を借りたんだ」
「七星を?」
ひなこが不思議そうな表情を浮かべている理由はわかっている。
「ああ。俺もカメリアから聞いて知ったが、普通の人間には『美少女』が創り出した武器は持てないそうだな」
「うん。だから優也くんが持てたっていうのにはおどろいたよ」
言っても、
「俺は『石裂き』とかいう不思議な能力を持った人間だからな」
それに加えて、『美少女』の武器を持てる人間、という事実も発覚したのである。
「でも、こういっちゃあれだけど、優也くんって、刀、使えるの?」
「いんや、まったく」
「ならどうやって? カメリアちゃんの剣術は凄腕だよ?」
「七星が戦ってくれたんだ」
「へ?」
やはりひなこですら知らないことだったらしい。ならば、この反応も無理はない。
「俺だけなんかもしれんが、ひなこの七星な、自我があるみたいに勝手に動くんだ」
「え? え?? どういうこと?」
「そのまんまの意味だ。それで、俺は何度も助けられたし、カメリアとも戦えた」
「七星にそんなことが……。わたしの時は、そんな感じまったくなかったけど……」
ならば、これもまた、『石裂き』による効果なのかもしれない。
「ま、そういうことで、俺らは生きて帰れたってわけだ」
「優也くんと七星に感謝、かな?」
「だから俺はなんもしてねぇよ。礼なら七星に言ってやってくれ」
会話ができることなら、優也自身からもお礼を言ってやりたいほどだ。
そんな言葉を最後に、優也とひなこは、しばしの沈黙。それを破ったのは、ひなこだった。
さっきの雰囲気とは打って変わって、重々しく、彼女はつぶやくように話し出す。
「やっぱり、わたしになんか叶えられない夢なのかな……」
ーーひなこの夢。
それは、全ての『美少女』を救うこと。
叶えられないと言い出したわけは、カメリアとの戦闘で、彼女がひなこに言った言葉のせいなのだろう。
ひなこの優しさゆえに、彼女は、勝敗を分かつという局面でカメリアを斬ることができなかった。
そのことにカメリアは、中途半端な気持ちで実現できる夢ではない、と非難した。
「なあに、お前が弱気になってんだ」
まっすぐにひなこの目を見て、優也は言う。
「まあ俺も難しいとは思う。だけどな、叶えてやりたいって、そう思ったから俺はひなこに協力したんだ。なのに、お前本人が諦めてどうすんだよ」
「優也くん……」
「とはいえ、敵を傷つけられないってのは、さすがに難があると思うがな」
「……やっぱり?」
そこは、カメリアの言った中途半端な気持ちという部分に同感ではある。
「厳しそうか? 相手を傷つけるってのは?」
「……うん」
「そうか」
そこを無理強いするわけにはいかない。それはひなこ自身の気持ちであり、優也が変えていい部分では決してない。
「……でもね、」
「ん?」
「わたし、頑張るよ。頑張って戦えるようになる」
「いや、無理はしなくていい。ひなこの願いは、『美少女』を救うことなんだ。殺さないのはもちろんだが、傷つける行為だって矛盾してるっちゃしてるんだから」
「うん、それでもね、」
ひなこは、優也の目を見つめ返して言う。
「一番大切な人が守れないのは、嫌だから」
そこには、ひなこの強い決意があるように感じられた。例え機械ですら曲げることのできない、固い意志が。
「ーーそうか」
それを優也に否定することなど許されない。なぜならば、それが、今の彼女の気持ちなのだから。
ひなこが心を変えてまで、叶えたいと願う夢。ならば、その協力者の優也も変わらねばならない。
「……なあ、ひなこ」
「うん?」
「俺に、戦い方を教えてくれないか」
「えっ⁉︎ いきなりどうしたの⁉︎」
突然といえば突然。しかし、これは前から決めていたこと。ただ話す機会がなかっただけだ。
「ほら、俺、ひなこの計画に協力するっていたのはいいが、実際何ができてるかって言やあ、何もできてないからな」
「そんなことないよ。優也くんは、わたしにとって、すんっごい支えになってるよ?」
「そう言ってもらえるのは嬉しいがな」
もっと外面的なところで役に立ちたいと願うのは強欲だろうか。
「だめか?」
「うーん……、ダメ、かな」
まあ、そう言われることは予想通り。
「ほら、俺、七星だって持てたんだぜ? これって、普通の人より戦うスキルあると思わないか?」
「それはそうだけど…………。でも、やっぱりダメ。優也くんは戦うべきじゃないよ。すくなくとも、戦いを教わって、みずから戦うっていうのには、わたしは反対だな」
「そう言うと思ってたぜ」
だから鼻から本気ではない。いけたらいいな、そんな程度の頼み事だった。
「ただ、一つ約束してほしい」
「うん?」
「俺が必要な時は、遠慮せずに頼ってほしい」
「それはもちろんだよ。そのときは優也くんにもすこしは戦ってもらうかも」
「覚悟してるから大丈夫だ」
怖くないといえば嘘になるが、それでこそ協力者といえるだろう。
「そういえば、カメリアちゃんが帰ったって話だけど、わたしたちのことをあきらめたってわけじゃないよね?」
「ああ、そうみたいだぜ」
なんせ、去り際にカメリアはこんなことを言っていた。
『勘違いしないことね。また今度、必ず捕まえに来るから。首を洗って待ってなさい』
そのセリフからして、次が必ずある。そしてその時は、昨日のような奇跡は起きない。
「そのときには、カメリアちゃんと戦わないといけないんだよね」
「ああ、そうだな」
今度こそ、勝たなければ、ひなこの夢は絶たれてしまう。
「……ねえ、優也くん」
「ん?」
「カメリアちゃんのこと怒ってる?」
「急にどうした?」
「わたしをこんな目にあわせたカメリアちゃんのこと、怒ってるかなって」
「まあ……」
あの時から比べれば頭の熱は冷めたが、彼女のことを許したかと言われれば、きっとそうではないのだろう。
「不器用だけど、カメリアちゃんは根は優しいんだ。今は研究所に操られて、こんなことしてるけど、ほんとのカメリアちゃんは、こんなこと望んでないはずだから」
本来のカメリアでない今のカメリアは別人と同じ。だから、彼女のしたことを怒らないであげてほしい、ということか。
「えらくカメリアのこと信じてんだな」
「そりゃ友だちだからね」
「そうか」
ひなこの頼み。無下に断ることもできない。
「まあ、ひなこの言う本当のカメリアってやつを見てから決めるよ」
「うん。きっと、優也くんならカメリアちゃんを受け入れてくれるよ」
一体その自信は、どこから来ているのか。
「でも、いつくるんだろう。それでもわかったら、すこし気が楽なのになあ」
「そのことでな、一つ相談があるんだ」
「相談?」
「次カメリアが現れるタイミングと、あいつに勝つ作戦だ」




